第36話 アメリカンドリーム(2)
1920年7月
リチャード・インベストメントの第一期の決算が終了した。
「ええっと・・・、この数字、合ってますかね?」
「あってると思うんだけど・・・・」
潮田と篠原は、リチャード・インベストメントの決算報告書を見ながら、青ざめている。
活動を開始してから、まだ1年に満たない。それにも関わらず、
・純資産 1,600万ドル
・純利益 8万ドル
純資産=純利益では無いが、全部売り払えば、これだけの金額が残ると言うことだ。もちろん、その時点で利益が確定し、多額の税金を払うことになるのだが。
1,600万ドルは、当時の日本円にすると約4,000万円程度になる。1920年に竣工した戦艦長門の建造費が4,400万円と言われているので、1年足らずで戦艦長門と同程度の資産を形成したことになる。
そして、保有する株式を担保に銀行から融資を引き出し、ニューヨークで土地を次々に購入していく。さらに、購入した土地の一角に高層ビル建築の計画を発表する。そうすれば、すぐ隣に保有している土地の価格は爆上がりだ。池田は、そうやって土地転がしを続け、ニューヨークの地価をどんどん上げていくのであった。
1921年7月
リチャード・インベストメントの第二期の決算が終了した。
「ええっと・・・、この数字、合ってますかね?」
「1年前にも、同じようなこと、言わなかった?」
潮田と篠原は、リチャード・インベストメントの決算報告書を見ながら、今年も青ざめている。
・純資産 2億1000万ドル(グループ総計)
・純利益 28万ドル(グループ総計)
2億1000万ドルは、日本円にすると5億4600万円ほどになる。これは、日本の国家予算の36%に相当する金額だ。
この1年間でダミー会社を20社程度設立し、資本関係を複雑にしたり、資産や利益の分散を行うことによって、リチャード・インベストメント単体としては、目立たないようにしている。
さらにこの頃から、ロシア銀行に集まってきた不透明な資金が、リチャード・インベストメントに大量に流入するようになる。その資金を元に、池田は企業買収も進めていく。そして、企業価値が上昇すれば売却し、すさまじい売却利益を叩き出していく。
そして池田はリチャードとして、ニューヨーク市の市長や有力議員、そして、上院下院の有力議員や大統領へ、多額の献金を行う。
資本主義とは便利なシステムだ。“資本”があれば、たいていのことには目をつむってくれる。
1922年7月
リチャード・インベストメントの第三期の決算が終了した。
「ええっと・・・、この数字、(以下略)」
「すごいな。どうやったらこんなことが出来るんだ?」
・純資産 8億5000万ドル(グループ総計)
・純利益 42万ドル(グループ総計)
8億5000万ドルは、日本円にすると20億8000万円ほどになる。1922年の日本の国家予算(歳出)が14億円程度なので、3年目にして、日本の国家予算以上の資産を形成することに成功した。
※ちなみに満州鉄道は、資本金だけで日本の国家予算の50%近くにおよび、鉄道沿線の”付属地”や鉱山、工場、ホテルなどを含めると、その総資産は日本の国家予算を超えていたという研究もある。なので、この時点で、池田は満州鉄道と同等の資産を手に入れたと言えるが、逆に、満州鉄道一社分の資産でしかないとも言える
リチャード・インベストメントは、ニューヨーク・ロサンゼルス・シカゴ・ダラス・ヒューストンに支店を増やし、アメリカ人従業員を2,000人ほど雇用していた。
そして、この年にはロンドン・パリ・ベルリン・シドニーと東京、そしてロシア(北樺太)に支社を設立した。
また、グループ会社も30社に増えており、グループ総計で16,000人の従業員を抱えている。もちろんグループ会社同士でも、相手がグループであると言うことは巧妙に隠し、その事は、各社の幹部の一部しか知らない。そしてその幹部も、リチャードの素顔を知る者はいない。
そして、リチャード・インベストメントは、オーストラリアの鉱山開発に乗り出す。まずは、多くのボーキサイト(アルミの原料)鉱山の権利を購入していった。当時、欧州大戦が終了し、アルミの値段は下降傾向に有り、あまり開発の進んでいなかったオーストラリアのボーキサイト鉱山は安値で手に入れることが出来た。
そして、大規模なバケットホイールエクスカベーター(露天掘りをする重機)を導入し、採掘を始める。掘り出した鉱石は、上海やロンドン、ロシア、パリにある商社を通して、世界各地に売られていくように見せかけた。しかし、その裏では全て日本に送られるのである。
鉱石は、精製するまで露天に野積みをしていれば良い。傷んだり腐ったりしないので、長期の保管も問題ない。
こうして、第二次世界大戦に向けて資源の備蓄を進めていくのだった。
――――
こうした経済活動とは別に、リチャード・インベストメントはアメリカ各地に孤児院を設立した。そして、不遇な子供たちを集めて、食事と教育を与えていく。
ろうそくの炎が揺らめく薄暗い聖堂で、修道女風の教師は子供たちを前に話をする。
子供たちは、一人一人火の付いたろうそくを持って、修道女を見つめる。その瞳は、何か遠くを見るようで、うつろな印象を受ける。
「リチャード様は、あなたたちの未来を作るために、全てを犠牲にして働きました。そして、経済的に成功し、彼のミッションだった孤児院を作ったのです。あなたたちは親にも、国にも、神にさえ見捨てられました。しかし、リチャード様は、あなたたちを救ったのです。あなたたちの笑顔こそ、リチャード様の生きる目的なのです。あなたたちを見捨てた神にかわって、リチャード様は我々の神になられるお方です。私たちは全てをリチャード様に捧げましょう。この世界に、リチャード様の王道楽土を作るために」
その胸にはロザリオではなく、文字の掘られた大きめのペンダントが見える。
「Mr. Richard wants to fill you with love.」
※訳:リチャード様の望みは、あなたたちを愛で満たすことです
孤児達には、姿を見せることのないMr.リチャードへの忠誠心を育成していく。そして、彼らは育ち、その一部は国の官僚や軍人になって情報収集をする。自分たちを見捨てた国家(アメリカ)に復讐するべく、自分たちを救ってくれたリチャードへ恩返しをするべく、活動するのであった。
―――――
「リチャード・テイラーについて、何か解ったか?」
「アイオワ出身で、6年前までデトロイトの自動車工場で働いていたが、体を壊して退職。その後は、ニューヨークで路上生活をしていた。それ以上のことは不明だ」
「路上生活者がたった数年で、世界有数の資産家か?そんな馬鹿なことがあるか!」
「とにかく調べろ!税務調査を入れてもかまわん。我々の管理下にない巨大資本があってたまるか!」
円卓を囲んだ12人の老人達。彼らは十二賢者と呼ばれる。
池田はまだ、彼らの存在を知らない。
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