第35話 アメリカンドリーム(1)
1919年8月 ニューヨーク
「あれが自由の女神か」
宇宙軍池田中尉は、船でサンフランシスコに到着した後、大陸横断鉄道でニューヨークに移動した。
「こんにちは、外務省の潮田太司(しおたたいじ)です」
「同じく、外務省の篠原元(しのはらげん)です」
「初めまして。宇宙軍の池田政信です。これから、よろしくお願いします」
池田は、ニューヨークに商会を立ち上げるにあたって、外務省から二人、出向を依頼していた。この三人で商会を立ち上げ、様々なビジネスを展開していく。
「池田さん、いや、池田社長ですね。指示の通り、商会の登記は完了しています。それでは、事務所にご案内します」
商会の名前は「Sun & Son Company」通称「サンソン」だ。
「それでは、みんなでパンを買いに行きましょう」
「えっ?パン・・ですか?」
潮田と篠原は、池田の言葉にきょとんとする。
三人でパンを買えるだけ買うと、そのまま路上生活者たちが多く住む地域に向かう。
当時のニューヨークには、アメリカ中から職を求めて労働者が集まっており、活気にあふれていた。その反面、失業した者や体を壊した者たちが路上生活をする、板を貼り合わせただけの小屋も目立っていた。
「はい、パンをひとつどうぞ」
池田たちは、路上生活者たちにパンを配る。
「私たちは日本から来ました。日露戦争の講和では、アメリカに大変お世話になったので、こうして恩返しをしているのです。ご主人はどこから来られたのですか?」
「ありがとな。おれは、オレゴン出身だ。農夫をしてたんだが、農場主が導入したトラクターに手を挟まれてな、仕事が出来なくなったから解雇されたんだ。で、一人でニューヨークに来てみたが、こんな左手じゃ、だれも雇ってくれないぜ」
こうして毎日パンを配り、路上生活者達と話をする事を続ける。話の内容は、身の上話ばかりだ。潮田と篠原は、このことの意味が全くわからなかったが、社長からの指示なので、文句も言わず従っていた。
そして一ヶ月くらい経過したある日。
「こんにちは、リチャードさん」
「・・・・・・・・」
40才くらいで、体調の悪かったリチャードの小屋をノックするが返事が無い。池田は小屋の入り口に立てかけてある板を、少しだけずらした。
そこには、仰向けに寝て、大きく口を開けたまま息をしていないリチャードがいた。
路上生活者が死亡するのは珍しくはない。池田たちも、パンを配り始めて死体とご対面したのは3回目だ。
「これは、ただのしかばねのようですね」
「警察に連絡しましょうか?」
潮田が池田に問いかける。
「いや、このままそっとしておきましょう。彼が死んでいることを誰にも気取られないように、この場を離れます」
池田の言葉を、潮田と篠原は訝しく思う。
そして、その日の深夜。
三人は、リチャードの小屋に行き、周りの路上生活者に気づかれないよう、死体を運び出す。そして、必要な物を入手した後、その死体をコンクリートで固めて、海に捨てた。
名前はリチャード・テイラー。彼はアイオワ出身でアメリカ国籍を持つ。両親はイギリスからの移民で既に他界し、兄弟もおらず天涯孤独だった。そして、池田は、彼がアイオワで生まれたことを証明できる、出生証明書を持っていることを聞き出していた。
死体を処分した数日後、リチャードを社長とする会社を登記した。
社名は「Richard Investment(リチャード・インベストメント)」だ。
本社は、池田が設立した「サンソン」の隣の部屋を借りた。そして、電話を1回線引き込む。床に電話機が無造作に置かれただけの、だれも居ない部屋だ。そして、その電話機につながる電話線は途中で分岐しており、隣の「サンソン」で受けることが出来るようにしていた。
池田は、早速「リチャード・インベストメント」の活動を開始する。
池田は、それまでに入手していたNY株式市場のデータを、ボリンジャーバンドやMACD曲線、パラボリック、ストキャスティクスなどの、20世紀後半に開発された指標を使って分析をしていた。
「プロクターカンパニー株を2000、成り行きで買いだ。それと、マカダス商会株1500成り行きで売りだ」
この証券会社には、毎日10回程度、リチャード・インベストメントから売買の注文が入る。最初は小口だったが、数ヶ月もすると、この証券会社で一番の取引額になった。しかも、その注文は的確で、確実に利益を出している。
当時の株式の分析は、せいぜいローソク足と移動平均線による分析が関の山だった。現時点から世界恐慌の発端となるブラックサーズデイまで株価が上がり続けると解っていても、個別銘柄については、上下を繰り返しながら上昇をしていく。池田は、その株価の動きを的確に予測し、上昇局面でも下降局面でも、確実に利益を出すことに成功した。
そして、この証券会社は気づく。
「リチャード・インベストメントの注文と同じ注文をすれば、株の自社取引で大もうけが出来るのではないか?」
そして、この証券会社が自社取引で高い利益を出していることは、すぐにウォール街で有名になり、他の証券会社や投資家たちが、この証券会社が買いを入れれば同じ銘柄を買い、売りを出せば、同じ銘柄を売るようになった。
リチャード・インベストメントが、ある会社の株を買えば、市場はその会社の株が値上がりすると思い、皆、買いを入れるので値上がりする。売れば、皆が売りを入れるようになるので値下がりするようになった。
つまり池田は、株を買って売れば必ず儲かり、株を売って買い戻せば必ず儲かるのだ。
池田は、水を得た魚のように、マネーゲームを繰り広げていく。
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