30話『強敵』
30話『強敵』
過去に一度、ギルドマスターが一人で倒した魔物『ブラックベアー』。
目標とも呼べるその敵と今、カナデは対峙していた。
「身体強化!!うおぉぉー!」
基礎能力を向上させたカナデは熊に向かって突進していく。
そして、敵の左肩に狙いを定めて剣を振り下ろすが、まるで石のように硬い剛毛で弾かれた。
「ちっ、やっぱり硬いか……なら!」
今度は剣先を熊へ向け、腹を突き刺しにかかる。
しかし、その剣筋は巨大な手で弾き落とされた。
次の瞬間――
『ズシャッ!』
体勢が崩れがら空きの背中を鋭利な爪が引き裂いた。
「うっ……グァハッ」
留め具を無くしたチェストプレートが地面に落ちる。
焼けるような激痛がカナデを襲った。
だが痛みに苦しむ暇はない。
次に振り下ろされた腕は、間一髪で身体を起こして避けきった。
(くそっ、まだ戦えるけど明らかに力が足りない……どうする?)
ふと、カナデはホルンの言葉を思い出した。
『大切なのは想像力だよ』
マナを操作する想像力次第で魔法はいくらでも応用が効く。
それはマナを使う身体強化も例外ではないのでは?
やってみる価値は十分にあった。
(既にやっている身体強化はスキルだ。操作はしていない完全無意識下……ここからさらに意識して……より速く!)
その瞬間、カナデの全身を巡るマナの速度が一気に上昇した。
急激に体温が上がり、鼻血が垂れる。
身体の限界まで速く巡るマナ、これに名前をつけるとしたら、『身体超強化』だろうか?
「っ、うぉぉおおお!!」
雄叫びを上げたカナデは、垂れる鼻血を腕で拭き払った。
そして、額の上で剣を構えながら、目にも止まらぬ速さで熊との距離を詰める。
ブラックベアーは再び鋭利で巨大な爪を大きく振り回したが、カナデはその振りを剣で受け流しながら躱(かわ)すと、体制を崩した熊の右腕を肩から一気に切り落とした。
痛みに悲痛な叫びをながら左に向かって倒れ込むブラックベアー。
その隙に、カナデは倒れた熊の上に飛び乗り、傷口に剣を突き立てた。
しかし、熊も抵抗するかのように左腕の爪一本をカナデの太ももへ突き刺した。
「ぐっ……うあぁぁぁぁぁああ!」
痛みのあまりに叫び声をあげる。
だが、その痛みを力に変えたカナデは、勢いのまま切り口から心臓を貫いた。
ブラックベアーの全身の力が一気に抜ける。
太ももから爪が外れると、カナデは熊の上から崩れ落ちて地面に倒れ込んだ。
「カナデ!」
アリアが近寄って声をかけてきた。
「かっ……勝った」
「待って、すぐに治療する」
「だっ大丈夫、もう傷は塞がるから」
「えっ?」
カナデの足を見ると、既にほぼ傷は癒えていた。
背中に至っては服が裂けてはいるが、傷など最初から無かったかのように綺麗になっている。
驚くアリアにカナデは身体を起こしながら答えた。
「白狼の加護の力だよ」
「……すごい、信じられない」
「僕も。……あと少し、絶対生き残ろう」
「……えぇ!」
アリアはカナデの手を取り引き起こした。
カナデはブラックベアーの身体から直剣を引き抜き、血を振り払って構える。
周りを見ると、魔物の死体が辺りに散乱していた。
カナデが戦っている間にアリア、カノン、フーガがかなりの数を倒してくれたらしい。
当のカノンとフーガは依然戦闘中のようだ。
かなりの数の魔物が一点に集中している。
おそらくフーガのヘイトアセンブルの影響だろう。
「アリア、フーガ達に合流しよう」
カナデの言葉にアリアは頷いた。
だがその直後、カナデの背後にあるものを捉え、驚き強張った表情を見せる。
「誰?!!」
アリアはその人影に乱暴に呼びかけた。
