第27話 発覚(3)
「陸軍大臣、シベリアとの電信は、所々抜けているようだが、それはなぜか?」
「はい、殿下。それは・・・その・・・軍機(軍事機密)にございます」
「そうか。大臣よ。今の私の立場を知っているか?」
「は、はい、摂政殿下にございます」
「そうだ。ご病気の陛下に代わり、陛下の大権を代行しておる。帝国憲法の第11条にはなんと書かれておる」
「は、はい、殿下。そ、それは・・・“天皇は陸海軍を統帥す”とあります」
大臣の顔は、青色を通り越して、ほとんど真っ白になっている。そして、その額からは、激しく脂汗がしたたり落ちていた。
「そうだな、大臣。今、陸海軍を統帥しているのは私だ。大元帥を代行している私に隠し事をするというのは、不忠では無いのか?」
「で、で、殿下・・・。不忠などと・・・、そ、そのような事は・・・」
「では大臣。抜けている電信をすぐに持ってきてはくれまいか?軍機と言うことなので、その電信については、私以外、誰にも見せぬ事を約束する」
そして、しばらくして、陸軍大臣と参謀本部の中佐が電信を持って参内してきた。
摂政は、大臣と中佐の前で電信をめくり始める。
“村落中の人民に敵対するものがあれば、過激軍に荷担するものとしてその村落をの全て焼棄すべしと命令す“
“各村落において、過激派を発見したときは、人口の多寡にかかわらず焼き打ちしてことごとくを殲滅す”
“村民の多くを一棟の物置小屋に押し込め、火を放ち生きながらにして焼き殺したとの証言有り”
“1919年2月歩兵第72連隊310名は過激派と奮戦するも全員戦死せり”
どれも、摂政にとって信じられない内容のものばかりであった。
「大臣よ。“人口の多寡にかかわらず殲滅す“とはどういう事だ?」
「はい、殿下。そ、それは・・その・・・敵の多い少ないにかかわらず、という事であります・・」
「そうか?私には、その村に少しでも敵がいれば、村人が多い少ないにかかわらず、村ごと焼き払えとの指示に思えるのだが、私の国語力が足りないのであろうか?それと、第72連隊が全員戦死と書かれている。これは戦って死んでしまったという意味では無いのか?我が軍の損害はほとんど無いと言ってはいなかったか?それとも、部隊全滅は、大臣にとっては極めて軽微な損害なのか?」
「・・・・・・・・」
大臣は下唇を噛みしめ、目をつむり直立している。隣の中佐も石の置物のように固まってしまっている。完全に、蛇ににらまれた蛙だ。
「陸軍は私が統帥している。つまり、疑わしい村人は全員殺せという命令を私が出したにも等しいと言うことなのだな?大臣よ、なぜ答えぬ」
大臣の全身はぷるぷると震えはじめ、右手で左胸の辺りを強く握ると、棒きれが倒れるように、前に卒倒した。全く受け身もとれず、激しい音と共に倒れた大臣は、ぴくりとも動かなくなった。
※史実では、日本のシベリア派遣軍が、赤軍に荷担している村落や、その疑いのある村落を襲撃して、“村を殲滅した”との“日本側の”戦闘詳報や電信の記録がある。もちろん、無抵抗の村民や婦女子を殺害したとの直接的な記載は無いが、ウラジオストクに派遣された日本軍が、ロシア難民から聞き取り調査をした記録には、日本軍が老若男女を問わず村人を一カ所に集めて銃殺した、火をつけて焼き殺したなどの証言が残されている。参謀本部は、占領地を拡大しないこと、赤軍との戦闘は自重することと命令を出していたが、現地第十二師団の師団長は、それをことごとく黙殺し、占領地を広げる。シベリア出兵が終了した後は、その功績により男爵に叙爵された。この事例から、本国の命令を無視しても、占領地を広げれば評価されるという認識が広まったという研究がある。
――――――――
陸軍大臣は、そのまま入院となった。
「高城よ、軍機ゆえ詳しいことは言えぬが、シベリア出兵では懸念していたことが起こっていたようだ」
「やはりそうでしたか。ちょうど、有馬少将がニコラエフスクにおります。黒竜江の氷が溶けるのを待って、有馬少将に調査をさせるのがよろしいかと存じます。それと同時に、シベリア派遣軍には撤収の命令を出しましょう」
「そうだな、もはや、シベリアに駐屯する意味は無い。それはそうと、アナスタシア公女の件は、どのようにするのだ?」
「はい、殿下。アナスタシア公女には、日本に来ていただき保護しましょう。しばらくはその事実を極秘にし、有馬家預かりにするのが良いかと思います。そして、現在占領している北樺太に、ロシア帝国正統政府として独立を承認するのです。現在ロシアにて内戦をしている白軍にも、北樺太に来るように促します。そして、力を蓄え、捲土重来を果たしてもらいましょう」
「なるほどな。日本の同盟国として再起してもらうのだな」
「はい、殿下。左様にございます。ロシアの憲法も、帝国憲法を参考にして制定します。日本の友人になれるよう、我々も尽力いたしましょう」
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