第2話 ノモンハンの悪魔(2)

「バンディッドを左下方に確認。全機、攻撃を開始」


槇村は全機に攻撃開始を告げる。分隊の9機は、各小隊ごとに敵を定めて反転しながら急降下していく。敵はまだ気づいていない。


800km/h以上の速度で、敵機編隊に襲撃をかける。敵機との速度差は400km/h以上。これだけの速度差があると、狙いを定めることは出来ず機銃弾は、まず当たらない。しかし、十一試戦闘機に搭載された99式電波照準器によって革命は起きたのだ。


99式電波照準器は、内蔵されたGセンサーとジャイロによって自機の旋回角速度と傾きを把握する。そして、翼に取り付けられたレーダーによって、敵機の距離と相対速度を把握し、電気計算機によって瞬時に敵機の未来位置が計算される。その計算結果に応じて照準器のレチクルが移動し、射手はレチクルの真ん中に敵機を収めて機銃のボタンを押すだけである。


槇村の小隊三機は、敵最右翼に位置する戦闘機小隊に狙いを定めて攻撃を仕掛けた。みるみる近づいてくる敵機を、なんとかレチクルの真ん中に収めて発射ボタンを押す。そして翼内に設置された合計6丁の12.7mm機銃が火を噴き、敵機の主翼に吸い込まれていく。その後、少しだけ操縦桿を右に倒して敵機と衝突しないように下方に抜けていく。まだ戦果確認は出来ない。


小隊機を従えて機体をひねりながら上昇を開始していくと同時に、パイロットにすさまじい加速度がかかる。


「ビービービー」


旋回制限の9Gが近い事を示す警告音が鳴り、加速度計は8Gを超えた辺りを示している。普通であれば、脳に血液が行き渡らずブラックアウトを起こし失神してしまう加速度だ。しかし、槇村の両足は耐Gスーツに締め上げられて、かろうじて脳に血液が回り続けている。


そのまま高度6,000mまで反転上昇し、次の攻撃へ移る。


「チャーリーブラウンよりウッドストックへ。バンディッド6機の脱落を確認」


戦闘機18機中6機を撃墜。味方分隊が9機であることを考えれば、初撃としてはまずまずだ。


そして、すぐさま次の攻撃へ移る。


9機の中で、ひときわ美しくダイナミックな機動を描く機体がある。槇村小隊の浅野少尉の機だ。一撃離脱を基本としながらも、攻撃から回避、そして再攻撃へと、その一連の機動はまるでアンダルシアの踊り子のように情熱的であり、そして、日本舞踊の舞のようにたおやかでもある。一機、また一機と、幻想的で魅惑的な、危険な何かに心を奪われて放心した少年のように、為す術も無くソ連機が撃墜されていく。


数回の攻撃で、敵戦闘機はすべてこの空から消えていた。ソ連戦闘機隊にとって悪夢と言える、たったの5分間であった。しかし、まだ悪夢は終わらない。残るは爆撃機隊。護衛戦闘機がどんどん撃墜されていくのを見て、爆撃機体は攻撃を断念し退却を始めていた。そして、その爆撃機隊に十一試戦闘機9機の攻撃が開始される。


敵はツポレフSB-2爆撃機。後部銃座があるので、ある意味戦闘機より危険な側面がある。しかし、後部銃座は7.62mm機銃1丁のみで、仰角もそれほど取ることは出来ない。十一試戦闘機にとって、この爆撃機の撃墜など児戯に等しい。


――――――――――――――――――――


「くそ!護衛の戦闘機がほとんどやられた!無理だ!全機爆弾を投棄して退却する!」


ソ連軍爆撃機隊の中隊長は全機に退却を命ずる。しかし、すぐに爆弾を投棄して旋回を始めたのは、自分の乗る中隊長機のみだ。


「何をしている!?無線が通じていないのか?」


何回か呼びかけたが応答は無い。無線が通じていないようだ。しばらくして、中隊長機の退却に気づいた機体から順次退却を開始する。しかし、編隊は乱れ散開してしまった。そして、群れからはぐれた機体は、あっという間に十一試戦闘機に喰われていく。


あるものは主翼が折れ、あるものはエンジンから火を噴き、次々と墜落していく。


「護衛戦闘機があんなに簡単に全滅するなんて!何なんだ、あの日本軍機は!」


「だめだ、相手が速すぎる!機銃が全く当たらない!」


「左エンジン、火災発生!エンジン停止します。だめです!火が消えません!」


「くそっ!悪魔だ、悪魔が出てきやがった!あんなの、人間が出来ることじゃない!」


戦闘開始から10分、空には十一試戦闘機9機のみが存在した。


「バンディッドの全機撃墜を確認。これより帰投する」


戦闘終了から15分後、チャーリーブラウンのガイドによって、現フルンボイル市近郊に作られた日本帝国陸軍飛行場に到着する。


「こちら、地上管制。着陸を許可する。西側より進入されたし」


飛行場といっても、草原をトラックで踏み固めて目印を置いただけのものである。周りには、作業小屋や宿舎などのバラックが見える。


地上では日本帝国陸軍航空隊の隊員たちが、十一試戦闘機の帰還を待ち受けていた。


「9機全機帰還か。未帰還が無いのは良かったじゃないか」


「それにしても、帰還が早くないか?会敵出来なかったんじゃねーの?」


「怖くなって逃げて帰ってきたんじゃね?」


陸軍航空隊としては、新参の宇宙軍戦闘機が戦果を上げるのは気に入らない。ノモンハン事件が勃発した当初は、航空戦力において日本軍が圧倒していた。しかし、立秋を過ぎた頃から、改良型のI16の投入と、速度を活かした一撃離脱戦法により、ソ連軍機が日本軍機に対して優位に立っていたのである。そんな中、宇宙軍が新型機の実戦テストとして十一試戦闘機を送り込んできた。自分たちが命がけで戦っているところに、新型機のテスト。しかも、パイロットたちは全員初陣のひよっこらしい。この戦場もずいぶんと馬鹿にされたものだ。


「だいたい宇宙軍って、誰と戦うんだ?宇宙人か?」


「陛下の戯れだよ。趣味で軍隊ごっこをやってんのさ」


「おいっ!それは不敬だぞ」


陸軍航空隊の面々が揶揄する。


着陸した十一試戦闘機は、タキシングをして駐機場に入り、9機が整然と並んで停止する。地上整備員が駆け寄り、それぞれのコクピットの横に脚立を立てる。そしてパイロットたちが降りてくる。


航空隊の面々が注視する中、宇宙軍の9人のパイロットは草原を歩いて航空隊司令の前に整列し、飛行帽とゴーグルを外す。


飛行帽とゴーグルを外す仕草は流れるように涼やかで、それでいてどこか凜とした佇まいを見せる。そして、その飛行帽からは、長く美しい漆色の髪がスローモーションの様にさらさらとこぼれた。そこに居た現地隊員には、見えるはずの無いキラキラとした“何か”が見えていた。


「帝国宇宙軍第二十三航空隊槇村大尉以下9名、ただいま着任しました!」


航空隊司令他現地の面々は、顔を引きつらせてパイロットたちを見つめる。誰が想像しただろう。新型機に乗ってきたのが、全員妙齢の乙女だったとは。


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