第32話 ロシア帝国正統政府樹立(1)

1921年1月


「勝巳、摂政殿下からロシア帝国正統政府の皇帝になって欲しいって言われたわ」


 摂政から呼ばれ、参内していたアナスタシアが帰宅し、有馬勝巳に告げる。


「そ、そうか、それは喜ばしいことだ。これで、赤軍の連中からロシアを取り戻せるね。でも、あ、じゃあ、樺太に行っちゃうんだね・・・・」


 日本政府は、北樺太にロシア白軍の勢力や難民を受け入れており、そこに、ロシア帝国正統政府を樹立することにしていた。もちろん、ロシア帝国正統政府計画の立案に、有馬も参加していたので、その事は当然知っていたのだ。


「そうね。もう、全部お膳立ては整ってるそうよ。来月には樺太に行って戴冠式が行われるの。そして、憲法の公布と施行を私が宣言して、選挙を行うの。女性にも選挙権と被選挙権があるわ。世界で一番進んだ立憲君主の国になるの」


 アナスタシアは、ロシア帝国として独立できることを喜びつつ、その表情は、どこかさみしげであった。


「そ、それでね、勝巳。出来たばかりのロシア帝国正統政府には、強力な後ろ盾が必要だと思うの。もちろん、殿下は協力を惜しまないって言ってくれたわ。安全保障条約も結んでくれるって。でも、その、やっぱり、もっとね、ちゃんとしたものが欲しいの。だ、だからね、勝巳、あ、あ、あなた、私の皇配になりなさい!」


 アナスタシアは、顔を真っ赤にして有馬に告げる。

 ※皇配とは、女帝の夫のこと。


「えっ?」


「えっ?じゃないわよ!私に婿入りしなさいって言ってるの!こ、こ、これは、政略結婚なんだからね。勘違いしないでよ!あなたの家系は、1000年前に天皇家から分かれたんでしょ。ロシア皇帝の配偶者になる資格は十分にあるわ」


「え?え?え?」


 有馬は顔を真っ赤にして固まってしまった。


「もう!鈍感ね!わ、わたしがこんなにも頑張って告白してるのよ!ぼーと突っ立ってるんじゃないわよ!」


 ガバッ!!


 有馬は突然アナスタシアを抱きしめる。


 この八ヶ月間、有馬家で一緒に生活している内に、有馬にはアナスタシアへの恋心が芽生えていた。しかし、それは叶わぬ思い。アナスタシアはいずれロシア皇帝に即位し、この国を出て行く。自分自身は、摂政殿下をお支えしていかなければならない。だから、この思いを押し殺していた。


 ※有馬は生まれてから今まで、女性との接点はほぼ皆無で、免疫がなかった・・・


「アナスタシア、いいのかい?俺なんかじゃ、大した後ろ盾にはならないよ」


「・・・・いいのよ・・・。勝巳がいいの。ごめんなさい。政略結婚なんて嘘。初めて会ったとき、命を救ってくれたのに、間抜けな顔なんて言ったりして・・・・。」


 有馬は、その時の事を思い出す。間抜けな顔と言われたのは、かなりショックだった。


「わたし、ルスランに言われたの。ロシアを救ってくださいって。それまで、国の事なんてどうでも良かった。国を捨てて、どこかにみんなで逃げることができればって。でも、みんな死んで、逃げてる間も、ものすごいたくさんの人たちが殺されてたわ。だから誓ったの。必ずロシアを救うって。その為には、私は自分の全てを犠牲にするつもりだったの。でもね、勝巳のことが・・・。私だけ、自分が幸せになっていいのかって・・・。みんな死んじゃったのに・・・。だからね、私と一緒に、ロシアを救って欲しいの。」


 アナスタシアは、その大きな瞳に涙をいっぱいためながら、有馬を見上げる。


『ああ、アナスタシアは俺と同年齢だけど、想像できないほどの過酷な経験をしてきたんだな・・・』


「でも、日本軍はロシアの民衆を殺してしまった。俺は、そんな日本人なんだよ」


「摂政殿下は、それをやった指揮官を処分してくれたわ。それに、赤軍の連中も民衆に武器を渡して、白軍や日本軍に抵抗するようにさせてた。すごく、過酷な状況だったのね。殿下は私に直接謝ってくれたの。私は、その謝罪を受け入れた。その話は、それで終わりよ。勝巳と一緒なら、私、どんな事があってもやっていけると思うの。一緒に、おねがい、ロシアを救って!」


「アナスタシア、その願い、俺と一緒に実現しよう。」


 そう言って、有馬はアナスタシアに口づけをする。こんなシチュエーションの時には、口づけするのが良いと言うことを、高城蒼龍が書いた(盗作した)小説で学習していた。


 ――――――


「摂政殿下。アナスタシア公女殿下より、皇配になって欲しいと打診されました。私としては、殿下のお許しがいただければ、受諾したいと思っております」


「それはまことか?父上の有馬中将は何と申しておる?」


「はい、殿下。父は、殿下のお許しさえいただければ、嬉しいことだと申しております。家督については、弟の勝利(かつとし)がおりますので、ご安心ください」


「そうか、いや、しかし、それはめでたい。私としても異存はないぞ」


「ありがたき幸せ。日本とロシアの橋渡しとなり、両国の発展に微力を尽くしたいと思います」


 皇室関係者が、外国人と結婚するには法律の制約があったが、外国の王室と日本人が結婚することを制限する法律はなかったので、特に政府から反対意見も出ないまま、有馬勝巳とアナスタシアとの結婚は承認された。


 1921年2月11日に戴冠式を行い、憲法の公布と施行を宣言、そのまま結婚を発表、戴冠式を行ったロシア正教の教会で結婚式を挙げることが決まった。これは、有馬とアナスタシアの結婚を妨害しようとする勢力に、その時間を与えないためである。

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