新しい家

車のドアを開けてもらうと、それだけで海風がふわぁっと髪を撫でる。

運転手にお礼を言い後部座席を見てから降りる。


「着きましたよ」


姫様は5人とも眠っていないが、一応声をかけた。

いつも周囲を警戒しているあたり国の上に立つ者として人ができているな、と感じる。

そういうところがまた羨ましい。

唇をちょっとだけ曲げていると、ロメン様がドレスを揺らしながらこちらへやってきた。


「王子様」

「はい、何でしょうかロメン様」

「ここ、いいところだと思う。気に入った」

「ふふ、ありがとうございます。光栄です」


まず何から手を付けようか。

掃除は定期的に行っているので問題ないが、あとで一応メイドや執事を何人か呼んでおこう。

それと、個室の用意。

ひとりになれる時間というのは結構重要である。

私だけでなく姫様方も、いくら仲がよろしいとはいえガス抜きも必要だろう。


こういうのは気にし始めるとキリがない。

あのソファは少し小さいかも、とか部屋の広さは大丈夫だろうか、とか、ベッドのデザインは気に入っていただけるだろうか、とか。

ああ、本を読んでリフレッシュしたいがやることが多すぎる。

仕事も、外交も、ご機嫌取りも、どれもこれも完璧にこなしたい。

だって、それでこそ王子様だから。


「どうぞ、お入りください」

「ふぅん、なかなかに静かじゃないの」


そう呟いたのはアルリィ様。

やはりもっとにぎやかな場所のほうが楽しいのかもしれない。


「あとで蓄音機などお持ちしましょうか」

「ふはっ、そこまで古典的な暮らしはしたくないわよ」


やった、初めての作り物ではない笑顔だ。

アルリィ様は少しだけ笑った後思い出したかのように顔を引き締め、私を睨むように見つめてきた。

いや、今更遅くないですか。

うっかり口に出してしまうと、アルリィ様の顔が赤くなる。

そのままそっぽを向いてどこかへ行こうとしてしまった。


「ちょ、ちょっと、まだ説明終わってないです! すみません! すみませんってば、アルリィ様!」




一通りの説明だけしてから自室に籠り職務に手を付ける。

インフラの整備や教育の発達や、まだまだ何もかも遅れている。

フォンオルゴ国が列強諸国と肩を並べられるように、王子として励まなければならない。

とりあえず、まずは婚約の報せを諸国に出そう。

強国4つと一気に手を組んだことが知れれば、牽制になる。

えっと、便箋はどこの部屋にあっただろうか。

廊下を出て物置に行こうとすると、突然声がかかる。


「王子様」


何の用だ。私、今猛烈に忙しいのに。

頬を膨らしながら振り返ると、エミーラ様が立っていた。

王子様としての矜持だけで婚約を結んだため愛がないとはいえど、婚約者は婚約者だ。怒りを隠すように何事か聞く。

すると、照れたように呟くようにエミーラ様は言った。


「ほ、本のある場所を知りたくて・・・・」

「え、本・・・・ですか?」


本なら書庫があるが、蔵書は少し偏っている。

諸外国の資料や一部のジャンルの小説、たとえば冒険小説や恋愛小説、ファンタジー小説だったらたくさんあるが、エッセイやホラー小説なんかは全くない。

そういった本が読みたければ、国立図書館で探してこなければならず、大層手間だ。

ほとんど学校などの教育機関に回しているため書店はなく、うちの国では本は希少なのである。


「どういった本が読みたいのでしょうか」

「エッセイやホラー小説があると嬉しいのですが」


ピンポイント!

嫌だなぁ、仕事忙しいのに。


「えっと、書庫にはありませんので国立図書館に行きましょう。今は業務が忙しいので手が離せません、また別の日時を指定していただけますか?」

「はい。ええと、では明日は空いていますか?」

「緊急の予定はありませんね」


記憶を洗い出しながら言うと、エミーラ様は輝かんばかりの表情になり嬉しそうにうなずいた。

そんなに嬉しいのだろうか。

なんとなく、エミーラ様とは趣味が似ている気がする。


「では、業務に戻りますね。また何かあれば何なりとお申し付けください」

「わかりました」


早く戻って改善策を考えなければと背を向けたとき、あの、と声がかかる。

まだ何かあるのだろうか。


「なんでしょうか」

「あなたの、国立美術館にしかないおすすめの本があれば、それも読んでみたいのですが」

「・・・・!」

「あなたのことが、もっと知りたいんです」


思わず遮るように肯定の返事をしてしまう。

最近は封じ込めていた、自分の好きな物の話をできるかもしれない。

きっとエミーラ様も国立図書館は好きであろう。

ただ忙しいだけだったはずの明日が、とても楽しみだ。

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