12話『マナの使い方』
12話『マナの使い方』
カナデはフィーネと共に、ギルド本部のマスターの執務室を訪れた。
「マスター、カナデさんをお連れしました。それと、今回のようなイレギュラーは一度本部に持ち帰ってから決めてください」
「あぁ、すまない。何か反対か?」
「いえ、特に反対はしませんが……」
「じゃあいいじゃないか」
フィーネはまた頭を抱えて深いため息をついた。
なんだか少し申し訳ない。
「ひとまず、今回のことはギルド内でも数名の役員のみに公開します。問題ございませんか?」
「あぁ、それで頼む」
「かしこまりました」
そう言うと、フィーネは静かに部屋を出て行った。
「怒らせてしまったな」
「煽るからですよ」
「だな。さぁ、訓練場に行こう」
マスターはばつが悪そうに立ち上がり、扉へ向かう。
カナデは、部屋を出るマスターの後を追い、訓練場を目指した――。
「カナデにはまず、スキル『身体強化』を習得してもらう」
訓練場についたマスターは、カナデにそう指示をした。
「身体強化……ですか?」
「あぁ、簡単に言えば、体の基礎能力を上昇させるスキルだ。腕力、脚力、体力、持久力、回復力、何もかもが通常より高くなる。これからのトレーニングを効率的にするためにも、こいつは必須だ」
「なるほど。習得するには何をすればいいですか?」
「まぁ焦るな。身体強化を習得するにも、まずマナを使えないと話にならない。今日はそこから始める。いいな?」
「はい!」
マスターによる指南が始まった。
曰く、マナを使うにはまず身体にマナがあることを自覚する必要があるそうだ。
「マナは人間なら誰もが持っている。だが、属性だけではなく質や量も人によって異なる。少なすぎれば感じる事もかなり難しくなるが、カナデなら問題ないだろう。私はそれほど量はないが……見ていろ」
そう言うとマスターは目を瞑って精神統一を始める。
マスターの雰囲気が変わりピリッと張り詰めたかと思うと、徐(おもむろ)に近くに生える木に近づき、「はぁ!」と気迫ある声に合わせ太い幹に拳を突き立てた。
拳は幹を軽々と貫き、反対側面から木片を散らした。
「たとえ少量でもマナを使えさえすれば身体強化は可能だ。うまく操作できれば、このように強い力が出せるようになる」
マスターがゆっくりと深呼吸をすると、張り詰めた空気が和らいでいく。
そしていつものマスターに戻ると、カナデに向き直りまた口を開いた。
「マナの感じ方も人それぞれだ。さぐり探りでいい。やってみろ」
そこから様々な方法で自分の中のマナを探した。
全身の感覚を研ぎ澄ましてみたり、心臓の鼓動を意識したり……。
何時間が経っただろうか……。
気がつくと太陽は顔を隠し、空は月を迎える準備を始めていた。
「ダメだぁ!わっかんない!」
「最初はそんなもんだ。コツが掴めればすぐできるようになる」
「そんなものですか?コツかぁ……」
「苦戦してるわね」
いつの間にか見学していたらしいアリアが声をかけてきた。
「うん、まぁね。こんなに難しいとは思わなかったよ」
「んー、マナって目に見えるわけじゃないからね。何かに例えてみたらどうかな?」
「例え?」
「そう。私はマナを川の流れのように感じてるの。永遠と湧き出て、全身に流れて海に還る。そんなかんじね」
「なるほど……」
そうか、大切なのはイメージなのか。
直向(ひたむ)きに自分の中に目を向けても、目に見えないものは見えない。
だからイメージ……。
僕に合うイメージを見つければ……。
「アリア、ありがとう。少しわかった気がする」
「よかった。頑張ってみて」
そう言うとアリアは手をふり、訓練場から出ていった。
カナデはアリアを見送り、もう一度集中する。
確かに川の流れというのも悪くない。
だが、親戚の家を転々とした人生で、川遊びなんてやってこなかった。
僕に合うイメージ……。
蛇口?いや、あれはただ水を出しているだけだ。
マナはもっと神秘的なものだと思う。
何か、全身を満たせるほどのイメージ……満たす……。
この時カナデは、小さい頃の姉との記憶を思い出した。
昔から病気しがちだった僕を姉はつたないながらに看病してくれた。
姉は僕に「大丈夫だよ。」とよく言ってくれていた。
その言葉、その想いに僕は励まされ、満たされていた。
こっちの世界にきてからも、皆の優しさは僕の心と身体を満たしてくれた。
この心を中心に全身を温めてくれるような暖かさ。
じわじわと広がる温もりのような……。
その瞬間、カナデは全身に満ちていく力を感じた。
「……これが、マナ」
「ほう、面白いな。初めて見るタイプだ」
「えっ?何がですか?」
「お前のマナの纏い方だ。アリアは清らかに全身を渦巻く線。カノンだと荒々しい気迫がそのまま現れたような感じなんだが、カナデは静かに辺りを照らす蝋燭の火のようだ」
「見えるんですか?」
「まぁな。観察眼というスキルだ。一応、人を見定める仕事だからな」
「蝋燭って……喜んでいいのでしょうか?」
「カナデの優しい性格が影響したんだろう。私は意外と嫌いじゃないぞ」
珍しくマスターの目が優しくなったように見えた。
だが次の一瞬にはいつものマスターが話し始めていた?
「よし、次はそれを意識して動かす。身体強化はマナが全身を速く、強く巡るように意識する」
「わかりました。やってみます」
「いや、こいつはそう簡単じゃない。どれだけがんばっても1週間はかかるだろう。それに動かすのもマナを認識するように感覚の部分が強い。それなりに動かせるようになるまで、数日は自主練習に励んでくれ」
「はい。わかりました。ありがとうございました」
――その日はそのまま解散となり、カナデはフィーネに教えられたギルドの寮へ帰って来ていた。
部屋にはシャワーも調理場もあり、住みやすそうだ。
だが、今晩は食事を何も買っていない。
お金はギルドから新規登録手当として受け取っている分がある。
カナデはまだ空いている飲食店を求めて部屋を出た。
ガチャっ ゴン!
扉が何かに当たり、開放を妨げられた。
「いたたたた」
小さな声が聞こえ、慌てて扉の外を覗く。
そこには片手に何かを持ったままおでこを摩る、フィーネの姿があった。
次話『アリアの素顔』
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