22話『蜜蜂の巣』

22話『蜜蜂の巣』


「やっぱりホルンさんだ!久しぶりです」

「うん!1ヶ月くらい?なんか逞しくなったねー!」


そう言うと、ホルンはカナデの胸筋を両手でバシバシと叩いた。


「もしかして、『砂漠の天使』ホルン ビステルさんですか?」

「うん!初めまして!君はー……」

「失礼しました。フーガと言います。冒険者です」

「フーガくん?どこかで聞いたような……んー」

「気のせいではないでしょうか?そんなに有名な自覚はないですよ」

「んー……そうかもね。ごめん!よろしく!フーガくん」


ホルンの言葉にフーガも「よろしく」と返した。

直後、カナデの腹が寂しそうに鳴き声を上げる。


「ひとまず何か食べない?」

「あぁ、そうだな」

「フーガくんは飲めるよね?蜂蜜酒美味しいよ?」

「あ、じゃあそれで。あとは……ランプ鳥をいただこうかな」

「僕はいつもので。あとハニーレモンソーダをお願いします」


2人の注文を聞いた男性店員は元気よく返事をして注文を通しに向かった。


「あれれ?もしかしてカナデは常連さん?」

「はい、前に依頼でここのオープンの宣伝をしたんです。その時からずっと気になってて、オープンした次の日から週2で通っちゃってます」

「そっかそっか!ギロー!!よかったねー!!」


ホルンが厨房に向かって叫ぶと、中から「おう!!」と勇ましい男性の声が返ってきた。


「ギロさんと知り合いで?」

「だって彼、お城の料理人だったんだもん。私たち軍人のご飯もギロが作ってくれてたんだよ!すっごく美味しかったんだー!」

「それは、楽しみです」


フーガは待ちきれないとばかりに水を一口飲んだ。

すると、口の中に爽やかなレモンの風味が広がった。


「!……これは、ただの水じゃないのか?」

「レモン水だよ。水にレモンの果汁を混ぜて冷やしたものなんだ。さっぱりしてて美味しいでしょ?……実は発案者は僕なんだ」


カナデの話にフーガもホルンも驚いていた。

まぁ、日本での記憶から引っ張り出しただけなわけだが。


 この世界にも果物を使った飲み物は存在したが、単に水と混ぜるだけというシンプルな加工は今までされなかったようだ。

何度目かの来店時にそれをお冷の代わりに無料で提供したらどうか? と、シェフでオーナーのギロさんに話してみたら試作から実施に至ったのだ。


「へぇー、カナデは商才もありそうだな」

「ね!カナデすごい!えらい!」

「ホルンさんまた酔ってない?ほどほどにね」

「うん!大丈夫だよ!」


そう言う天使の顔はもう真っ赤であった。


「あっ、そういえばカナデ、今日お前さんの動きをみた限りだが……そろそろ剣、握ってもいいと思うぞ」

「えっ?本当?」

「あぁ。正直、ナイフの扱いもだいぶ様になっていたし、シーフに進む道もありだがな。とりあえず、明日マスターに見てもらいな」

「わかった。明日会ってみるよ」


フーガはコクリと頷いた。

すると、その話を横から聞いていたホルンが続けて口を開いた。

「じゃあ剣が終わったら、次は私が魔法教えてあげるよー!!」

「いいんですか?!」

「もちろん!!他でもないカナデのためだもん!とはいえ、初級魔法くらいしか教えられないけどね。それ以上はたくさん努力してもらわないとだから」

「じゃあ、ホルンさんが覚えてたらぜひお願いします」

「大丈夫大丈夫!まっかせっなさーい!」


と、なんだか不安な返事だが、カナデにとっては願ってもない話だった。

剣技だけでも武神の加護のおかげでそれなりに強くなれるなれるだろう。

だが、せっかくなら『光と闇』という稀有な適合属性も生かして戦いたい。

初級魔法でも使い方次第だろうし、今はそれでも充分だ。


「よかったなカナデ。砂漠の天使直々のご指導だぞ。羨ましいぜ」

「そういえば、なんで『砂漠の天使』なの?」

「それはホルンさんの戦い方が所以らしいぞ。詳しくは俺も知らないが」

「まぁ、今は秘密かな!一緒に戦うことがあれば2人にも見せてあげるよー」

「楽しみにしていますね」


 そんな話をしていると、2人の料理が出てきた。

フーガには蜂蜜酒とランプ鳥のソテー、カナデにはハニーレモンソーダと、いつも食べているステーキだ。


「ねぇカナデ、それなんのステーキ?」

「裏メニューなんだが、若い『ヒートシープ』だ」

「あ、ギロ!」


ホルンの質問に答えたのは、裏から出てきた強面のシェフ、ギロだった。


「ヒートシープはマナで自身の脂肪を操作して火の燃料にするんだが、子供のうちは脂肪をひたすら溜め続ける。つまり、程よく脂がのった若い個体は結構いけるわけだ」

「魔物なので作れる量が少ないらしくて、今は裏メニューなんだそうです」

「えー!カナデずるい!ギロ!私もそれ頂戴!」

「残念、品切れだ。今日はカナデの分しかとってねぇよ」

「えー!!そんなぁ……もうこの匂い嗅いだら我慢できないよー」

「一口ならいいですよ。どうぞ」


カナデはナイフで肉を小さく切り、フォークで刺してホルンに向けた。

滴る肉汁に目をキラキラさせたホルンはそのままパクっと咥えて噛み締めた。


「んんー!なにこれ!美味しいー!!脂が程よく溶けて噛むたびに溢れるー!」

「なぁカナデ!俺にもくれよ!」

「これ以上は無理。また今度ね」

「がーん」


フーガは頭をかかえて大袈裟なリアクションを見せた。

それを見かねたのか、最初からこうなると分かっていたのか、ギロがフーガへ提案を持ちかけた。


「兄ちゃん、冒険者だよな?近々ヒートシープの肉の納品依頼を出すんだ。カナデはまだ戦えないらしいから通常依頼にするつもりだったが、兄ちゃんが受けてくれるなら、次来た時にサービスするぜ」

「乗った!フーガだ。パーティで活動してるから『宝石獣(かーばんくる)の瞳(ひとみ)』に指名依頼を頼む」

(そんなパーティ名だったんだ)

「わかった。次は仲間達も連れてこい。長い付き合いになるだろう。よろしくな」


ギロが手を差し出すと、フーガはその手を取り固い握手を交わした。

この握手の裏に『肉』というキーワードさえなければ、もっと素直な目でみることができただろうが、カナデの心境は何とも複雑だった。


「……何というか、うん、よかった」

「男の友情っていいねー!熱いねー!」


 それから、会話をしながら食事を終えた頃には、案の定ホルンは潰れてしまっていた。

結局、フーガにお願いしてその日の夜はフーガの家にカナデとホルン揃って、一泊となった。


次話『戦い方』

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