第29話 噂話は蜜の味 side若菜


「それでっ、3股ってどーゆーことなの、若菜」

「うう……」


 私は今、会社から少し離れたカフェで、葵に質問攻めにあっている。

 それはそうだ。

 だって最近、近況をまともに報告できていなかったから。


 私はたどたどと、事の経緯を葵に打ち明けていった。


 ◇


「なぁーにぃー? 吉野先輩、佐々木先輩と付き合ってないの?」

「やっぱり、葵もそう思うよね? 誰が見たって、付き合ってるって、そう思うもん。だから私、玉砕したと思って大泣きして、そしたら雅貴が……」

「お試しでいいから付き合おうって?」

「うん……」


「やるわね鈴木くん。見直したわ。ただのヘタレだと思ってたもの」

「え?」

「ううん。こっちの話」


 ーーこっちの話と言われても、バッチリ聞こえちゃったんだけど……。


「ヘタレってどういうこと?」

「あー聞こえてたの? だってさ、誰が見たって若菜のこと好きじゃん、彼」

「嘘!?」


 はぁ、と葵は大仰にため息をつく。


「気づいてないのは鈍い若菜だけ。そりゃーもー彼が哀れで哀れで。可哀想すぎたわよ。

 アンタねえ、自覚しなさい? アンタはモテるの。わかった? あんなに鈴木くんがアピールしてなかったらね、営業職の男共が群がってくるわよ?」

「まさかそんな……」

「たまたま鈴木くんがイケメンで高身長で仕事もできて性格もよくて? でしょ?

 いい虫除けよね、ホント」

「虫除けって……」


 だんだん追い込まれてきて、私は助けを求めるように、フラペチーノを飲む。


「それで、お試しで付き合って愛彼弁当ね。あーやだやだ」

「もー! そんなふうに言わないでよ」

「だって私が若菜になりたいもーん。まぁ、ラブラブな彼氏いるからいーんだけどっ」


 それで? と葵はニヤッとした顔で続ける。


「会議室であれやこれやーね。ふーん。ふぅん。鈴木くんやるー!」

「それは言わないでー!」


 恥ずかしすぎて顔面を隠す私。

 葵の質問はかなり心に響く。


「それでそれで、いっぱいキスしてーって、だからスカーフ巻いてたのね。いつもと雰囲気違うから私がスカーフひんむいてやろうと思ってたのに、ふーん。へー。やるわね、鈴木くん」

「もー! 葵ったら」

「で? なんで、三角関係なの?」

「いーじゃん。鈴木くんとカレカノで」

「それが……」


 ◇


「ええっ! 吉野先輩が若菜を好きぃ? 佐々木先輩と付き合ってないって知っただけで驚いたのに、佐々木先輩と付き合ってないだけじゃなくて、若菜が好きだってこと? やっぱりモテるわこの子」

