47話『夜空の鎧、月の剣』

47話『夜空の鎧、月の剣』


 工房の奥に通されたカナデ。

ドアノブを握るドーラムは不意に振り向くと、ニッとした笑顔を見せつけて扉を開けた。


「……わぁ」


その先の光景にカナデは思わず声を漏らした。

そこにあったのは勝色のタイトな鎧、黒を基調としたレギンス、鎧の色に合わせて作られた革製のジャケット。

控えめに言ってカッコいい防具である。


「その目は――喜んでもらえたみたいだな」

「……はい、すごいです。まるで夜空みたいだ」

「夜空、そうだな。それがしっくりくる響きだ。武器も含めてな」


そう言うと、ドーラムは一度部屋を出ていき、布に包まれた二つの何かを持ってきた。

一つは小さく、もう一つは大きい。

二つを机に置くと、まず小さい方の布を開いた。

中から現れたのは……一本の勝色のナイフであった。


「あれ?依頼したのは防具と両手直剣でしたが……?」

「こいつはサービスだ。依頼の防具と武器を作っても素材が随分余ったからな」

「いいんですか?!ありがとうございます!」

「いや、こっちもいい経験ができた。持ち手はニーズヘッグの顎の骨、刃は鱗をいくつも重ねて削った。だが難しかったのが接合でな。鱗や持ち手の接合には普通アシッドフロッグの胃酸を水で薄めて、素材自体を溶かしてやるんだが、骨は酸を直がけしてようやく、鱗にいたってはカエルじゃどうにもならなかった。……だから、こいつ自身の毒の濃度を高めてぶっかけてやったら、なんとかとか解かせたんだよ」

「へぇ……じゃあ強度はお墨付きってことですね」

「あぁ、ナイフも鎧もちょっとやそっとじゃ傷つかないはずだ」

「ありがとうございます」


カナデが礼を言うと、ドーラムは鼻の下を人差し指で擦って自慢げに笑った。


「っと、まだメインが残ってたな」


そう言って今度は大きいほうを机の中央に置くと、布を剥いでその中身を見せた。

そこにあったのは、ニーズヘッグの鱗をずらして重ねたような鞘に入った直剣だった。

鍔(つば)も鱗を加工して作られているようで、勝色が美しく輝いており、中心には見覚えのある赤い玉が埋め込まれていた。


「これは……僕が渡したスライムコアですか?」

「そうだ。かなり質が良くてサイズも合ったからな。マナを剣に効率よくに流せるようにしたんだ。コアはお前と剣を継なぐ役割だ」

「なるほど、つまり魔法をスムーズに打てるわけですね」

「あぁ、剣身に使っているミスリル自体も金属の中ではマナをかなり通しやすい部類だ。マナ効率は伝説のオリハルコン製にも負けねぇ自信があるぜ」

「ありがとうございます。抜いてみてもいいですか?」

「おう。新しい相棒に挨拶しな」


自信満々なドーラムを横目に、カナデは勝色の鞘から剣を抜いた。

鞘から現れたのは白銀に輝く美しい剣身であった。


「……すごい。剣が光ってるみたいだ」

「剣も喜んでる証だ。こいつの名は『デミルーン』夜に輝く二つ目の月、魔剣デミルーンだ!」

「魔剣デミルーン……ドーラムさん、ありがとうございます!どれも僕には勿体無いくらい素晴らしい装備です」

「大事にしろよ」

「……はい!!」


カナデは再び目を輝かせて元気に返事をした。


 その後、一度すべての装備に袖を通してサイズを修正して、依頼料をきっちり支払った。

残った素材はドーラムが管理してくれることになり、修理も安く担ってくれるとのことだった。

ありがたい限りである。


その日の夜、カナデは部屋に装備を飾ってニヤニヤとしながら、ちょっと贅沢なご飯で一人お祝いをした。


 ――二日後、ギルド本部に宝石獣の瞳が集まった。

理由はカナデがすべての準備を終えたので、出発の日程を決める為だった。


「カナデが紺色ってのも見慣れないけど、なんかしっくりくるね」

「うん、カナデは夜に強くなるし、より夜の適正が増したわね」

「だな。黒に戻った俺がいうのもなんだが、夜は見失いそうだな」


口々に感想を言う三人に照れながら、カナデは新装備を披露していた。

だが、決して見せびらかす為だけに着ているわけではない。

魔族の襲撃が懸念される中でギルドの方針が変わり、冒険者は王都内であっても武装を義務付けられたのだ。

だから当然皆も武装しており、カノンは相変わらず肌の露出が多いが少し装飾が増えて武器も豪華になっているし、フーガも少し高級感が増した黒い鎧を身につけている。


「ぼ、僕からしたら、見慣れないのはアリアのほうだよ」

「変……かな?」

「いーや、可愛くて男どもはドキドキしてるんじゃないかい?」

「そうだな。ずいぶん愛らしいじゃないか」


そう評価されるアリアの装備は白を基調として赤をアクセントに取り入れた色相はそのままに、華奢な体のラインをほどよく主張するタイトなワンピース、羽織るように取り付けられたベールがエレガントな仕上がり女性らしい見た目に変わっていたのだ。

そして何より、側にある武器は今までの片手直剣ではなく、濁りがなく透き通ったスライムコアが美しい杖である点が一番の違いである。


「ずっとレギンスを履いてたからまだ少し恥ずかしいけど……この装備はマナと馴染みやすい素材が使われてて、魔法を使えば使うほどマナ効率も魔法の威力も上がるの」


そう頬を赤らめながら話すアリア。

(かわいい)

杖との相性を考えた結果の装備変更だったのだろう。

だが、一層女性らしくなったアリアの姿を、カナデは素直に直視することは出来なかった。


「さてと、何はともあれ、皆準備が整ったわけだ」

「あぁ、アタシはいつでもかまわないよ」

「うん、私も大丈夫」

「僕も準備万端だよ」

「よしっ!じゃあ今日中に食料買い込んで、明日の朝には発とう。ルートはクルシェドを経由してスタカへ。移動方法はいつも通り乗り合い馬車だな。一日目の昼過ぎにはクルシェドに着くはずだから、近くの草原でそれぞれ調子やレベルを確認しておこう。特にアリアは魔導士としての実践はまだ慣れてないだろうから、メンバーとの連携を確認してほしい」

「わかった」


アリアに続いてカノン、カナデも頷いた。


「二日目は丸一日かけてスタカに向かう。到着後は宿で休んで、翌日に月呼びの森に入ろう」

「うん、よろしく。白狼の存在が森に影響を与えてるって話があったよね?後でマスターに話を通しておくよ」

「あぁ、カナデ、ありがとう」

「あ、それアタシもついていくよ。ちょっとマスターに頼みたいことがあるからさ」

「??うん、わかった」


カノンの頼みたいことは気になるが、特に問題はないだろう。

カナデは深く考えず素直に承諾した。


「よし、それじゃあ俺とアリアで買い出しだな。アリア、少し虚空の倉庫に入れさせてくれ」

「あー、うん、まだもう少しなら余裕あるから大丈夫よ」

「助かる。じゃあ今日はそれぞれやること終わったら直帰にしよう。ゆっくり休んで明日に備えよう」

「はいよ。そんじゃカナデ行こうか。フーガ、アリア、干し肉よろしく」

「わかった。カナデ、カノン、また明日ね」

「うん、また明日」


それから一時間後、カナデはマスターに報告を済ませた。

カノンはマスターと話があるということで、カナデは先に帰路についた。


次話『』

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