3話『仲間』
3話『仲間』
静かになった知らない部屋。
カノンさんがさっきまでいたとはいえ、孤独感を感じずにはいられなかった。
「姉さんはどうしてるだろう」
真っ先に思い浮かんだ姉の笑顔には、嘘でも笑い返せなかった。
おそらくこちらへ来てしまった要因の一つは死だ。
通学路で刺されて死んだ。
姉はきっと泣いて悲しんでいる、それどころか塞ぎ込んでしまっているだろう。
婚約者はどんな人だったのだろうか?
姉をまた立ち上がらせて幸せにしてくれるだろうか?
それだけが心残りだった。
望んだ別れではなかったが、これが運命だったのだろう。
そう、これでよかったんだ。
姉はこれから、婚約者と幸せな家庭を築き、子供を産んで、僕にそうしてくれていたように家族を愛していく。
だからこれでよかったんだ。
今はもう、そう考えて抑えることしか出来なかった。
あとは時間が解決してくれるだろうか……。
それと、僕を刺したあの男、あいつは誰だ?
あの敵意は完全に僕に向けられたものだった。
知らぬ間に恨みを買っていた?
刺し殺すほどの恨みを?
全く身に覚えがない。
僕を狙っていたとすると、家族である姉にも何かあったのでは?と心配になる。
だがあの時間に通学路にいたのなら、職場が遠く車通勤の姉は間違いなく無事だろう。
記憶が正しければ、やつは取り押さえられていた。
全て解決していればいいのだが。
『カランカラン』
不意に扉が開くと共に軽やかな音が響いた。
「お、来たね。もう起きてるよ」
「おう。邪魔するぜ」
落ち着いた低い男の声が響く。
そしてカチャン、カチャンと何かが当たる音とドン、ドンという重い足音を鳴らして、その人は奏の元へ訪れた。
「よう、気分はどうだ」
そう優しく問いかけた男性は全身を黒い鎧で包んでいたが、背が高く、がっしりとした筋肉は容易に想像できた。
「はい、まだ少し痛みますが大丈夫です」
「そりゃよかった。あんだけの怪我してたんだ。そこまで治ったのも奇跡みたいなもんだぜ。貴重な上級回復薬を使ってくれたアリアに感謝しな」
「アリアさん?」
「あ、あのっ、私です」
可愛らしいその声がする方へ顔を向けると、鎧と壁の隙間から華奢でスラっとした美しい女性が顔を覗かせ、隙間を縫うように前へ出た。
「無事でよかったです。上級回復薬の効果は絶大なのですが、あの大怪我は流石に治るかどうか怪しいところでした」
「そんなに酷かったんですね。貴重なものまで使っていただきありがとうございます」
「命には変えられませんので」
そういうとアリアは少し困ったように、照れるようにして笑った。
(かわいい)
「改めまして、アリアです。カノンと同じ冒険者パーティのメンバーです。こっちはフーガ。彼も私たちのパーティメンバーです」
「フーガだ。前衛で大盾使い。アリアは片手直剣でズバズバ敵を切る係、カノンは大斧で敵をパカパカ割る係だ」
「んな、テキトーな」
「ハッハッハッ!いーじゃねーか。大体伝わりゃいいんだよ」
「仲がいいんですね。カナデといいます。よろしくお願いします」
2人の会話に半ば強引に差し込んだ自己紹介は「おう、よろしく」という一言でフーガが受け止めてくれた。
「さて、みんな揃ったし飯の時間だよ。アリアー、運ぶの手伝ってー。フーガ、アンタは早くその安っぽい鎧を脱ぎな」
「わかった」
「おーう」
呼びに来たカノンと共にアリアは厨房へ、フーガは別の部屋へ重い足音を響かせ向かった。
また1人部屋に残され、静寂が訪れる。
奏は孤独の中、再び思考を巡らせた。
これから僕はこの世界で暮らさないといけない。
だがこの世界で暮らすにはおそらく力も知識も足りない。
それに金を稼ぐアテもない。
どうするべきだろうか……。
(王都にある大聖堂へ向かいなさい。そこで祈りを捧げれば、神が全てを教えてくれます。)
突然、聞き覚えのある声が頭に響きハッとする。
満月の夜、死にかけた僕に語りかけたあの声だ。
「あなたは誰ですか?僕を助けてくれたのですか?!」
「フーガだ。そうだ。助けたのは俺たちだ」
「……。」
「……。」
「本当、ありがとう、ございます」
「おう」
フーガは優しい声で答えると、眩しい笑顔で親指を立てて見せた。
残念ながら、あの声の主は問いかけに答えてはくれなかった。
カノンとアリアに呼ばれ食卓へ向かう。
幸い、歩くことには何も支障はなかった。
ふとここで、着ていた服がブレザーどころかYシャツまで着替えさせられていることに気づいた。
それにズボンの下は……いや、今は考えないでおこう。
おそらく血まみれでボロボロだっただろうし、変えを準備してくれたのだ。
感謝しないと。
食卓につくといくつもの料理がテーブル上に綺麗に並んでいた。
特に分厚いステーキ肉が一際目を引く。
「まだ病み上がりの人にこれは無理なんじゃない?って言ったんですよ。でも……」
「あんだけ血流したんだから、食わなきゃ治るもんも治らないって。ソースは好きな方選んでかけてー」
「ですって。無理はしないでくださいね」
アリアはまた困ったような笑顔を見せた。
(かわいい)
「はい。ありがとうございます」
この晩の食事は前の世界でも経験したことないほど、愉快で騒がしいものとなった。
次話『冒険者』
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