第34話 ロシア帝国正統政府樹立(3)
1921年5月
ロシア帝国正統政府を、全世界に承認させるためには、ロシア帝国が各国と交わしていた条約と債務の継承が重要になる。特に、多額の債務については、革命政府は継承しない(踏み倒す)ことを正式に発表していたので、列強からの強い反発を買っていた。
「露日国境条約、および、露日安全保障条約の批准が可決されました」
ロシア帝国議会総選挙後、初めての議会で、日本との二つの条約が批准された。
「日露国境条約」そして「日露安全保障条約」だ。
日露国境条約では、ロシア帝国が持っていた対外債務を、全て日本が引き取ることと、日露安全保障条約の批准と実行を条件に、北樺太を除く東経68度以東(シベリアのほぼ全て)を日本に割譲するというものだ。領土の割譲に反発する議員も多かったが、既にロシアの領土のほとんどは、革命政府の手中に落ちており、ロシア単独で取り返すことは不可能だったことと、対外債務の返済など、どう逆立ちしても不可能であったため、なんとか批准された。これによりシベリアは日本領となったため、日本は革命政府に対してシベリアからの撤収を要求する。
そして、イギリス・フランス・アメリカやその他の国に対し、ロシアに持っていた債権や権益を、日本がロシアに代わって弁済することを条件に、ロシア帝国正統政府の承認と日本のシベリア領有を認めるよう交渉した。欧州大戦で疲弊していたイギリスとフランスは、基本的に日本の条件を飲んだ。しかし、アメリカはロシアに対して債権を持ってはいたが、それ以上に、シベリアでの権益の方が魅力的で有り、それを、日本が独占することに、強い難色を示した。
それに対して日本は、1867年にアメリカが、アラスカをロシアから購入したことを例に出して、それと同じ商取引だと主張し、さらに、シベリアでアメリカの権益を認めるなら、代わりに、アラスカで油田探索と採掘の権利を日本に認めるよう迫る。
さすがに、アラスカにおいて日本の権益を認めたくないアメリカは、シベリア鉄道の株式会社化と、その発行株式の49%を米国が買い取り、かつ、シベリアにおいて、アメリカ企業の活動に、最恵国待遇相当の保証をするという案を提示した。
もちろん、それはシベリアから赤軍を駆逐した後の事になるので、ほとんど空手形に等しいのだが、これで、なんとかアメリカ世論を抑えることにしたようだ。
こうして、アメリカの賛同も得ることができ、ロシア帝国正統政府は世界列強の承認を得ることが出来た。
そして日本は、ロシアに対して30年間、樺太に住むロシア国民一人あたり年間120kgの、米もしくは小麦を供与することと引き替えに、北樺太にあるオハとオホーツク海での油田採掘権を入手したのだ。採掘された原油に対して、30%の税金をかける事が認められたため、ロシアも利益を得ることが出来る。
日露安全保障条約では、ロシア帝国正統政府が実効支配している領域が、他国、もしくは何らかの武装集団によって脅かされた場合、日本は防衛の義務を負うという片務的な条約だ。そして、1945年までに、日露共同で革命勢力を駆逐し、東経68度以西の旧ロシア領土を取り戻すことが明記された。これが実現出来ない場合は、シベリアをロシアに返還する事も定められた。ただし、白ロシア、ウクライナ、バルト三国等の東ヨーロッパと、カザフ、ジョージア、アゼルバイジャン、ウズベク他の中央アジアの国々の独立はいずれにしても認めることになった。ただし、現時点では、全て赤軍が支配している。
これにより、ロシア帝国正統政府は世界からの承認と、安全の両方を手に入れることが出来たのだ。
そして、ロシアはすぐに自立のための施策を講じていく。
○2,000トン以上の登録船舶の無税化
21世紀の海運業界においては、パナマ船籍やリベリア船籍の船が多い。それは、船の登録国によって税金が違うためだ。船主は、できるだけ節税したいので、税金の安い国で登録を行う。
ロシア帝国正統政府は、登録船舶に対して、2年に一回登録更新のための北樺太への寄港と、指定するロシアの船舶保険に加入することを条件に、2,000トン以上の船舶の無税化を発表した。
これにより、世界の船舶の15%(総トン数ベース)がロシア船籍となった。
○タックスヘイブンの実施
国際企業の本社や、資産家の住所を北樺太に置き、一定の条件を満たすことによって、法人税や個人所得税をほぼ無税にする施策を実施した。ただし、ロシア人と日本人は対象外となる。これは、同じロシア人で、裕福な人ほど無税になることと、日本人の富裕層がタックスヘイブンを利用することで、日本の税収が下がることを避けるためだ。
一定の条件とは以下の通りである。
