わたしの衛星

中山史花

天国がなくても


月を抱くしぐさで髪を撫でているあなたのうすやみに止まる蝶


旗をふるみたいに朝に翻るカーテンの裾から四季はきて


起き抜けのなみだを拭う手の甲にひとしずくの海 すこし眺める


舌先がきみの温度を忘れそう食パンにじかに卵を落とす


地下鉄の汗のにおいを知っている文庫本から淫雨の気配


白鳥が来てしまうから最後の恋をうち明ける裸眼のみずうみに


日記をつけることにも飽きて老犬の瞳の白さを季節は泳ぐ


眠るまでが夜だとしたらここはまだ夕方くらい 坂道くだる


目ざめたら夕闇にいて生活はたった一枚きりのだまし絵


コーヒーゼリー砕けて夏はいっときのひかりの城のような幻


亡霊のように何度も検索するおなじ名前を、なまえを、なま

 

天秤が傾くまひる抱擁のかたちは正円からずれていく


週末のジンジャーティーのほろ甘く知らないうちに傷つけている


白鍵にまどろみの指先を置くあなたの喉がふるえる夜に


いま春を生きていますと送り合う手紙が届くまでのような時差


いつかあなたの骨を拾うのはどんなひと花筏ゆっくり散っていく


きみとくるまった毛布のやわらかさから逃げだしていく薬指


ミラーボールみたいにひかりを振りまわし夜のすみずみまで歩こうよ


天国がなくても構わない夢であなたが花になるときの手話


どこにいてもわたしの衛星 なんどでも手を振るから見えたら笑ってね

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしの衛星 中山史花 @escape1224wa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