第18話 尼港事件(1)

1919年10月


「殿下、黒竜江(アムール川)の河口付近にあるニコラエフスク港において、日本人居留民に危機が迫っております。周囲の村々を赤軍パルチザンが占領しつつ、ニコラエフスク港に迫っており、このままでは、外界と隔絶された冬の間に、日本軍守備隊との衝突は避けられないと考えます。彼我の戦力差から、おそらく守備隊は全滅、日本人居留民は虐殺にあう可能性が高いと存じます。」


「そうか、冬の間では、港は凍り付いて救援の軍艦もたどり着けぬな。高城よ、どうすれば良いと思う。」


「はい、殿下。一つは、今のうちに救援船を出して、居留民を退去させることです。しかし、憶測だけで、居留民が財産を捨てて退去に応じるかどうか不透明です。さらに、強制的に退去をさせたとしても、居留民がいなければ、虐殺事件も発生しない可能性があります。そうなると、なにも起こらなかったのに居留民に権益を捨てさせたと、政争の具にされかねません。」


「なるほどな。確かに、このような事を政争の具にされるのは愚かしいことだ。他の手段としては、今のうちに増援を出すと言うことか?」


「はい、殿下。ご賢察の通りにございます。赤軍の総数はおおよそ5,000名。武器は小銃と野砲です。車両はほぼありません。現在、日本軍守備隊は400名程度ですので、10,000名程度の増派が良いと思います。そして、赤軍を撃退した後に、居留民を連れて春に脱出するのです。また、今回の派兵には、ロシア語が堪能な有馬中尉も帯同できるようご配慮頂きたく存じます。」


 東宮はすぐに、陸軍大臣を招聘した。


「陸軍大臣、ロシアサハリン州にあるニコラエフスク港の現状について知りたい。」


 東宮は、事前にニコラエフスク港について聞きたいと伝えてあったので、陸軍大臣は下調べをしてから参内していた。


「はい、殿下。現在陸軍海軍守備隊400を配置し、居留民の安全を守っております。」


「うむ、居留民の安全は、それで万全であるのか?」


「はい、極東において赤軍は、いずれも小規模で有り、十分な装備もしておりません。我が軍の精鋭400が守備をすれば、万全にございます。」


「なるほど。しかし、私が得た最新の情報によれば、約5,000名の赤軍パルチザンがニコラエフスク港に迫っていると聞く。近隣の村々を焼き、住民の虐殺と食料の略奪をしながらニコラエフスク港を目指している。我が軍の400は、この5,000の赤軍を撃退できるのか?」


「えっ?そ、その情報はどこから・・・?我が陸軍では、お恥ずかしながら、そのような情報は存じておりませんでした。」


「どこからの情報でも良い。私は、この情報は確度が高いと思っている。ここは、念には念を入れて、ニコラエフスク港に10,000ほどの増派をしてはどうだろうか?海軍と協力して、巡洋艦も一緒に、来春までニコラエフスク港の防衛の任に就くことは出来ぬか?もし、何もなければ、越冬軍事教練とすればよい。それに、あちらのカニはおいしいと聞く。皆でカニを楽しんでくればよいではないか。また、万が一、赤軍と戦闘になれば、10,000の精鋭と巡洋艦があれば、ニコラエフスク港の居留民を守ることが出来、大臣の先見の明に、みな驚嘆することであろう。」


 日本は急遽、陸海軍混成尼港派遣臨時師団を編成し、ニコラエフスク港に派遣した。


 ○派遣兵力

 司令官 有馬肇少将(宇宙軍の有馬中尉の実父)

 装甲巡洋艦 浅間・常磐(乗員合計1300名)

 海軍陸戦隊 600名

 陸軍第七師団(一部派遣) 7,600名

 その他、輸送艦、補給艦

 情報将校として、宇宙軍有馬中尉が帯同



<尼港事件とは>


 史実では、1920年2月から4月にかけ、ニコラエフスクにおいて、赤軍パルチザン部隊(後のソヴィエト軍)による大規模な住民虐殺事件が発生する。この事件で、日本人居留民約350人と、日本軍守備隊の約400名が虐殺された。その際、日本国籍を有していた朝鮮半島出身者900名が赤軍と合流した。また、現地中国人300人と中国海軍も赤軍と一緒に、日本軍守備隊に攻撃をしかけ、住民虐殺に荷担した。現地にいた日本人は、ロシア人と結婚していた女性と奇跡的に脱出できた1名を除き、女子供も全員殺害されたのである。


 当時のロシアは、ロシア革命後の混乱期で、革命勢力の赤軍と、ロシア帝国勢力の白軍が内戦を繰り広げていた。


 この事件が明るみに出て、日本国内では、赤軍(後のソヴィエト)や、それに荷担した者への嫌悪が増すことになる。




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