第38話 栄光のマン島(2)
スタートの時間が来る。日本チームは、前日の予選では、安全優先でゆっくり走ったため、決勝では中盤でのスタートとなった。予選タイムも僅差のため、富士号1号車と2号車は隣同士でのスタートだ。
※マン島TTは、2台ずつ10秒間隔でスタートをするタイムトライアル方式
そしてスタート。各マシン達は咆吼を上げて走り出す。そして、日本チームのスタートの番が来る。
「行くわよ!」
「はい!お姉様!」
パアアアアアアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーン!
日本チームの2台はアクセルを開け、12,000回転でクラッチをつなぐ。リアタイヤは、その凶悪なトルクを受け止めきることが出来ず、一瞬ホイルスピンを起こすが、すぐにグリップを取り戻して動き出す。
マシンはすさまじい爆音と共に走り出した。
日本チームのスタートを見守っていたオフィシャルや観客は、地獄の釜が割れたのではないかと思えるほどの爆音に腰を抜かす。ある者は欧州大戦での砲撃を思い出し、耳を押さえて地面にうずくまって失禁している。泡を吹いて気を失っている者もいる。そこは、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
マシンは走り出したと言うよりは、何かに弾き出されたという表現が正しい。そのフロントタイヤは加速で宙に浮いており、ウイリー状態だ。こんなスタートを切るマシンなど、全世界の誰も見たことはない。
1速から2速、そして3速へシフトアップしていく。シフトアップの一瞬だけ、エンジンパワーの伝達が途切れるので、フロントタイヤが少しだけ下がる。しかし、タイヤが地面に接触する前にシフトアップが終わり、再度フロントタイヤを持ち上げながら加速をしていく。
マシンは、スタートから3.5秒で100km/h、9秒で200km/hに達した。
スタートラインから数百メートルの沿道で観戦していた観客は、自身の目の前2メートルの所を、二台のマシンが爆音とともに250km/hで通過していく。彼らにとって、それは今まで経験したことのない衝撃となって襲ってくる。何人もの観客がショックのあまり気を失い、本来、ライダーが事故を起こしたときに対応するはずの医者や看護婦達が、観客の手当に奔走した。
アスファルト舗装区間の高速コーナーでは、膝をこするくらいバンクさせた2台のマシンが、時速200km近い速度で疾走する。そして次のコーナーに向けて着座位置を内側にずらしハングオンをする。追走するライダーがいれば、その動作は何ともセクシーに映っただろうが、残念ながら、彼女らについて行ける者は誰一人としていなかった。
ある観客の老人は、先行するバイクを抜き去っていくその姿は、まるで魂を刈り取る死神か、荒野を駆け抜けていく悪魔の竜騎兵のようであったと新聞の取材に答えている。
マン島の直線は長い。ポールポジションを獲得していたジョンソンのマシンは、最高速度の時速170kmで疾走している。
「ふふふ、トップは俺の物だ!」
・・・・・パーーーーーーーーーーーン!・・・・・
後ろの方から、甲高いエギゾーストノート音が聞こえてくる。この音は、ピットで聞いた日本チームのエンジン音だ。
「なんだと?追いついてくるのか?」
音はみるみる近づいてくる。そして、
パァァァァァァァアアアアアアアアアーーンンウオオオオォォォーーーー
ドップラー効果によって、近づいてくる音は甲高く、遠ざかる音は低く聞こえる。
このとき、日本チーム富士号の速度は時速280km。その速度は、当時のどんな航空機よりも速い。まさに瞬殺であった。
レースは終了し、当然のごとく、日本チームがワンツーフィニッシュを決めた。
レース運営では、計測されたコースタイムを見て、大騒ぎとなっている。
「なんだと!平均速度が190km/h?直線では280km/h出ていただと?」
「三位の2倍以上の平均速度だ」
「不正だ!排気量をごまかしてる!」
不正があったのではないかという抗議を受けて、運営によってエンジンが分解されることになった。しかし、例え排気量を2倍にしたとしても、当時の技術で280km/hなど不可能だ。
「水冷エンジンなのか?これだけコンパクトにまとめるなんて、なんて技術だ」
「回転計を見てみろよ。14,000回転まで刻んである。マジかよ?」
「タイヤが、溶けてる。タイヤって、こんな感じに溶ける物なのか?」
「ブレーキを油圧で動かしているのか。それに、至る所にアルミパーツを使っている」
みな、驚きを持って興味津々にマシンをのぞき見る。
そして、シリンダーヘッドが外され、ボアとストロークが計測される。1気筒あたり、174cc(2気筒で348cc)と、レギュレーションに収まっている。
「何でだよ!この排気量で、なんであんなにパワーがでるんだよ!」
ジョンソンが大声を上げる。
「そうね。「レースは走る実験室だって、ソーイチローが言ってた」と、上官が言ってたわ。飽くなき探求の成果かしらね」
そして日本チームは、多くのモータスポーツ好きの貴族のパーティーに招待され、安馬野と高矢は、貴族の次男三男らから求婚されるのであった。
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