29話『荒波』

29話『荒波』


 突如、地を揺らすほどの魔物の群れがカナデ達四人に向かって襲いかかってくる。

それはまるで荒れ狂う大波のように草花や木々の枝を飲み込みながら近づいてきていた。


「……うそ、あんな数、なんで急に……まだ魔物避けは効いてるはずなのに」

「もう逃げきれない!戦うぞ!みんな気張れ!」


混乱する皆を鼓舞するように、フーガが叫ぶ。

さらに、怯えるアリアの前に出たフーガは、手を前に突き出し魔法を唱えた。


「サンダーチェイン!!!」


放たれた雷は先頭を走るゴブリンへ命中すると、立て続けに周囲の魔物たちへ渡っていくように連鎖した。

その攻撃で先頭集団が一気に倒れたが、その死体を踏み越えながら後続はさらに近づいてくる。


「ファイアレイン!!」


フーガの後ろで怯えていたアリアが正気を取り戻し、剣を空へ向けながらその魔法を放った。

すると、剣先の延長線上に巨大な魔法陣が現れ、そこから炎の矢が雨のように一帯へ降り注いだ。

多くの魔物に命中し、火だるまとなった魔物達が地をのたうち周りながら焼かれてゆく。


「フーガごめん!ありがとう。私も戦える!」

「頼んだぜ姫様!!」


フーガがそうアリアを激励する。

その直後、今度はカノンが大斧を構え、魔物の波の正面へ飛び出た。

そして、斧を振りながら彼女もまた魔法を唱える。


「おぉらあぁぁ!マッドストリーム!」


カノンが横一線に斧を振ると、それに合わせて水が放たれ、泥混じりの轟轟とした濁流を作り上げた。

濁流はアリアの放った火と共に、木々も草も魔物もまとめて、森の奥に向かって飲み込んでいった。


(すごい、一気に敵を押さえ込んだだけじゃなく、広い視界が確保できた!これなら)


濁流が静まると、カナデは直剣を握りしめ濡れた森の土を踏んで群へ突っ込んだ。

その後ろをカノン、そしてアリアが続く。


(相手との距離が近づいたと感じるタイミング、それが魔法使いとしての間合い)

カナデは数日前に教わったその言葉を頭の中で繰り返した。


 数日前――。


「相手と自分の距離は近すぎず、遠すぎずっていうのが大事なの。遠すぎれば魔法は当たらないし、近すぎれば自身が巻き込まれたり、敵の間合いに入ってやられたりするからね!」


そう話す彼女は、国家魔術師であり、クラヴィーア王国 魔術師団 第ニ分隊長のホルン・ビステルその人である。

先日、酒を嗜んでいたところにバッタリと遭遇し、話しているうちに流れで魔法を教われることになったのだ。


「攻撃魔法には2つの『基礎魔法』って呼ばれるものがあるの。一つは『ボール系』もう一つは『カッター系』。カナデは闇属性だから、ダークボールとダークカッターが基礎魔法になるね」

「なるほど、ダークボールにダークカッターですね」

(本当は光属性もあるけど――ホルンさんには言えないからなー)

「そ!じゃあ早速やってみようか!魔法で大切なのは想像力だよ。まずはダークボールから――」


 ――現在。


魔物の大群に向かって走るカナデ。

敵の先頭まであと数十メートルの距離に差し掛かった時、カナデはホルンに教えてもらった言葉を心の中で繰り返した。


(大切なのは想像力、手を前に出してその先にマナを集めて球体を作り、それを飛ばす)

「ダークボール!!」


魔法を唱えると、伸ばした手の先に黒や紫の球体が現れ、一気に30cmほどに膨れ上がった。

そして、その玉はカナデの手から離れ、先頭の犬のような魔物に向かって飛んで、頭部を吹き飛ばした。


「よし!できる!」

「やるねぇ!カナデ!その調子だよ!」


いつの間にか並走していたカノンにそう言われ、笑顔で小さく頷いて返した。

だが、カナデは理解していた。

あの魔法では一体ずつしか落とす事しかできない。

ダークボールでは威力不足であった。

ならば……。


カナデは再び手を前に出し、今度は薄い円盤を想像する。

「シャイニングカッター!!」


今度は白か黄に近い色の薄い円が飛び出し、ニ体オークの上半身と下半身を切り離した。


「二体、まだ足りない……」


カナデが悔しい顔を見せると、カノンが再び話かけた。


「いいかいカナデ、一回しか言わないからよく聴きな!魔法は武器にも乗せられる!アタシのマッドストリームみたいにね!」


カノンの言葉にカナデはハッとした。

確かに、武器を媒体にすればカッター系は想像しやすくなるだろう。

想像力次第ではさらに威力を上げることもできる。


「わかった!やってみる!」


カナデは敵があと数メートルのところまで迫っているタイミングで立ち止まり、剣に神経を集中させた。


(カッターの魔法を広く、強く、剣から放つように……!)


カナデの剣に白い光が宿った。


「いっけえぇぇ!シャイニング――ワイドカッター!!」


カナデが剣を右から左へ振り抜くと、宿った光が残像のように弧を描き、飛ぶ斬撃となって敵を襲う。

先程とは比べ物にならないほどの大きさ、威力となった光の刃は一直線に魔物を切り裂き、波の狭間に死体の道を作り上げた。


「……すごい、いける!」


喜んだのも束の間、左の波から黒い熊が巨大な手を振り下ろしてきた。

カナデは瞬時に剣で受け流すとバックステップで距離を取った。


「ブラックベアー!」

「カナデ!大丈夫?っ!」


アリアは魔物と応戦しながらカナデと背中を合わせ、声をかけた。

二人は既に魔物の波の中、乱戦状態である。

遠くでカノンも必死に戦っているのが見えた。


「大丈夫!近接戦は『宝石獣の瞳』の常套手段だろ?新参の僕だって例外じゃないよ!」

「……そうね!カナデ、熊は任せるわ。他の雑魚は引き受ける」

「頼んだ!」


返事を聞いたアリアは再び魔物に向かって飛び出した。

カナデはどこかにいるフーガに向かって叫ぶ。


「フーガ、アリアとカノンのサポートをお願い!ブラックベアーは僕が引き受ける!」


すると、少し遠くからフーガの返事と『ヘイトアセンブル』を唱える声が聞こえた。

(よし、僕は自分の勤めを果たす!)


「身体強化!!うおぉぉー!」


基礎能力を向上させたカナデはブラックベアーに向かって突進していった。


次話『強敵』

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