「からかわないでよー」

「それにキスの上書きねー。ふーん。へー。やるーう!」


 親指を立ててイイネポーズ。

 ーーうう。絶対楽しんでるよ、葵。


「んで、祐樹くんはなんで絡んできてるわけ?」

「進藤くんにまで、なんか気に入ってもらってるみたいで……」

「ああ、そう。ゴチソーサマ。今日は若菜の奢りだからね」

「うう。はい。もちろんです」


 それはいいとして。


「ねえ、ここからが相談なんだけど……」


 ーーーーーーーーーー。


 ーーーーーーー。


 ーーーー。


「はっ? 3人同じ屋根の下ぁ?」

「声おっきいよ、葵」

「はー、まー、こじれにこじれたわねぇ」

「だよねぇ」

「そ・れ・でぇ」

「?」

「ドコまで進んでるワケ?」

「と、申しますと?」

「あなたも私も、26よね? 立派な大人よね? なんならアラサーよね?」

「はい」

「意味、わかるわよね?」

「はいぃ」


 私はどんどん追い込まれていって、肩身もどんどん狭くなる。居心地が悪いって、こういう時のことを言うのか。


「キスまでです」


「中坊かよっ。てかあの2人すごいわ。よく我慢してるわ。このド天然娘相手に」

「葵、ヒドイ」

「ひどくないわよ! ひどいのはアンタ! わかってるでしょ? 今2人を苦しませてるのはアンタなのよ? まぁ、ゴメンだけど祐樹くんはおいといて」

「うう。はい」


 ーー進藤くんにも、迷惑……。

 そうだよね。さっきも進藤くんに助けてもらったし。頭が上がらないよ。後輩なのに。


「んで?」

「?」

「どっちのが好きなワケ?」

「わから……なくて。雅貴はずっと親友で、辛い時支えてくれて、優しくて、大好き。

 先輩は、昔からの憧れで、大好きだった。好きって言ってもらえるのが夢みたいで」


 葵はフラペチーノを、ずずずーっと飲み干した。


「まあ、若菜の気持ちもわからなくはないけどねぇ。2人とも非の打ちどころがなさすぎんのよ。完璧なのよね。性格もなにもかもがさ。私でも悩むわ、多分……」

「葵……」

「そしたらさ、こういうのはどう? せっかく同じ屋根の下で住むんだからさ、お互いの見えなかった部分が見えるじゃない? 癖とか、そういうのも」

「うん」

「結婚を前提にって言ってくれてるんだからさ、本当に結婚したらどっちが幸せそうかを考えてみなさいよ。結婚したら急に豹変してDV夫だったとかモラハラ夫だったとか、それで即離婚〜とか、今じゃそんなの当たり前の世界よ? チャンスだと思ってしっかり見極めなさい」


 葵の言葉は、胸に突き刺さる。


「チャンス、かぁ。そうだね。そうしてみる」

「まずは、家事力よ。共働きである以上、女だけが家事をするとかマジ旧石器時代だから。知らんけど。

 あと、結婚したら会社辞めてっていうかどうかとかね。若菜が家庭に入りたいなら別だけど。ま、あの2人の営業成績なら若菜1人くらい簡単に養えるでしょうからね」

「そう、だよね。そういうのも大事だよね」


 葵はいつの間にか追加でケーキを頼んだらしい。

 2人分のケーキが、目の前に届いた。

 モンブランと、ショートケーキ。

 どっちも、私が好きなケーキだ。


「あとはあれよ。

 ギャンブルするしない。

 タバコ吸う吸わない。

 借金あるない。

 浮気癖あるない。

 そーゆーのも、喧嘩の原因や破綻の1つになるんだから。

 …………でもね、若菜、一番大事なのは」

「大事なのは?」

「身体の相性よ」

「ひっ!」

「ひっ! ってアンタね、私がひーって言いたいわ! 私たち26よ? アラサーよ? いい加減覚悟キメなさい。せっかくいい環境にいるんだから、結婚しても後悔しない人生を選ぶのは若菜自身よ?」

「子どもはいるのかいないのか。

 んー。言い方違うわね。

 子どもはほしいのかほしくないのか。

 結婚したらスキンシップ減るのかどうなのか。

 結婚を機に豹変する男はたくさんいるんだから」


 ーーすごい。私は思わず、葵に拍手を送る。


「まあまあ、褒められて当然よねん? ただ、今言ったこと全部大事だから。できれば身体の相性も確かめておくのよ? もちろん、リベンジポルノなんかさせないように注意しなさいよね?」

「それはさすがに、大丈夫だと思いたい」


 葵はハァッとため息をつく。


「あ・の・ね! 理想と現実は違うものなの。王子様が迎えに来るのを待つんじゃなくて、この世の中、王子様をわし掴みに行くもんよ! わかった?」


 ーーワアァァァ! パチパチパチパチ!


 気がつけば、おばさまたちに囲まれていた私たち。途中から葵の熱弁を聞いていたらしく、賛同者は溢れあたりはスタンディングオベーションだ。


「どーもどーも。ありがとうございます」

「葵、すごい」

「ホラ、世の中のあらゆる波を経験されてきたお姉様方だって同意見よ? もっと、真面目に考えなさい! いいわね?」

「「「そうよそうよ」」」



 いつの間にか講習会のようになっていた。

 生徒の私は、「はい、頑張ります」と言って、午後出勤のためその場を後にした。


 ーーうう。すっきりしたような、しないような……。

 


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