第25話 発覚(1)
1920年2月 ニコラエフスク
「有馬少将閣下、こちらをご覧ください。」
有馬中尉は、父親でもある有馬少将に、ルバノフという老人が持っていた手紙を見せる。
「これは?」
「はい、少将閣下。赤軍によって撃たれた民間人が所持しておりました。ロシア皇帝、ニコライ二世が書いたと思われる手紙です。」
「ニコライ二世の手紙だと?」
「はい、少将閣下。封蝋に押されている印と、手紙の署名から間違いないと思います。書かれたのは、1917年1月で、ロシア革命の直前です。内容は、侍従のルバノフに対して、何かあれば、公女と皇太子を逃がして欲しいとの内容です。そして、この手紙を所持していた老人は、一人の少女をかくまっていました。」
「なるほど。すると、その少女が、ロシア皇帝の公女の一人の可能性があるということか・・。」
「はい、少将閣下。その可能性が高いと思われます。その少女は、町娘にしては顔立ちも整っており、気品があります。また、炊事や洗濯をしたことの無い手をしていました。高貴な家の子女に間違いないと思います。」
「わかった、少女が逃げないように、監視を付けよう。それと、中曾大尉に少女の尋問をさせるので通訳を頼む。ああ、あと、中尉の直属の上官への報告もしておくように。もし、ロシア皇帝の子女を保護したとなると、大手柄だからな。」
「はい、少将閣下。摂政殿下へご報告をしても良いのですか?」
「もちろんだ。そうすれば、中尉の出世にも良い影響があるのではないか?それは、父親としてもうれしいことだ。直属の上官が摂政殿下とはうらやましい事よ。いずれ中尉は、天皇陛下の直属になる。有馬家にとっては名誉なことだ。しかし、陸軍の中では、“宇宙軍は摂政殿下のおままごと”などと揶揄する連中もいる。まったく不敬きわまりない。ここで手柄を上げるのは宇宙軍にとっても良いことだ。」
「はい、少将閣下。ご配慮に感謝いたします。」
―――――――
「おじいさまは、今は落ち着いているが、予断を許さない状況です。さぞご心配でしょう。」
「・・・・・・」
「さて、本題ですが、おじいさまがこのような手紙を持っていました。見覚えはありますか?」
双頭の鷲の印を表にして少女に見せる。
「!!・・・・・いえ、知らないわ・・」
「そうですか、この手紙は、ロシア皇帝ニコライ二世が書いた手紙です。自分の子供たちの保護を頼むと書いてありました。あなたは、アナスタシア公女ですね。」
手紙には、アナスタシアと明言されているわけでは無かったが、年齢からアナスタシアであろうとアタリをつけて問いかけた。
「・・・・・いえ、違います。私はアンナです。」
そこへ、陸軍の兵卒が入ってきて、中曾大尉にメモを渡す。そして、そのメモの内容を有馬中尉にも伝える。
「あなたたちが居た館の大家と連絡が取れました。それによると、おじいさまのお名前はエゴール・チトキン、そしてあなたの名前はアンナ・チトキナということですが?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「気が動転してしまい、偽名では無く本名を呼んでしまったのですね?あのご老人はロシア皇帝の侍従のルバノフ。そして、その彼を呼び捨てにするあなたは、アナスタシア公女ですね。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
黙ったままだが、少女は敵を見るような目で有馬中尉をにらみつける。有馬中尉はその迫力に気圧されてしまう。
「皇帝のご家族は、赤軍が逮捕し保護していると言うことですが、お一人だけで逃げてきたのですか?他のご家族は今、どこにいらっしゃるのですか?」
この当時、皇帝自身に対しては、死刑が執行されたという公式発表のあとに、それを否定する発表があるなど混乱していた。しかし、家族については、一貫して保護していると赤軍は主張していたのである。
「・・・・・・・うう・・・うぅぅ・・うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁん・・・・」
何か、堰が切れたように彼女は泣き出した。机に顔を伏せて、彼女は泣き続ける。
「みんな、みんな殺されたわ・・。エカテリンブルクで・・・、母様が私をかばってくれたの・・。生き残ったのは私だけ・・・、ルスランも死んでしまったわ・・」
「そ、それは本当の事ですか?赤軍は、家族は安全に保護していると発表していますが・・・」
「いえ、みんな地下室に集められて、お父様とお母様とお姉様やアレクセイや、みんな、みんな、殺されたの・・・・・」
「そんな・・・、女子供まで殺すなんて・・・・」
うつむきながら話していたアナスタシアは、突然顔を上げて、有馬中尉をにらみつける。
「女子供までって・・・日本人のあなたがよく言えるわね!ここに逃げてくる間、そこはすべて地獄だったわ。赤軍や白軍に皆殺しにされた村、そして、日本軍に殺された女性や子供の死体も数え切れないほど見てきたわ!みんな一緒よ!あなたも、お姉様たちを殺した赤軍と何も変わらないわ!」
「なんだとぉ!我が栄えある皇軍が女子供を殺すようなことは無い!断じて無い!今の言葉、取り消せ!」
有馬中尉は激昂して立ち上がる。我が栄えある皇軍が、最高司令官に大元帥天皇陛下を頂く皇軍が、事もあろうに女子供を殺すなど、あってはならないことだった。
「はっ、とんだお坊ちゃまね。16才までの私と一緒だわ。私も、お父様が市民に銃を向けることを命令してたなんて信じてなかった。何も知らなかったのよ。今の、その間抜けな顔をしているあなたと同じだったのよ・・・」
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