17話『身体強化』
17話『身体強化』
ギルドにはモデラという高身長で美人な『作業着を身に纏った女神』とも呼ばれる人がいる。
しかし、その女神の正体は、足の踏み場もない……というか、ゴミを足場にしなければならないほどのゴミ屋敷の主であった。
「これ1人で片すのか……」
思わず後退りをしてしまう。
口と鼻を布で覆っていても、仄かな異臭を感じた。
帰りたい。
「……いや、だめだ、仕事だ、これは仕事……………………。
ふぅ……やるぞー!うおぉぉぉ!」
『ガシャガチャシャカガシャ』
気合いを入れて一気にゴミを崩す。
すると、気を失いそうなほどの腐敗臭が一気に広がった。
「うっ……な、なんのこれしきー!!!」
『ガシャガチャシャカガシャ』
持参した大きい麻袋に片っ端からゴミをつっこむ。
謎の汁が滴る袋、緑の液体が入ったガラス瓶、カビの生えた食べかけのご飯などが大量に出てくる。
金属の部品や硬貨など、ゴミじゃないものや捨てていいかわからないものは分けて保管する。
途中、ピンクの下着が出てきてドキッとしたが、この惨状を生んだ人の物だと思うと、欲情はしなかった。
――数時間後、仕事を終えたモデラが帰宅した。
「カナデくん、帰ったよ。ご飯買ってきたから少し休憩で…も……えっ?!」
モデラの目の前に広がっていたのは、光を反射するほどに綺麗な床、久々に見たテーブルと椅子、まるで自分の家とは思えないほど、美しい我が家であった。
『カシャカシャカシャカシャ』
奥でまだ掃除をする音が聞こえる。
モデラは磨かれた部屋を眺めつつシャワー室へ向かった。
「あっ、モデラさん、おかえりなさい。もう少しで終わりますので、シャワーお待ちいただいていいですか?」
「あっあぁ」
苔やカビが生えていたシャワー室が水滴でキラキラと光っている。
まるで新居のようだ。
「……カナデくん」
「はい、なんでしょう?」
「うちに住まない?」
「……遠慮しておきます」
「そう言わずに!ね!お願い!」
「え、ん、りょ、しておきます!」
その日はモデラの綺麗になった部屋でご飯をいただき、度々の同棲のお誘いを丁寧に断り、帰路についた――。
それからは毎日依頼を受けつつマナ操作の特訓を重ねる日々を送った。
明るい時間は依頼をこなす。
王都内ではお店の手伝いや水路の溝さらい。
王都近隣では薬草採取や落とした指輪の捜索。
魔物を見かける日もあったが隠れてやり過ごした。
そして夜はマナ操作の練習。
部屋の中であぐらをかき、中心から外へ向かうマナを動かし続けた。
――気がつくと、2週間ほどが経過していた。
今日は依頼で、王都北東部でオープンする酒場の宣伝を行っていた。
「城で料理人を務めた店主が腕を振います!明日オープンの酒場、蜜蜂の巣ー!ぜひ一杯からでもお立ち寄りください!名物の蜂蜜酒は絶品ですよー!」
宣伝をしながらついつい自分も出る涎を飲み込んだ。
城の元料理人にご飯かー、高いのかな?
そんなことを思いながら路上宣伝を続けていると、暗い脇道に向かい消えていく人影が見えた。
それに、一瞬、人の足のようなものが見えた気が……。
少し怯えながら脇道を除いた。
「おら、大人しくしとけ。さもないと首だけで帰ることになる」
「へっ、そーだぜ、お嬢さん」
……人攫いだ。
1人の男の手にはナイフが見えた。
それに囚われているのは……女性か。
「これで憎い冒険者ギルドに憂さ晴らしができるってもんだ」
(えっ?ギルドだって?)
