第37話 急展開 side若菜


 私は葵にこってこてに絞られた。

 最近の子(言い方がおばさん)ってすごいのね。

 まぁ、葵は同い年だけれど。


 私はやっぱり、ちゃんとお付き合いしてからじゃないと、最後までは無理だなぁって昨日で実感した。でも、お酒飲んで失敗して、2人を煽ってしまったのは私だから、何も文句は言えないし、とっても反省してる。


 つまりは、葵のお説教は私の耳をただ右から左に通過しただけであって、心には響いていない(失礼)。

 ただ、昨日の自分の行いは、心から反省してる。


 ◇


「若菜、営業のほうで朝礼だって。行こ」

「進藤くんが入社したばかりだし……何かの人事異動でもあるのかなぁ?」


 部屋に入ると、何やらすでに騒めいていた。

 やっぱり今日の朝礼がみんな気になるんだ。



「今日はみんなに大事な発表がある。来なさい、吉野くん」

「はいっ」


  ーーえ? 直樹先輩?


「ついに昇進かな」

「営業成績トップだもんな」


 みんな好き勝手に騒いでるけど、私もそう思った。だって営業職でトップの売り上げ件数を誇る先輩だもの。


「残念なお知らせがある。吉野くんだが、明日をもって退職することになった」

「「「ええええええ」」」


 ーーえ、退……職? しかも、明日?


「急な発表となってしまいすみません。急遽叔父の会社を継ぐこととなり、海外に行くことになりました。皆様には大変お世話になりました。もう明日しか一緒に仕事ができませんが、どうぞ仲良くしてやってください。よろしくお願いします」


 ーー嘘、だよね。

 昨日、何にも言ってなかったのに。

 もしかして、大変な時に助けてくれた叔父さんたちに何かあったのかな。

 それにしても、海外だなんて。


「以上、朝礼を終わりとする。席に戻りたまえ」

「皆さん、お時間いただいてありがとうございました」


 事務職の子には泣き始める子もいた。

 佐々木先輩も泣いている。知らなかったんだ。

 佐々木先輩にも話す余裕ないくらい、急な出来事だったのかな……。


「若菜、知ってた?」


 葵の問いに、私は首だけ振る。

 知らなかった。

 けれど……。

 ずっと好きだった吉野先輩。私はただただ見てただけだったけど。

 吉野先輩からも特に今までそんな素振りもなかったのに、こんなに急にアピールしてくるなんてどうしてなんだろうって、ずっと思ってた。

 もしかしたら、少し前から叔父さんたちのどちらかが体調崩されてたのかもしれない。


「若菜、どうするの?」

「…………」

「聞いてごめん」

「大丈夫。気にしないで」


 ◇


 その日の夜。

 先輩が買ってきてくれた夕飯を食べた後、正式に話があった。もちろん私の隣には、雅貴がいる。


「若菜ちゃん、鈴木。昨日話せなくてごめん。急遽叔父さんが入院してしまって、俺も混乱してて、上手く話せなかった」

「まさか、昨日ですか? 入院の連絡あったの」

「そうなんだ。2人が寝た後にね」

「本当に急だったんですね」

「体調は前から崩していたから、ちょっと前から打診はあったんだ。だから課長にも話してあったし、事前に辞表は出していたから、会社関係は大丈夫」


 先輩は、珍しく俯いてから、一口お茶を飲んだ。


「若菜ちゃん、俺は、君を愛してる。できれば、結婚前提に付き合って……ついてきてほしい。海外へ」

「えっ……。私が、ですか……」

「そう、君だ」

「あの……」


 先輩は、私の話を遮るように話を続けた。


「チケットは、2枚取ってある。3日後の12時、空港のロビーで待ってる。来てくれるのなら、絶対幸せにするし、後悔させないし、苦労もさせない」

「あの……」

「ごめん、緊張していてね。返事は3日後まで、お預けにしてほしい」

「吉野先輩、俺はどっちにしろ見送りに行きますよ。若菜のことは置いておいて、俺のことをめげずに育ててくれた先輩の門出ですから」

「ありがとう、鈴木」


 私は雅貴の様子が見たくて隣を見る。

 俯くでもなく、喋ることもなく。

 ……私のことを止めることもしない。

 私の決断を、尊重してくれるんだね。


「さぁ、送っていくよ。明日も仕事だからな。たった1日だったけれど、一緒に住んでくれてありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました。あと、2人に言いたいことが……。昨日は暴走してごめんなさい……」

「はは。可愛かったし、幸せだったよ、俺は」

「俺は若菜に公の場で酒は飲ませねぇと思ったけどな」

「ぐっ…」


 悔しいけど、雅貴の言うとおりだ。

 お酒に呑まれたのは、私だもの。


「じゃあ、出発するから荷物を取ってきてくれるかな?」

「車にエンジンかけて待ってるから」

「はい」


 ◇


 私は、二階へと続く階段を登りながら、雅貴に聞く。


「雅貴、何も言わないんだね。止めることも、行けっていうことも」


 雅貴は、振り返らない。


「若菜の人生に関わる重要な決断だからな。(仮)の彼氏とはいえ、他人が口を出すことじゃねぇよ」


「そっか……」


 ◇


 私たちは先輩に送ってもらって家に着いた。

 最後に、先輩は一言、私に告げる。


「待ってるから。若菜ちゃん。空港で」

「……」




 雅貴も隣で私を見ている。

 私は、何も言えなかった。

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