・ロシア政府が指定するドル、もしくはポンドをロシア銀行に預け入れすること
・ロシア銀行を通して指定された金額以上、国際送金で受け入れ送金をすること。
○ロシア銀行口座の完全秘密化
ロシア銀行の口座情報は、なんびとからの問い合わせに対しても公開しないと発表。これは、スイス銀行が長年実施してきた施策である。マネーロンダリングや脱税に使われることになるが、その分、ロシア銀行の当座預金残高は増加する。
○ロシア銀行口座の完全保護
万が一、ロシア帝国正統政府が赤軍に占領されたりした場合、ロシア銀行の預金は、全額日本政府が保証すると発表された。もちろん、日本はロシア銀行からその保険料をもらう。そして、その保険は、ロイズ保険組合等を通して、国際保険シンジケートに再保険を分散させる仕組みを構築した。これにより、顧客の資産は、完全に保証されることとなり、さらに資金の流入が加速した。
これらの施策により、世界中から不透明な資金が大量に流入することになるが、ロシア国民の多くは、金融関係の職を得ることが出来た。そして、その資金は、宇宙軍がアメリカとヨーロッパに設立した会社を通して、世界に影響力を示していくことになる。
――――――――
しかし、「日露国境条約」と「日露安全保障条約」の締結によって、日本国内で思わぬ事件が起きる。
「シベリアを取り戻せー!」
「ボリシェヴィキ(革命政府)を叩き出せ!」
野党議員や国家主義者らが中心になって、抗議運動が起きたのだ。
彼らの主張は、シベリアの領有は実質形だけのもので、日本が一方的にロシアの債務を肩代わりするのは国民に対する背信行為だととらえ、政府はすぐにシベリアに軍隊を送って、ボリシェヴィキを追い出せというものだ。
戦後恐慌によって、失業者が増大していた時期と重なったことも有り、民衆の不満は政府に向けられた。そして、その集会は徐々に過激になり、第二次日比谷焼打事件へと発展してしまう。
また、今回の集会には、女性の政治参加実現を目指す団体も加わっていた。日本はロシアの女帝即位を歓迎しているにもかかわらず、国内では「治安警察法」によって、女性の政治集会への参加や政治運動が禁止されていたため、その不合理を追求したのだ。
また、国際連盟設立の際、日本は人種差別撤廃を訴えたのに、国内で女性を差別していることもやり玉に挙げられた。人種差別はだめで、女性差別は良いのかと。
この女性団体は、最初の抗議集会には参加したが、暴動へは関わっていない。それにも関わらず「女に政治参加させたら、もっと暴動が起きる」といった主張がされてしまう。今回暴動を主導したのが、全て男であったにもかかわらずである。
――――
「ねえ、日本人ってバカなの?暴れて火を付けるなんて、どこの原始人?それに、女性差別って、ほんと呆れちゃうわ!」
「そんな風に言うなよ、リリエル。俺たちのいた21世紀じゃないんだから。この時代は暴動も良く起こってたし、女性差別は日本だけじゃないしね。それに、実際騒ぎを起こしたりするのは、ノイジーマイノリティってやつだよ。そういう連中って、5chにもたくさん居ただろ。実際には少数なのに、コピペの連投とかで、あたかも自分たちの意見が主流であるかのように見せかけるってやつ。左と右の両極端がそうだったりするよね。自分が不遇なのを誰かのせいにしたがる人。そういう連中って、常に自分が被害者だと思ってるんだよね」
「そうよねー。そういう所って、ほんと未熟よね、人間って。寿命が短いから仕方がないのからしら?」
「天使には、嫉みとかは無いの?」
「どうかなぁ。嫉みじゃないけど、堕天する事はあるのよね。天使のエネルギーってすごく膨大なの。そのエネルギーは常に凝縮しようとしてるんだけど、天使の中心にあるコアによって、支えられてるわ。そのコアは神様のターミナルって言われてるんだけど、神様の祝福を疑っちゃうとね、コアの支えが弱くなっちゃって、天使の持つエネルギーが内側に落ち込んじゃうの。するとね、光のエネルギーの爆縮が起きちゃって、属性が反転するのね。そうなると、堕天使になって悪魔になっちゃうの」
「へえ、堕天ってそんなメカニズムなんだ。その代表格がルシフェルってこと?」
「そうなのよ。前に言った時間を操作する魔法陣を研究してた天使って、ルシフェル様のことなの。黒い髪でどことなく陰があって素敵だったわぁ。なんかね、その研究で、新しい発見があったみたいなんだけど、その内容を誰にも言わないまま、堕天しちゃったのよね」
―――――
この第2次日比谷焼打事件で、陸軍の兵卒と将校数名が逮捕された。全員、シベリア出兵から帰還した者たちであった。
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