31話『魔族』

31話『魔族』


 戦士は剣を、振り下ろすようにカナデに攻撃した。

カナデはそれを武器で華麗に左へ受け流し、その勢いを利用して右へ回転、剣を振り回すように背中側から切りつけて、先程とは比べ物にならない力で左翼を切り落とした。


「ぐはぁ!あぁぁぁぁ!」


痛みを堪え剣を握る戦士に、既に先程の余裕はない。

だが、それはカナデも同じであった。

一度止まった鼻血が再び垂れた。


「少しの時間も惜しいんだ。1分で決着をつけさせてもらう」

(やっぱり身体超強化は負担がデカすぎる……血が沸騰しそうだ)


そう思いながらも再びニヤリと笑い、直剣を地面に突き刺し手放すカナデ。

それが気に入らなかったのか、騎士は今までにないほど憤慨した表情を見せた。


「よくも俺の翼を……クソ人間風情が!!」


理性を失った敵ほど、戦いやすい相手はいない。

もはやその戦士は魔物と大差なかった。


片翼をたたみ、真っ直ぐ突っ込んでくる戦士の攻撃を半身で躱すと、いつのまにか抜いていたナイフを鎧と兜の隙間に向けて差し出す。

戦士がそれに気づいた時には勢いを止める術はなく、そのまま喉を貫かれた。

そして、戦士はナイフが刺さったまま地面へ倒れ込み動かなくなった。


初めて人を殺したが、案外落ち着いている。

そんな自分に驚くカナデだが、今はそれがありがたいとすら思った。

大分少なくなっていているが、まだ敵は多い。

混乱している暇などないのだ。


「ガハッゴホッ」


カナデが咳をすると口から血液が飛び出した。

これ以上は本当に危なかっただろう。

ブラックベアとの戦闘で負った傷はすぐに修復されたが、今はまだ体中にじくっとした痛みを感じる。


白狼の加護の回復だけでは間に合わないと判断し、回復薬を一本取り出し、口で豪快にコルクを抜いて飲み干した。


『パシャン』


水が弾ける音がしてその方向を見た。

カノンが閉じ込めた魔人は既に窒息によって息絶えていた。

カノン自身は依然として魔物を相手しているというのに……彼女の強さを身をもって痛感した。


「こっちも……勝ったわ」


声に振り向くと、ぼろぼろな姿のアリアがいた。

傷はポーションなどで既に治療済みのようだが、体力の消耗が顕著に見えた。


「アリア!大丈夫?」

「えぇ、なんとか……でも、ちょっと休まないと……」

「わかった。フーガのところまで下がれる?」


カナデの言葉にアリアはコクリと頷くが、思わずその場にへたり込んだ。


「バカな……我が国の戦士が負けただと?……見誤ったか」


魔族の女が驚きの表情を見せた。

当然だろう。

ほんの少し前までは、カナデ達は勝てるはずのない戦いだった。

大量の魔物に襲われながらも、魔族を相手に勝ち残ったのだ。

これは、フーガ、カノン、アリアがそれぞれの役割を忠実に全うし、生き残る為の努力を惜しまなかった結果であり、緊迫した戦況下でも成長し続けたカナデという底知れぬ存在がもたらした奇跡でもあった。


「……お前は少々厄介だ。全勢力で潰してやる」


そう言った女が空へ手をあげる。

すると、空中に柔らかい紫色の光が現れ、光から小さな笛らしきものが産み落とされた。


「『虚空の倉庫』?!」


アリアが驚きの声を上げた。

女はそれにニヤッと笑うと、その笛を口に咥えて息を吹いた。

しかし、その笛から音は溢れない。

だがそれが不気味であり、何かが起きるというプレッシャーを放った。


『バキッバキバキ、バキッバキッ』


直後、森の奥から木が割れるような音が響き始めた。

だんだんと近づいてきている。


「まさか……今くるの?!」

「アリア……カノンとフーガのところに逃げて!」

「そちらばかりに気をとられていていいのか?」

「えっ?」


「カナデ!アリア!」


近づいてくる音にかき消されながら、辛うじてフーガの声が耳に届きそちらを見る。

その瞬間、カナデの目の前まで来ていた小悪魔のような魔物が爪を立てて顔を引っ掻いた。

間一髪直撃は避けたが、頬を深く切られ血が溢れた。


さらに、フーガがヘイトをとっていた魔物達が続々と押し寄せ、カナデとアリアに襲いかかった。

立てないアリアを守りカナデは必死に剣を振るうが、数に押されてアリアから少しずつ離されていく。

(まずい!アリアはもう体力が!)


「……っ、ファっ、ファイアレイン!」


アリアは残った力を振り絞り魔法を唱えた。

その魔法で、自身に向かう魔物の軍勢の一部が再び火だるまとなり倒れた。

だが、その奥からさらに多くの魔物が全速力で走ってくる。


「もう……マナが……」

『バキバキッ!』


疲弊するアリアのすぐ隣から絶望が近づく音が聞こえた。

全員が視線を向けた先で木々がゆっくりと次々に倒れていく。

そして、最後の二本の木を押し除け、茂みを押しつぶし顔を出したその正体は巨大な勝色(かついろ)の蛇であった。


「……そんな……『ニーズヘッグ』」


アリアは恐怖に怯えながらその名を口にした。


「よく知っているな。さぁ、死を貪る大蛇に血一滴も残さず喰われるがいい」


魔族の女は再び笛を吹いた。

その無音の音色に答えるように、ニーズヘッグは首をもたげると、大きく口を開き超音波のような甲高い咆哮を発した。

近くにいたカナデ、アリアのみならず、離れた場所にいるフーガとカノンですら思わず耳を塞ぐ。

その音で、こちらに襲いかかって来ていた魔物の中でも比較的弱い個体は気絶し、バタバタと倒れていく。

その光景にカナデ達は血の気が引き、魔族の女は満面の笑みを浮かべる。


そして、口を閉じたニーズヘッグは首を垂らし、少し顔の向きをずらして目の前の少女を見つめた。


「……や、いや……こないで」

「アリアにげろ!!」

「ヘイトアセンブル!プロボック!こっち向け!なんで効かないんだ!」


カノンは叫びながら走って飛び出す。

フーガは必死に敵の注意を惹こうとするが、笛の影響か全く相手にされない。


二人の努力虚しくニーズヘッグは再び大きく口を開いた。

そして、アリアに照準を合わせると一気に飛び出し、地を抉るほどの大顎でアリアを一口で喰らった。


次話『それぞれの覚悟』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る