第4話 暗闇
暗い。真っ暗で何も見えない。
”ここは?えっと、あれからどうなったんだっけ?”
ぼんやりとした、自分自身の存在がうつろで生暖かい周りの闇に溶け込みそうな世界で、俺の意識は覚醒した。
まず、自分の意識レベルの確認をする。
「俺の名前、芦原蒼龍 32才。航空宇宙自衛隊第三先進技術開発室 室長。加速器の事故により、意識を失い、今に至る。リア充。」
よし、意識レベルは清明。記憶の混濁も見られない。
次に視力の確認。目を見開いて見るが、今ひとつ瞼や眼球が動く感じがしない。光も全く感じない。
これでは、辺りが真っ暗な場所にいるのか、それとも視力を喪失したのか判別出来ない。
続いて、俺は両手に力を入れてみる。しかし、全く動かない。しかも、どうも反応が無いように感じる。足も同じような状態だ。事故などで手足を失うと、幻肢痛があるという。しかし、痛みは全く感じない。音も聞こえていないようだ。
少々混乱する。俺は加速器のパージスイッチを押し込んだ。あの状態でパージしたなら、俺は確実に消し飛んでいるはずだ。しかし、意識がある。でも、それ以外の感覚が全くない。
とすると、考えられる可能性は一つだけ。
「俺は、スライムに転生してしまった!!!!!!」
なわけないだろー!!と自分に突っ込もうとしたときに、
「なわけないだろー!!」と女性の声がした。
良かった。誰か近くに居るようだ。どうやら奇跡的に一命を取り留めて、今は病院のベッドの上にでも居るのだろうか。しかし、目も見えない、手足の感覚も無い。せっかく助かったと思ったら、意識があるだけの植物人間なんて、まさに地獄だぞ。生きてはいるが、今後の辛い人生を想像して絶望しかけた。
いや、待て、慌てるにはまだ早い。リハビリを頑張れば、少しは動くようになるかもしれない。義手や義足の技術も進歩してきているので、数年後には神経に接続した義肢を使えるようになるかもしれない。視力についてもカメラからの情報を微弱な電気に変換して、大脳の視覚野に送り込む実験も進んでいる。あきらめずに頑張っていれば、なんとかなるさ。歴史上の偉人も「あきらめたら試合終了ですよ」って言ってたしな。
あれ?でも、今は声を出したんじゃ無くて心で思っただけだぞ。なのに、なぜ突っ込みが帰ってくる?無意識のうちに声を出していたのか?いや、そんなはずは・・・・
俺が混乱していると、さっきの声の持ち主が話しかけてきた。
「やっとお目覚め?割と長く寝てたよ。」
「ええっと、おはようございます」
声に出しているようで声になっていないような、変な感じがする。
「助けていただいてありがとうございます。ここは、どこの病院でしょうか?それと、俺は今、どんな状態なんでしょうか?」
声の主に聞いてみる。若い女性の声なので、看護師だろう。しかし、ずいぶんとフランクな言葉遣いだな。
「うーんとね。ここは東京市だよ。あなたは今、「高城(たかしろ)梅子」のお腹の中にいるの」
???????東京市というのは東京都のことか?そういや、昔のアニメで第○東京市とかあったけど、そんな感じか?もしかしたら、法律とかが変わって東京都が東京市になったとか?じゃ、いったい何年寝てたんだよ!って、「高城梅子」の腹の中?
「えっと、高城梅子のお腹の中というのはどういうことでしょう?ずいぶん古風な名前のお方ですね」
お腹の中ということがどうにも理解できない。なにか、怪しげな人体実験の材料にでもされたのだろうか?日本ってそんな人権無視のむちゃくちゃするような国だったっけ?事故から何年も経過していて、その間に国の状況が激変したとか。
様々な考えが頭を巡る。
「どういうことも何も、お腹の中はお腹の中だよ。キミは受精してから18週目の胎児。受精してから12週目の、ちょうど霊体が創生される瞬間に転生したのよ。それから6週間眠り続けて、今やっと目覚めたの」
??????胎児?転生?この女、ラノベの読み過ぎじゃ無いのか?
「あの、もしよろしかったら、お医者様を呼んでいただけますでしょうか?ここ、病院なんですよね?きっと。」
「だぁーかぁーらぁー、ここは病院じゃ無くて東京市の高輪にある高城家の家よ。そこに住んでる高城梅子のお腹の中なの!」
埒があかない。この女は大丈夫だろうか?しかし今の現状、自分自身どうすることも出来ない。
「もう、あなたはね、加速器の暴走を防ぐために爆砕ボルトを起動させて、加速器を破壊したの!そこまではあなたも覚えてるでしょ!で、その時に解放された、ブラックホールの真ん中にタンホイザーゲートが現出して、ブラックホールごとあなたはゲートに飲み込まれたの!でね、普通ならどこかの空間にはじき出されるはずなんだけど、たまたま描かれていた魔法陣のせいで、あなたの魂と私が一緒にこの高城梅子のお腹の胎児と合体しちゃったわけ!わかった?」
なるほど。ラノベの読み過ぎだな。うん。しかし困った。
「もう!仕方が無いわね!じゃ、今の周りの様子を私の目を通して見せてあげるわ!」
声の主がそう言うと、突然、目に光が差し込んできた。
「えっ!視力が回復した!?」
「違うわよ。今は私の目を通してあなたの魂に直接情報を送ってるだけ。あなたはまだ18週目の胎児なんだから、見る能力なんて無いわよ。」
最初に日本家屋の天井が見えて、そこから反転し、畳に座って縫い物をしているご婦人の姿が見えた。
「この人が高城梅子よ。この世界でのあなたのお母さんになる人ね」
服装は和装を何枚か羽織って、暖かそうな格好をしている。しかし、和服か?なにかの行事でもなさそうなのに和服を着ているのは珍しい。よく見ると、最初ご婦人と思ったがずいぶんと若い気がする。うーん、肌の感じからだと、どうも20才くらいか、もしかするともっと若い印象を受ける。そう思案していると、
「この人は明治18年生まれの16才よ。いいわよねー。ピチピチのギャルがお母さんよ!」
「ん??ちょ、ちょっと待てー!!今、明治18年生まれって言った?言ったよね?どういうこと?令和の次が明治?あ、発音が同じで漢字が違うとか?いやいや、そもそも今は西暦で何年だよ?」
「西暦だとね、1901年だよ。事故があった時から131年さかのぼっちゃったみたいね」
話を総合すると、2032年に加速器の事故によってタンホイザーゲートが発生した。俺はそのゲートに吸い込まれて、なぜか131年昔にタイムスリップして、高城梅子のお腹に宿ったと。とてもじゃないが信じられない。しかし、この女の目を通して見ているというこの世界の映像も、まるっきり嘘とは思えない。
「てか、じゃあお前誰だよ?あの研究所の職員?そんな声のやつ居なかったよ!なんで俺と魂が融合してんの?」
「あら、突然しゃべり方が変わるのね?お坊ちゃまの振りをするのに疲れちゃったのぉ?」
くそっ!なんだかむちゃくちゃ馬鹿にされてる気がする。
「あー、わかったわかった。お前の話、信じるよ。で、お前はいったい誰なんだよ。」
「あ、私の事?そういや自己紹介してなかったわね。私はリリエル。受胎と出産を司る天使よ。偉いのよ!」
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