第33話 ロシア帝国正統政府樹立(2)

1921年2月11日


 戴冠式は、日本領である樺太の豊原で行われた。2月の厳寒期に、北樺太まで来賓を案内するのは不可能という判断からだ。


 アナスタシアの戴冠式には、全世界から多くの政府特使が派遣された。ロシア皇帝の戴冠式とあれば、本来は、元首級か王室の誰かが参加するのだが、実際、ロシア帝国の亡命政府が赤軍を駆逐できるなど、誰も思ってはいなかったので、とりあえず、そこそこの高官を派遣したという所だろう。


 新聞記者も、渡航費用をロシアが負担すると発表し、出来るだけ多くの国から来てもらっている。


 もちろん、赤軍から来ているのは、外交官ではなく非難声明だ。


 ロシア正教の司祭が、王冠をゆっくりとアナスタシアの頭にかぶせる。聖ワシリイ大聖堂には遠く及ばないが、日本の協力によって急遽改築された聖堂にて、厳かに執り行われた。


「美しい・・・」


 王冠をかぶり、白と赤を基調としたローブ、そして、ロッドを携えてアナスタシアは皆の前に立つ。その凜々しく、そして美しいアナスタシアの姿に、会場に居た全ての人たちが、こころを奪われる。


 ローブは、日本産の絹糸を使用し、西陣織の技法で仕上げた特一級品だ。


 戴冠式の後、各国からの来賓一人一人に挨拶をしていく。ロシア皇帝が、王族でもない外交官の来賓一人一人に挨拶をするのは、異例中の異例だ。それだけ、アナスタシアがこの戴冠式を外交の場と考えている証左である。


 そして、すぐに憲法の公布と即日施行が宣言される。議会の審議を経ていない欽定憲法だが、当時としては特におかしな事ではなかった。そして、皆、その憲法の民主的な内容に驚く。


 1.基本的人権の尊重

 2.表現の自由

 3.三権の分立

 4.法の下の平等(性別や門地や人種によって差別されない。貴族制は残すが、名誉称号であり特権は無い)

 5.兵役・労働・納税・教育を受けさせる義務

 6.皇帝の権限は、内閣の補弼によって行使されることを明記

 7.憲法の改正には、議会定員の60%以上と、国民投票にて有効投票の半数以上の同意が必要


 大日本帝国憲法ではなく、日本国憲法を参考にした内容だ。だが、戦力の不保持などは、当然入れていない。


 憲法の策定に当たって、貴族たちの抵抗が多少あったが、日本の後ろ盾が無いと、どちらにしても、貴族は復権できないどころか、最悪、赤軍に逮捕されて銃殺の憂き目に遭うことを説明し、個人資産の没収などは行わないことを条件に同意させた。


 そして、さらに驚くべき発表がされる。


「アナスタシア皇帝陛下は、日本国侯爵、有馬勝巳を皇配とすることにされた。有馬侯爵は、村上天皇の血統を継ぐ由緒正しき家柄であり、これにより、ロシア皇帝と大日本帝国天皇は、永遠の共存共栄を約束された」


 ※有馬家は本来子爵だが、アナスタシアとの結婚のため、勝巳を独立させ侯爵位に陞爵させた。


 そして、有馬勝巳が登壇する。有馬は身長が170cmあり、当時の西洋人と比較しても見劣りはしなかったが、ここはあえて、7cmのシークレットブーツでさらに底上げしている。


 そして、司祭から祝福され、二人の結婚が世界中に発信された。


「ロシア革命によって赤軍に逮捕され、虜囚として辛い日々を送っていました。でも、三人の姉やアレクセイ、そして、皇帝皇后と一緒に居るだけで幸せでした。しかし、赤軍は、秘密裏に私たちを処刑しようとしたのです。私以外の家族は、無残にもエカテリンブルクにおいて、赤軍によって射殺されました。すんでのところで白軍に救助された私は、侍従のルバノフと二人で、ニコラエフスクまで逃げてきたのです」


 アナスタシアは、大粒の涙を止めどなく流す。しかし、その決意に満ちた顔は凜々しく前を向き、外交官や新聞記者たちをまっすぐに見ている。


「そして、赤軍の追っ手はニコラエフスクにまで迫りました。ルバノフは赤軍との銃撃戦の末、そこで命を落としてしまいます。赤軍は私に銃を突きつけ、今まさに引き金を引こうとしたところに、有馬侯爵が助けに来てくれたのです。今、私の命があるのは、有馬侯爵のおかげです。前皇帝のニコライ二世は、名君とは言い難かったと思います。しかし、今赤軍がしていることは、さらに悲惨なことを民衆に強いています。逃亡している間、様々な場所で、赤軍による略奪や虐殺、そしておびただしい餓死者を目撃しました。ロシア国民を救うには、皆さんの、世界の助けが必要です。どうか、お力を貸してください」


 そう言って、アナスタシアは深々と頭を下げる。


 会場からは、「パチパチ」と少しずつ拍手が始まり、そして、会場全てを包むオベーションになった。


 涙を流しながら世界の協力を訴える、アナスタシアの凜々しく美しい顔のアップ写真が、「悲劇の公女」として世界中の新聞に載り、そして、殺害された公女たちの愛らしい写真も掲載された。


 また、ロシア革命で逮捕されてから、本日の戴冠式までの出来事が「アナスタシアの日記」として出版される。もちろん、かなり脚色されている。


 世界の世論は、赤軍に対して強い怒りの声を上げるのだった。


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