1話『森での目覚め』

1話『森での目覚め』

 ……深い闇に落ちていく。

身体はもう動かない。

あぁ、死んだんだ。

姉さん、ごめん…約束…守れなかった。

これからはどうか…幸せに……。


 ――木々の葉が擦れる音と頬を撫でる風を感じる。

目を開けると、森の中で木に持たれるようにして座っていた。

天国……ではないだろう。


「ここ……どこだろ?」


確かに僕は死んだはずだ、知らない男に刺されて……。

だが背中の痛みもなければ血も出てはいない。

これは……夢?

それにしては何もかもがリアルすぎる。


ひとまず立ち上がり周囲を見渡す。

うん、体に異常も感じないし、周りに危険もなさそうだ。


「何が起きたんだろ……」


これが現実だとすると刺されたのが夢か?

そもそも僕は殺されるようなことは何一つしていない。

あの男にも見覚えはない。

あり得なくはない……かな。


 しかし、あれが夢だとしたらここはどこだ?

制服は着ているがカバンやスマホ、財布も何も持っていない。

確かに姉から離れようかと悩んではいたが、無意識にこんな森の中まで歩いてきてしまったのだろうか?

……僕はそこまで追い込まれていたのだろうか。


どちらにしても姉に心配をかけて目の前から消えるのは僕の望んだ未来ではない。帰らなくては。

 

だが状況はあまりにも厳しかった。

このままだと助けを呼ぶどころか生きていられるかも怪しい。

この森は熊とかいるのだろうか?

ひとまずは水と食料を確保しなければならないだろう。


「と、なると……川だな」


そう独り言を呟くと、木々の間を進み始めた。


 ――かれこれ二時間ほど経っただろうか。

木々の合間をひたすらに歩き、下手に動いてしまったことを後悔し始めていた。


「川どころか開けた場所もないなんて」


道中も人の気配はなく、青々とした大自然ばかりが広がっていた。

木々の隙間から見えていた太陽も今は茂る葉の裏に隠れてしまっていた。

あと三時間ほどで夕方というところ。

あのまま動かず救助を待ったほうがよかったかもしれない……。


「キィ!」


 少し離れた場所で何かが鳴いた。

野生動物だろうか。

危険性を確認する為、音がした先へ忍び足で近づく。

隠れるように片膝をつき、茂みの隙間からその先を見た。


しかし、そこで見えた声の主は想像していた『獣』とは違った。

(あれは……人?というより……)


見えたそいつらは二足で立ち、尖った耳と鼻を持っていた。

身長は小学生くらいの子どもほどしかなく、汚らしい腰布を巻き、背丈に合わないサイズの棍棒を握りしめてる。

そう、ゲームやマンガに出てくる『ゴブリン』そのものだった。


(なんでこんなのがいるんだよ……)


今日一番の衝撃が奏を襲った。

これじゃあまるでファンタジー世界じゃないか。

どちらにしても、武器を持ったやつに見つかるわけにはいかない、離れなければ。

ついていた片膝をゆっくりと持ち上げ後ろへ一歩下がる。

しかし、焦っているときほど周りは見えなくなる。

奏は気づいていなかった。

ゴブリンは一体だけではなく周りに複数いたこと、そして足元には乾燥した小枝が散乱していたことに。


『パキパキッ!!』


音が鳴った直後、周囲からゴブリンらしきやつらの鳴き声がいくつか聞こえた。

全身の血の気が引いたのを感じる。


「キキッ!キキッ!」


興奮した一匹と目が合った。


「キキキー!キキッ!キーキキー!」

「わぁぁぁ!」


振りかざされた棍棒をみた奏は情けなく喚きながら走った。

奴らが後ろから追ってきているのがわかる。


しかし。走り慣れない森の中、そもそも普段から走ってもいない現代っ子が森で暮らす野生児に追いつかれるのは分かりきっていた。


「キキーッ!」


『――メキッ!』

「ガハッ!」


 奴らから放たれた一撃は奏の腰を直撃し、骨が砕ける音を鳴らした。

そして、その図体からは想像できないほどのパワーで奏の体を弾き飛ばす。

さらに不運なことに奏が飛ばされた先は切り立った崖。

もう既に意識を失った奏の体は地面を滑るように転がり、そのまま空へ投げ出された。

崖下に尚も茂る木々の中へ、奏は静かに消えていった。


「……ほう、珍しいお客さんだ」


 ……深い闇に落ちていく。

身体はもう動かない。

今度こそ本当に死んだだろうか。

身体中が痛い、指先すら動かせない。

……でも今見えるのは、光?


 木々がざわめき、涼しい風が再び頬を撫でた。

身体が言うことを聞かないなかで、奏は辛うじて瞼を開いた。

眼前には無数の星々が広がり、真っ黒であろう空を小さな宝石のように飾っていた。


「あぁ……綺麗だ」


中でも、天を覆うほど巨大な満月にはつい言葉が溢れた。

死に場所がこれほど美しいのなら、これはこれでありだとさえ思えた。


「ああ。今宵の月は特別美しい。

永遠とも呼べる私の人生でもこれほど近く、輝くことは滅多になかった」


知らぬ声がそう答えた。


「そうか……じゃあ…この月は……僕を……導いて…くれる……光……」


「……いいでしょう、あなたの存在は面白い。導きましょう」


次話『出会い』

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