咄嗟に振り向いたカナデの目の先には、冷ややかな目をした薄紫の肌とゴツゴツとした巻き角を持つ女性がこちらへ歩いてきていた。
「ふん、報告が遅いと思って来てみれば……まさかあの数を倒すほどの実力者が来ていたとはな。おかげで計画は丸潰れだ」
「その角……魔族ね。何の企みで魔物を集めたの?!」
「死にゆく者に話す意味もない」
アリアと魔族の女が睨み合う。
カナデも剣を構えたまま、その状況を見守った。
『ガキン!ズバッ!グシャッ!』
今も遠くでカノンとフーガが戦っている音が聞こえる。
早く助けに行かなければいけないが『この女を放っておくのはまずい』と本能が警笛を鳴らしている。
離れるわけにはいかなかった。
「……アリア」
「……えぇ、わかってるわ。やるわよ」
アリアとカナデは武器を強く握る。
それを見た女はニヤッと不敵に笑った。
「私に立ち向かうか?哀れな人間――。諦めろ、私に構う暇など、お前たちにはない」
そういうと女は胸の前で「パチン」と一度指を鳴らした。
すると近くの木々がガサッと不自然に揺れ、翼が生えた三名の鎧の戦士が剣を構えて飛び出し、切りかかってきた。
『ガキン!!』
寸前に剣で受け止め二人の攻撃を受け止めたカナデ。
もう一人の攻撃はアリアを狙ったが、こちらは間一髪サイドステップで回避した。
「アリア!大丈夫?!」
「えぇ。魔族の戦士ね」
戦士から目を離さずに頷く。
相手は空中ですら自由に動く知能ある者、魔物を相手するのとは訳が違う。
地上でしか戦えないカナデ達は圧倒的に不利だ。
(……翼さえ落とせばこっちにも部がある。とはいえ二対一……まずは一人でも!)
「ダークボール!!」
カナデはワイドカッターの応用で剣先からダークボールを飛ばした。
だが当然、その一発は華麗に躱される。
そこへ間髪入れず直剣で斬り込んだが、それは空へ回避された。
直後、地面に残っていた騎士が横から襲いかかる。
カナデはそれに即座に対応し、再び剣で受け止めて後ろへ飛び距離をとった。
「人間の力なんてこの程度か。これでバアル様に喧嘩を売ったとは呆れるな」
「……さて、本当にこんなものだと思うか?人間を舐めないでくれよ」
実際、身体超強化をもう一度使えば、二人相手でもある程度戦える。
だが、先程使って分かったことだが、あれは諸刃の剣だ。
マナを速く回せば、それだけ身体にかかる負荷は大きい。
おそらく……保って三分。
それ以上はいくらカナデに白狼の加護があっても、ただでは済まないだろう。
(まだ姿を見せないが、おそらく大蛇もコイツらが連れてきた魔物。必ずここに参戦してくる。今は体力は温存したい……だがどうする)
「ウォータープリズン!」
突如、地面にいた一人の戦士が巨大な水の球に飲み込まれた。
ゴポゴポと苦しそうにもがいている。
「カノン!」
「ごめん!今のはこれが限界!そいつは私が捉えてるから、もう一人は任せたよ」
そう言い残し、カノンは魔物に再び切りかかって行った。
カノンの戦闘センスは、やはり頼りになる。
「お前一人なら!!」
「倒せるってか?!調子に乗るな!」
頭上の戦士がカナデに剣先を向けて突進してきた。
カナデはそれを右サイドへ躱す。
ドスンという音と共に戦士は地面へ追突したが、何事もなく立ち上がった。
余裕の表情で『フッ』と笑う戦士。
しかし、カナデもニヤリと笑い返すと面白くなさそうに兜の隙間の目を細めた。
「いつまで強気でいられるか……な!」
戦士は剣を構えるカナデに向かってさらに追撃を試みる。
だが……カナデにはもう、戦士の攻撃が当たることはなかった。
次話『魔族』
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