第28話 噂話は蜜の味


「ねぇ、聞いた? 星海さんの話」

「えっ、なになにー?」

「今3股してるらしいよー?」

「やばくないなにそれぇー」


「ねぇ、どういうことか、私にも教えてくれる?」

「「「葵…………」」」

「若菜が何だって?」

「「「あの、その…………」」」

「早く言いなさいよ!」


 俺たちがいつもどおり電車で出勤し会社に着くと、何故か若菜と仲がいい水澤さんが同僚女子と揉めていた。滅多に怒らない水澤さんが珍しい……。なんて思っていたら。友達想いな若菜はやっぱり走って行った。


「若菜……!」



「葵? どうしたの? 大丈夫?」

「いや、今若菜のことをこの子たちから聞いてさ」

「私のこと?」

「そうだ! ちょうどいいから教えてよ、星海さん! 3股かけてるってほんと? ネズミの国ランドで見た人がいるんだって」


「さ、3股⁉︎」


 ーー俺もだけど、若菜も絶対に驚いたはずだ。

 あって2股だろうと考えてた俺たち。

 甘かった。多分、進藤が頭数に入っていそうだ。


「それ……は……」


 若菜も言うに言えないだろう。半分は当たってるんだから。ったく、誰だよ事の発端は。誰が言い始めたんだよ。

 俺が助けてやりたいけど、俺が入ると余計に揉めそうな気がする。状況が悪化しかねない。


 ーークソッ、どうしたらいいんだ。

 俺たちの詰めが甘かった。こういう時、どうすればいいか話し合っておくんだった。


「先輩方、おはようございます。どうしたんですか?」


 そんな時、現れたのは渦中の人であろう進藤だった。


「進藤くん、おはよ! 実はネズミの国ランドで星海さんが3股してるの見た子がいてねー」


「はい? それ僕ですけど?」


 ーー!? 進藤はあっさり認めやがった。どうするんだ?


「僕の妹が、ネズミの国ランドに行きたがってて。ーーで、あんまりパーク内詳しくないのでついてきてもらったんですよ。し・か・も! ちょうどその話をしていた時にその場にいた吉野先輩と、鈴木先輩にもですよ! 僕嬉しくって。憧れなんで。同性ですけどあのお二方。ね? 若菜先輩、鈴木先輩?」

「う、うん。そうなの。でもどちらかと言えば連れて行ってもらった感じかな? 久しくネズミの国ランドに行けてなかったから嬉しかったんだよね」

「俺もそう。ちょうどゴンドライベントやるって聞いてさ、行きたくて、意気投合したってワケ」


 進藤は、こちらを見てニコッと笑った。

 あの笑みは、あとは任せてくださいって言っているようだった。


「写真見ますー? 僕の妹、小5なんですけど、んまー! おマセさんで! 今時の子ってこうなんですかね? 先輩?」

「「うーん、どうだろーねー」」


 進藤は、改めて噂話をしていた女子たちを見る。


「それで。3股疑惑は解けたんですよね? 僕、社内がそういう噂で満ちてて誰かを排斥したり、働きづらくなるの大嫌いなんですよね。謝ってもらえますか? 若菜先輩に」

「星海ちゃん、ごめんね。まさか、進藤くんの妹さんも一緒だなんて思わなかったから」

「いいんですよ。そう見えても仕方ないと思いますから」


 女子たちはそそくさとその場を後にした。


「進藤くん、ありがとう」

「進藤、見直したよ」

「へへへ。お役に立てて嬉しいです」


「そーれーでー? 一件落着なのはよかったけど」


 その場に唯一残った若菜の親友、水澤さんは若菜に理由を尋ねる。


「どーゆーコトか、説明、してくれるわよね? 

