第42話 関東大震災(2)

 今村は驚喜して過去の地震や、現在わかっている地震のメカニズムについて説明を始めた。しかし、1920年ごろの地震研究は黎明期であり、ウェゲナーが大陸移動説を提唱してはいたが、懐疑的な見方が大半を占めているような時代である。高城から詳しい地震のメカニズムを教えられていた摂政にとって、今村の説明はいささか的外れなものに聞こえていた。


『いやいや、高城が特別なだけであって、現在の研究では今村先生の理解が最先端なのだろう』


 そう思い直して今村の話に傾聴するのであった。


「今村先生は、ウェゲナーの大陸移動説はご存じでしょうか?」


「はい殿下。その論文は私も読みましたが、どうにも荒唐無稽な主張のように思います。確かに、大陸の形や生物や化石の分布から、大陸移動説があれば説明がつくものもあります。しかし、あの巨大な大陸がそのまま移動するなど、にわかには信じがたく、学会でも懐疑的な意見が支配的です」


「そうですか。しかし、私は大陸移動説はおおむね正しいのでは無いかと思わずにはいられないのです。地下に穴を掘れば、だんだんと暑くなっていく事は先生もご存じでしょう。炭鉱では、地下数百メートルになると、気温が50度にもなると聞いております。地球の半径が6,000kmだとすると、地球の中心では数千度の温度になっているのではないでしょうか?さすれば、地球の中は土と岩の個体では無く、熱く溶けた溶岩が詰まっているのではと思います。そうだとすると、熱い部分と幾分温度の低い部分とで対流が起きたり、また、コリオリの力で渦が出来たりすれば、その上に乗っている大陸は、その対流に沿って動くのでは無いでしょうか?」


 今村は摂政の言葉に絶句した。たしかに、地球の内部が熱く液体であるという説は、近年グーテンベルグが提唱するなど、学会でも認知されつつある。これは、地震波の伝わり方の解析によって、地球の内部に地震を屈折させたり反射させたり、全く伝わらない部分があることが発見され、それを説明するためにどろどろに溶けた溶岩の中心があるのではという説である。


 そして、摂政がそのことを既に知っており、しかも、それが対流を起こし大陸を動かしているという発想を持っているなど、恐懼の至りであった。


「大陸が動くと言うことは、どこかでぶつかったり、また、どちらかが上に乗って、一方がしたに潜り込んでいたりといった事がおこっているのでは無いでしょうか?日本海溝はそのように一方が沈み込んでいるために、深くなっていると思えます。そして、沈み込むときの摩擦で熱がたまり、それが火山として噴火をして、火山列島、つまり日本列島を作っているのではないでしょうか。とすれば、日本において地震が多いのも自明の理というもの」


 今村の頭の中で、ばらばらだったピースが次々に繋がっていく。今村にとっては、まさに天啓であった。


「今村先生。つまり、今村先生は今年の9月1日に、大地震に備えて大規模な避難訓練をするのが良いと言うことですね?」


「はい、殿下。いえ?あの、9月1日にとは・・・別に9月1日でなくても・・・」


 今村は戸惑う。なぜに9月1日と・・・・


「今村先生。そうですか、やはり、9月1日がどうしても良いとおっしゃられるのですね。そこまでおっしゃられるのでしたら、仕方がありません。今村先生のおっしゃるとおり、9月1日に避難訓練をいたしましょう」


 摂政はノリノリだった。


「あ、いえ、はい、殿下。特に9月1日とは・・・」


 今村は戸惑いを通り越して困惑の表情を見せる。


「今村先生。訓練の準備は政府で行います。今村先生には、実行委員長になっていただきたい」


 こうして、“今村博士の強い提案”によって、9月1日に避難訓練が実施されることになる。


 ――――――


 早速、高城蒼龍からの提案書をベースに、警察・消防・陸軍・海軍で避難訓練計画が策定される。


 陸軍海軍は、避難民へのテントや糧食・水の支援を迅速に行う。また、警察と憲兵隊には、流言飛語を防止し、治安の維持に努めることが決定された。


 一昨年から進めている、宇式一号消火ポンプの普及も加速させた。


 宇式一号ポンプは、防火水槽にホースを入れて使う設置型タイプと、農業用エンジン運搬車の荷台に、2,000リットルの水タンクとポンプを備えた機動タイプの二種類を用意している。そして、地域の消防組合で事前に動作確認をさせるように指導した。


 今回は、宇宙軍は表に出ない。軍部や警察消防に花を持たせることにしたのだ。


 また、震災発生後の復興計画も準備を進めた。東京市や内務省の担当者は、震災が発生することが既定路線のような復興計画に困惑したが、自らが考える都市作りが行えるとあって、真剣に取り組んだ。


 そして、復興計画では、パリの町並みのような、5階建てに揃えられた耐震コンクリートの、復興集合住宅建築が決定されたのである。コンクリートに使う砂には、海砂は使わない。また、安山岩も使用しないことによって、100年以上の耐久性を持たせた。

 ※安山岩を使用すると「アルカリシリカ反応」を起こしてひび割れが発生する


 復興の目玉として、霞ヶ関に中央官庁の総合庁舎を建築することが、密かに計画された。重量鉄骨耐震構造の36階建て147m、日本初の本格的な高層建築ビルヂングだ。


 設計はもちろん、高城蒼龍が既に準備している。


 また、震災によって鉄道や路面電車が壊滅することを想定し、人員輸送を代替するバスの開発を進めた。


 しかし、宇宙軍では小型エンジンの開発が終了したばかりだったため、バスを動かせるような排気量のエンジン開発はすぐには難しかった。


 そこで、既に量産が始まっている350cc・12馬力汎用エンジンを3台直列に接続した36馬力ユニットを製作した。インテークマニホールドは新設計とし、3台のエンジンでキャブレターは一つにしている。このユニットに、鉄鋼角パイプでシャーシを作り、その上に20人乗り客室を架装する。動力伝達は4本の長いVベルトで、リアアクスルのデファレンシャルギアを駆動する方式とした。現代の、農業用運搬車を大きくしたような感じだ。


 最高速度は30km/h程度だが、臨時の代替輸送には十分だ。


 そして、宇宙軍兵学校総合課程に在籍する18才以上の生徒に、甲種運転免許の取得を進めた。


 ※この宇宙軍が開発したバスは、後に、陸軍から軍用トラックとしての引き合いが来ることになる。


 “その時”に向けて、着々と準備が進められる。

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