第26話 発覚(2)

 有馬中尉は、アナスタシアから聞き出したことを宇宙軍に打電する。


 1.皇帝一家は、1918年7月にエカテリンブルグで処刑された。場所は、イパチェフ館の地下

 2.四女のアナスタシアのみ救出され、侍従のルバノフと二人でニコラエフスクまで逃げてきた。

 3.ルバノフは重傷、アナスタシアは軽傷、陸軍第七師団にて保護している。

 4.アナスタシアは逃亡の途中、日本軍による住民虐殺を目撃した。


 電文は、宇宙軍で開発された暗号キーを使用して暗号化された。全てトンツー符号で送られる。「トン(短音)」が「0」で、「ツー(長音)」が「1」だ。電文はこの二進数に変換され、長い01データとなって送信された。


 有馬中尉は、日本軍による住民虐殺については、証拠があるわけでも無いので、伝えなくても良いかと思ったが、情報を精査するのは本部の仕事だと思い直し、全て打電することにした。


 ―――――――


「これは!すぐに摂政殿下にご報告せねば!」


 1918年7月に、エカテリンブルグにあるイパチェフ館の地下で処刑が執行されたというのは、史実と合致する。1920年において、このことを、当事者と赤軍幹部以外が知ることは無いはずである。すると、アナスタシアは本物。すでに、歴史が変わり始めている。


 蒼龍は、アナスタシアの生存を最大限利用するための策謀を考えるのであった。


「摂政殿下、ニコラエフスクに派遣している有馬中尉から、次のような電文が届きました」


 蒼龍は、自身の考えも含めて殿下に報告をする。


「すると、そのアナスタシア公女は本物で、一家は既に殺害されていると?なんと惨いことを・・。それと、我が皇軍が現地で虐殺を働いているというのは本当か?もし事実なら看過できぬ!」


 殿下はわなわなと震える手で、報告書を握っている。


 蒼龍は前世の知識で、日本軍がシベリア出兵をしていた事は知っており、ニコラエフスクで日本人虐殺が起こることも知っていた。しかし、日本軍がシベリアで住民の殺害事件を起こしていたことは知っていたが、詳細まで読んだことはなかった。


「はい、殿下。虐殺についての証拠はありませんが、極限の状態で、そういった事件が発生した可能性はあります。しかし、現時点においては確定できません。いずれにせよ、ロシアでは白軍の旗色は悪く、ニコラエフスクへの赤軍襲撃も発生したことから、シベリアにいる居留民と日本軍の撤退を進言いたします」


 摂政は事実を確認するべく、陸軍大臣を招聘する。


 ――――


「大臣、今のシベリア出兵はいつまで続けるつもりか?」


「はい、殿下。シベリア各地での、居留民の権益と安全が確保されるまでは、続けざるを得ないと考えます」


「しかし、大臣。先般のニコラエフスクのように、これからも赤軍の襲撃が続けば、居留民の安全の確保も難しくなる。今回は、大臣に先見の明があったからこそ、増援を送って事なきを得たが、これからもそれが続くとは思えない。そろそろ、居留民をつれて撤収をした方が良いのでは無いか?」


「はい、殿下。しかし、現時点で居留民の権益を捨てさせることは、まだ、得策ではないと考えます」


「そうか。ところで、シベリアでの赤軍との戦闘はどうなっておる?我が軍に損害は出てはいないのか?それに、我が軍は、ロシア人民に対して攻撃をしたりはしておるまいな?」


「はい、殿下。我が軍は精鋭で有り、出来るだけ赤軍との衝突も避けておりますので、ほとんど損害は出ておりません。また、攻撃してきた場合は防御しますが、それ以上、我が軍から攻撃をすることはありません。ロシア人民に攻撃をするなど、あり得ないことです」


 実際には、この時点で日本軍に300人以上の死者と1,000名以上の負傷者を出している。


「そうか、それならば良い。しかし、アメリカやイギリスは既に兵を撤収したと聞く。我が国もそろそろ潮時なのではないか?」


「はい、殿下。派遣軍にも最新の状況を問い合わせ、出来うるならば殿下のご意向に添えるよう尽力いたします」


 ―――――


「どう思う、高城よ」


 陸軍大臣が退出した後、隠れて聞いていた蒼龍が出てくる。


「はい、殿下。日本軍に損害が出ていないというのは、正確では無いと思います。また、現地のロシア人民を殺害していないというのも、確認しないとならないと思います。少なくとも参謀本部までは、なにかしらの情報が上がってきていると思いますので、確認されるのが良いのではないでしょうか」


 そして、陸軍大臣に、シベリア派遣部隊とやりとりした電信を、全て持ってくるように指示を出す。摂政が、軍の通信文の原本を見るというのは前代未聞であったが、胸騒ぎがおさまらず、どうしても直接確認したかったのだ。


 電信は、できるだけ短い単語で送信するのが通例となっていたので、文書の量はそれほどでも無かった。


 摂政は、宇宙軍の士官と共に確認をする。


「電238号の次が241号か・・239と240が抜けている」


「こっちもだ。所々抜けている。これは、意図して外してあるな」


 電信の内容は、補給に関することや、交代要員に関することなどで、当たり障りのないものばかりであった。


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