第28話 アナスタシアがやってきた
摂政の指示でアナスタシアは、有馬家にて極秘に保護されることとなった。
1920年4月21日
有馬中尉が帰国し、報告のために参内した。父親の有馬少将は、現地調査のためシベリアに残っている。
「摂政殿下、有馬中尉、ただいま帰任いたしました」
「有馬中尉、ご苦労であった。ロシアの公女を保護するとは、大変な戦果であった。アナスタシア公女殿下の様子はどうかな?」
「はい、殿下。現在は東京第一衛戍病院にて、検査入院をしております。3日後には、私の自宅に移動して静養する予定です。侍従のルバノフ殿は残念でしたが・・・」
「そうか。一人になってしまったアナスタシア公女殿下の事を、よろしく頼む。一人だけで異国の地に身を寄せなければならぬとは、心細いであろうに。ロシア語の堪能な中尉がそばにいれば心強いであろう。それに、公女殿下は我々と同い年であったな。良き友人になってやってくれ」
アナスタシアと摂政との面会は、少し落ち着いてから実施することになった。
―――――――
3日後、有馬家
「おい、アナスタシア!そこからは靴を脱げよ!」
「なによ、勝巳(※有馬中尉の名前)!最初に言ってくれなきゃわからないわよ!日本の家ってよくわからないわね!ほんと、よく裸足で歩けるわね!それに、何?この天井の低さは?あなた、確か貴族って言ってなかった?これのいったいどこが貴族様の家なの?日本人ってみんな身長低いから、それに合わせたとしても小さすぎない?」
「身長低くて悪かったな!別に170cm無くったって人権はあるんだよ!それに、俺は170cm丁度だ!日本の貴族は、ヨーロッパみたいに贅沢はしないんだよ!」
アナスタシアは、早口のロシア語でまくし立てる。ちなみに、アナスタシアの身長は157cm。当時の日本人女性の平均より10cmほど身長が高い。
有馬家は元々大名家なので、現在では子爵に叙されている。しかし、日本の貴族(華族)は、よほど特別な家柄では無い限り、少々裕福な商家の家と変わりは無かった。
「お坊ちゃま、お帰りなさいませ。お嬢様は、何かお困りですか?」
玄関に正座をして出迎えた有馬家の女中(ばあや)が、心配そうに見上げる。
「い、いや、ばあや。ちょっと文化の違いに戸惑ってるだけだよ。心配ない」
アナスタシアは、有馬家において極秘に保護されながら、有馬中尉から日本の歴史や政治体制、国民の様子などを学んでいくのであった。
1920年8月
史実より2年早く、シベリア出兵は終了し、現地居留民と共に帰国を果たした。
「摂政殿下、これが、シベリアで調査をした戦闘詳報の概要になります」
有馬大佐(シベリアから帰任したため、臨時任官の少将から、本来の大佐に戻っている)は、摂政に恭しく頭を下げる。
摂政は、提出された報告書をめくり、読み進める。その間、有馬大佐は頭を下げたまま、微動だにしない。
「有馬大佐、ご苦労であった。シベリアは、想像以上に過酷な戦場であったようだな」
「はい、殿下。赤軍は軍服も着ておらず、良民か匪賊かの区別も付かず、現地部隊は混乱を極め損害も多くなり、その結果、無分別な村民の殺害に至ったようでございます」
「そうか、パルチザンとは、民衆を巻き込む事を何とも思わないのだな。このように追い詰められてしまえば、致し方のないこともあるのだろう。しかし、これだけ損害を出しておきながら、その事実を隠し、作戦はつつがなく進行しているように見せかけていたのだな。愚かな事よ。正確に状況を報告しておれば、それに応じた対策が立てられたものを」
「はい、殿下。お恥ずかしい限りでございます」
「よい、有馬大佐の責任では無い。このような事に気づけなかった私の責任だ。参謀本部から戦域を拡大しないように命令があったにもかかわらず、それを無視して進軍するなど、天皇の統帥を軽んじているとしか思えぬ。戦域を拡大さえしなければ、パルチザンとの衝突もこれほどではなかったのであろう。綱紀粛正を図っていかねばならぬな」
「はい、殿下。おっしゃるとおりでございます」
「ところで、シベリアに抑留されていた、ポーランドの難民と孤児たちの救出が出来たのは僥倖であったな。いや、有馬大佐の実力故のことか。なににしても、よくぞやってくれた。感謝するぞ」
「はい、殿下。もったいなきお言葉。ポーランド難民が抑留されているという、殿下からの情報があればこそ、彼らの救出が出来たのです」
有馬大佐は、ニコラエフスク防衛の功績で少将に昇進し、そして、シベリアでの現地派遣軍の調査と、ポーランド難民救出、および、迅速なシベリア撤兵の功績で中将に特別に昇進した。
そして、シベリアでの民間人殺害に関しては、故意であったことを証明できないため不問となったが、参謀本部の指示を無視して、戦域を拡大した師団長およびその側近の数名が、更迭の上、予備役に編入となった。
―――――
「師団長が解任されて、予備役に編入された。いったいどういうことだ?」
「納得がいかん。あんなにも一所懸命戦って、多くの戦友が斃れてやっと獲得した権益を放棄するとは。しかも、帰ってみれば、一般市民を殺害した犯罪者扱いだ!あの戦場の事をなにも知らない、安全なところから見ていただけの連中になにが解る!」
「今回の件では、有馬大佐が動いていたが、本当の黒幕は摂政殿下のおそばにいるらしいぞ」
「それは、誰だ?」
「宇宙軍の高城中尉だ。殿下と学習院で同級生だったことを良いことに、殿下に甘言を弄し、陸軍の力を弱めて自身の栄達を図ろうとしている。国益を害するまさに君側の奸だ」
――――――-
日本政府は、樺太において、「ロシア帝国正統政府」を樹立することを秘密裏に決定し、準備を進める。設立は1921年2月11日の予定だ。皇帝はもちろん、アナスタシア。ロシアにおいては、18世紀のエカチェリーナ二世以来の女帝となる。
そして、日本政府は水面下で、ロシア内戦中の白軍に対して樺太に来るように働きかける。その結果、ロシア帝国正統政府樹立後2年で、1,000万人のロシア人が樺太に移住することとなった。
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