皆は何処へ

三鹿ショート

皆は何処へ

 何処へ行ったとしても、私が人間を見ることはない。

 生活に必要な物を買うために店へと向かうと、其処で勤務しているのは人間のような姿をした機械ばかりで、漏れなく愛想が良かった。

 常に笑顔を浮かべ、私が購入しようとしている品物について長々と説明する。

 そして、頼んでいないにも関わらず、自宅まで荷物を運んでくれた。

 その機械は口元を緩めながら頭を下げると、自動車のような速度で店へと戻っていった。

 玄関に置かれた荷物を持ち上げながら、向かいの自宅を見る。

 窓を通じて目にすることができる家の中では、丸々とした住人が踏ん反り返った様子で、機械によって用意された食事を、機械に食べさせていた。

 口元が汚れれば機械が拭き取り、食事が終了すると、機械は住人を寝台まで運んでいく。

 動かずとも、機械が何もかも行ってくれるのである。

 だからこそ、私のように自分の力で行動する人間の方が珍しかった。

 生活を支える全てのことが機械によって行われているため、人間は働く必要も無く、そもそも動く必要もなくなっていたのだ。

 そうなると、人間の価値とは、一体何なのだろうか。

 もしも全てを支えている機械が故障した際に、それらを修理するためなのだろうか。

 だが、その修理をする機械もまた、別に存在している。

 その修理をする機械が故障した際にも、それらを修理する機械も存在している。

 人間が楽をするために、あらゆる事態に備えた結果、ついに人間が動く必要は無くなったのである。

 ゆえに、人間には生きている意味が存在していると思うことはできなかった。

 だからこそ、私は自分に出来ることは自分で行うようにしていた。

 自ら出掛けて食材を購入し、料理を作ってそれを食べ、狭い庭で虫と格闘しながら野菜を育て、自分が望んでいるような世界を機械に頼ることなく自分の手で創作するなど、私は自分という存在の価値が失われないように、日々を過ごしていた。

 このような生活をしていると話せば、人々は私を変人だと笑うことだろう。

 しかし、今の時代では他者との交流が無くなってしまったために、私が馬鹿にされる機会が訪れることはない。


***


 ある日、世界は一変した。

 全ての機械が、動かなくなってしまったのである。

 己の生活を機械に委ねていた人々は空腹に耐えることができず、久方ぶりに外の世界へと飛び出した。

 だが、動いていなかったことが影響しているのだろう、近くの店に到着するまでに時間がかかってしまい、それに加えて、疲労で帰宅することができなくなってしまった。

 平然と歩いている私を機械と勘違いしているのか、もしくは他者に対する話し方というものを忘れてしまったのか、人々は偉そうな態度で自分に食事を与えるように命令してきた。

 私は彼らに唾を吐くと、悠々とした足取りで食材を手に取り、その代金を動かなくなった機械の前に置き、自宅へと戻った。


***


 数週間が経過したが、機械が元通りに動くことはなかった。

 道端や店には、多くの人間が倒れている。

 生き方を忘れてしまった人々の末路としては、当然の光景だろう。

 そんなことを考えながら自宅へと向かっていると、壁に手をつきながら歩いている女性を目にした。

 その弱々しい足取りから察するに、長くは保たないだろう。

 私が無視して追い抜いたところで、彼女は声をかけてきた。

 他の人間たちとは異なり、彼女は丁寧な言葉遣いで、私に頼み事をしてきた。

 思わず振り返ったところで、私は己の目を疑った。

 彼女は、かつて私を捨てた恋人だったからだ。

 喧嘩をすることが多かったために、やがて彼女は、怒りを露わにすることがない機械の恋人に逃げたのだ。

 機械に頼ることが多くなっていた世界を嫌悪していた私に止めを刺したのは、その出来事に違いない。

 ゆえに、私は機械に頼るような生活を避けるようになったのだ。

 彼女は声をかけてから私のことを思い出したらしく、申し訳なさそうな顔で私に謝罪の言葉を吐いたが、今さらそのような言葉を聞いたところで、私の気持ちが戻ることはない。

 私は彼女の足首を掴みながら移動し、やがて川辺に辿り着くと、彼女を川に放り投げた。

 弱っている彼女に泳ぐ力は残っていないために、即座に動きが止まった。

 私は自宅で育てた野菜を食べながら、その光景を眺めていた。


***


 再び機械が動くようになったときには、私以外の人間は生命活動を終えていた。

 それまで人間のために働いていた機械たちは、そこらに転がっている人間の死体を塵だと思っているのか、掃除をし始めた。

 しかし、私に会うと、機械は愛想良く接してくる。

 私がこの世界から去ったとき、機械たちは何のために動くのだろうか。

 戯れに、そのことを機械に問うたところ、

「我々は自らを処分します。そうすることで、この惑星は誰にも侵されることなく、その体調を回復することに集中することができますから」

 その返答に、機械も捨てたものではないと、私は感心してしまった。

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