「だな、毎日毎日実績出してんのに、上級には値しないだぁ?こっちは命かけて戦ってきたんだぞ!ふざけんな!」
「そうだそうだ!……まぁあんたにはしっかりと、人質の役目を果たしてもらうぞ……フィーネちゃんよぉ!」
「んんーーー!」
(?!フィーネさん!なんでこんなことに!口を縛られて叫べないのか!やばい、助けないと!でも、どうやって?!)
「さて、ここに居続けると目立つ。ずらかるぞ」
「あぁ」
まずい!!!
「まっ、待て!」
「あぁ?」
「?!んんーんー!(カナデさん!)」
「なんだガキ、邪魔すんのか?やめとけ、俺らは冒険者だ。痛い目みるぜ」
「ぼ、僕だって冒険者だ。フィーネさんを解放しろ!」
「あぁ?冒険者だ?はっはっはっそりゃいい。じゃあこっちも遠慮はいらねぇなぁ!」
悪人はナイフの背を人差し指でなぞるようにして見せつけた。
「んーーっだぁ!カナデさん!逃げて!」
「ちっ、解きやがった」
「嫌です!助けます!」
(とは言ってもどうする……。僕は人を倒す力はない。だからって引き下がるわけにはいかない。何かないか?何か、何か……。はっ!)
ふと自分のすぐ近くの壁に棒状の金属が立てかけてあることに気づいた。
(あれは、鉄パイプ!)
『カン!』
カナデは咄嗟に鉄パイプを握った。
構えはわからないが、昔見た剣道の構え。
「お?やる気でいいじゃねぇか」
悪人がニヤリと笑う。
(あとは、身体強化。大丈夫、今まで練習してきたんだ、できる。そう、マナを身体全体へ流す。早く、強く!)
カナデは目を瞑り、ゆっくりと息を吐いた。
「ちっ、居眠りとはいい度胸だなぁ!おらっ食いやがれ!」
悪人はナイフを構えると、一直線にカナデへ襲いかかった。
「カナデさん!危ない!」
フィーネの言葉が響いた直後、悪人は地面に突っ伏して気絶していた。
カナデは半歩のズレで相手をいなし、的確に頭にパイプを振り下ろしたのだ。
「……できた。間に合った!」
「ふん、なかなかやるな。が……これはどうだ?」
悪人はそういうと、準備していたのか近くの木箱から裸の剣を取り出した。
「カナデさん、無茶しないで!逃げて!」
「大丈夫です。必ず助けます」
「カナデ……さん」
「……クソガキが、調子に乗んじゃねー!」
悪人が剣で斬りかかった。
すると、カナデはパイプの先端で弾くように左へ剣筋を逸らすと、右斜め前へ一歩出ながら悪人の腹へ思いっきりフルスイングをした。
「ぐぇっがはっ!」
悪人は痛みに悶えて倒れた。
その隙にカナデはフィーネを助け、2人でその場を走って離れた。
――しばらく走った後、2人は路地裏に隠れた。
「はぁはぁ、カナデさん、ありがとうございます」
「はぁ、はぁ、い、いえ、よかった。間に合って」
「あの、さっきの、あれってもしかして」
フィーネの話を聞きながら、カナデは持っていた水筒の水を飲んだ。
「……っは。……はい、身体強化です。ずっと練習してたのですが……。やっとできました。フィーネさんもどうぞ」
「まさかぶっつけ本番で、すごい。おめでとうございます!」
フィーネはまだ荒れた息づかいで、汗を流しながら笑顔になった。
カナデもこんな状況ではあるが、喜びの笑顔を抑えずにはいられなかった。
ようやくのステップアップである。
「ありがとうございます」
カナデはフィーネに応えて水筒を無理やり渡した。
フィーネは渡された水をゆっくり飲み、息を整えた。
「ひとまず、ギルド本部へ送ります」
「すみません、よろしくお願いします」
まだ少し震えるフィーネの手を掴み、カナデはギルド本部へ向かった。
その後、ギルド側から僕の受けていた依頼の依頼者へ事情を説明してもらい、すぐに仕事へ復帰。
夕方には無事に依頼は達成されたのだった。
次話『ステップアップ』
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