 ちょっと祐樹くん。私たち半休取るから! 午後出社って伝えといて!」

「かしこまりです」


 水澤さんは、若菜を連れてどこかへと消えて行った。


 ◇


「進藤、ありがとうな。助けてくれて」

「いいんですよ。……うーん、でも違うな。僕は別に、鈴木先輩を助けたかったわけじゃなくて、若菜先輩がたとえ正しい噂話だろうと、苦しんでほしくなかっただけですから。まぁ、若菜先輩争奪レースには参加する前から落馬しちゃいましたけどね」

「進藤……」

「好きなんですよ、若菜先輩が」

「うん。知ってる。だからこそ、ごめん。あの場を収めるのは、本来俺の立場だった」


 進藤は、ぐいーっと伸びをした。


「まぁ、仕方ないですよ。コーヒー1杯で手を打ちますよ? 先輩?」

「もちろん、奢らせてもらいます」

「あ、あと。吉野先輩にも今の件伝えといてくださいね? それは先輩の役目ですから」

「いろいろと、すまない。ありがとう」


 進藤は2、3歩先を歩いて、くるんと振り返った。


「いいんですよ。僕の想いは変わりませんから、僕なりに守れたっていう誇りが持てましたから」


 ーー最初はクセが強そう、とか思ってたけど、進藤はめちゃくちゃいいヤツだった。進藤があの場にいなかったら、若菜は集中砲火されていただろう。


 想像しただけで、ゾッとする。

 優しい若菜はきっと、耐えられなくて退社すると言いかねないから。


「おはよ。昨日はどーも! どしたの? 改まって集まっちゃって」

「おはようございます、吉野先輩」

「…………」

「鈴木?」


 ーー俺はポツリポツリと、今起こった出来事を先輩に話した。すると先輩は、なるほど、ファインプレーだね! と進藤の背中を叩いた。


「只者じゃないとは思ってたけど、フォローが上手いよ。ど? 今からでも営業職にジョブチェンジするのは。歓迎するよ?」

「光栄ですけど、僕は若菜先輩がいる事務職がいいんです」

「なるーーほど、ね。でも、助かったよ。本当にありがとう。おいで! コーヒー奢ってあげる。鈴木も来いよ!」


 ーーあぁ、情けない。後輩に守られ、先輩に配慮され。最近の俺ってなんなんだろう。


 ーーパァン!


「うっし!」


 俺は両手で両頬を叩いて喝を入れた。

 うじうじするのは性に合わない。

 ーー挽回すれば、いい話だ。


 俺を見て、先輩はクスリと笑った。


「その意気だよ、鈴木」


 ーー内心も読まれてる。

 こういうところが、俺が吉野先輩に憧れているところだ。

 それに進藤からも、学ぶことがたくさんあった。

 未弱な俺は、まだまだだ。

 頑張っていこう。若菜のために。



 ーー不甲斐なくてごめん。

 若菜、今度こそ、俺が守るから。


「吉野先輩、進藤。ありがとうございます。人生って勉強っすね」

「なんだ鈴木、そんな達観視して」

「そうですよ先輩。一応僕たち、同い年なんですから」

「ええっ! 進藤って俺の2個下なの? ほんとに?」

「吉野先輩……それってどっちの意味です? 喜ぶほう? 悲しむほう? 正解はどっちデスカ」

「……いやー、はははは」

「笑って誤魔化さないでくださいよ」


 ーー頼もしいな、ほんと。

 同僚に恵まれて、良かった。


 俺は先を行く2人の背中をかなり強めにバシン、と叩く。


「色々勉強になったんで、今日は俺の奢りで」

「どうするか、進藤。ちょっと外出してマキアーノとかフラペチーノにするか?」

「それいいですねぇ! 僕はフラペチーノで」


「缶コーヒーです!」

「「ざんねーん」」



 ーーこんなやり取り、久々な気がして。

 俺は何となく学生時代みたいな、懐かしい気持ちになった。




 ーー若菜、今度こそは、俺が守るから。

 今日は俺の勉強デーだ。26歳とはいえ、君を守るためには、学ぶことはまだまだたくさんあるんだな。


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