第11話 止められない自制心 side若菜


 初めてのことがたくさんありすぎて、頭が追いつかなかった。

 『お仕置き』の続きするって、聞いてはいたけれど、まさかこんなこと、するなんて。


 私たちはさっきから、何度も、何度も。

 『大人のキス』をしてる。


「んんっ! ん……」


 って、恥ずかしいけど、声が出ちゃうの。

 だって、雅貴のキスって……気持ちいいから。


 今まで知らなかった。

 こんな気持ち。

 『求められる』って、こんなに、胸がキュウッてなるんだ……。


 ……んん、でも、そろそろ、息が……。


 ずっとずっと、雅貴に求められてるから、息継ぎの仕方がわからない。

 だからまた「んっ」って、声が出ちゃう。

 

 ーーあ、もう、ダメかも。


 私はついに限界を迎えて、雅貴の胸を押して、横を向いた。

 恥ずかしい。

 私の口からは少し唾液が溢れてるし、雅貴を見るだけで、お腹の下の方が、キュンとなる。


 ーー雅貴は、なんでそんなに、余裕なの?


 私は本当に限界だった。

 生まれて初めてのキス。

 しかも、『大人』の。

 はしたなく、気持ちいい、なんて思ったりして。

 こんなこと口にしたら、雅貴は引くよね?


 私ははぁはぁと肩で呼吸をしながらそんなことを考えていた。だって、初めてなんだもん。キスしながら、息継ぎってどうやってやるの?


「若菜、息してなかったのか?」


 恥ずかしかったけど、素直にコクンと頷く。


「息してよ!」


 ーーお、怒られた⁉︎


「ど、どうやって……?」


「キスしながら、鼻で息するの。やってみて?」


「あっ……」


 雅貴はもう一度、キスを始めた。

 さっきより、もっと深く。

 私の手の拘束を解かれて、雅貴の片手が背中に回されて。もう片方の手で頭を支えられて……、姿勢的に、もっともっと深く入ってくる。


 ーーきゃあああああ! これはさすがに、恥ずかしい。


 自然と身体がこわばる。

 雅貴は私を抱っこして膝に座らせ(しかも雅貴に馬乗りになるような格好で)、身体を密着させて、もっと強く抱きしめられる。


 ーー息だけじゃなくて、キュンとしすぎて、もう、苦しくて、ダメ……。


「んっ」


 ーーその時だったと思う。

 雅貴が、私の服の中に手を入れようとしてきたのは。


 私は咄嗟に雅貴を押して、


「んんっ。はぁっはぁっ。降参です……」


 と、雅貴の胸にポスン、と体重を預けた。

 雅貴の抱きしめ方が、優しくなった。

 そして、ポンポン、と頭を撫でてくれる。


 ーー身体があついし、身体の奥底から、じぃんとする。


「ま、雅貴のエッチ……」

「ゴメンゴメン。だってあまりに若菜が可愛いかったから」


 雅貴はそう言いながら、私の口から垂れた唾液をティッシュで拭き取って、最後に軽くキスをした。


「んんっ!」


 ーーもう、反則だよ。限界なのに……!


「若菜、もしかして、キス初めて?」


 ーー26歳にもなって恥ずかしいけれど、コクン、と頷く。


「付き合ったことは?」


 ーー引くよね? と思いながら、ぷるぷるっと顔を横に張る。


「まじか!」


 ーーそりゃ、引くよね? 今までちゃんと恋愛してこなかった26歳なんて。


 「引くよね?」


 意外にも、そんな素振りは見せずに、雅貴は私の頭をポンポンと撫でてくれた。


「その逆だよ。俺今、すっごい幸せ」


 ーーえっ?


「本当?」

「本当。……だって、若菜の『初めて』、だろ?」

「……うん」

 

「俺に『初めて』をくれてありがとう。大好きだよ、若菜」


 そう言うと、雅貴は強く私を抱きしめた。

 

 ーー初めてでも、引かないんだ……。


「痛いよ、雅貴」

「ゴメンゴメン。冷めちゃったかもしれないけど、カレー、食うか」


 私は雅貴のあまりの慣れっぷりに、ちょっぴり不安になる。


「雅貴……は、『初めて』じゃないの? ……どれくらい? いっぱい?」


 ーー今までどれくらいの人と付き合ってきたの?

 今私にしてくれたようなことも、してきたの? もっともっと、先のこともしてきたの?


 私は胸が苦しくなった。

 寂しさと不安で、まるで心を締め付けられるみたいに。


「若菜、大好きだよ。カレー食べよ?」


 ーー雅貴は、答えなかった。

 ただ、ふんわり微笑んだだけ。

 それは多分、「肯定」の意味。

 そうだよね。もう私たち、26歳だもんね。

 いろいろしてて、当然だよね。


「むー。はぐらかしたぁ」

「今俺が好きなのは、若菜だから。後でコンビニで好きなアイス買ってやるから、な?」


 ーーもう、子ども扱いして。

 でも、経験豊富な雅貴からしたら、私なんてただの子どもに違いない。


「じゃあ、マーゲンダッツのキャラメルサンドね?」

「ぷはっ! いいよ。一緒に食べような?」

「子ども扱いしてー」

「違うよ、可愛いなって思ってるだけ」

「もー!」


 私たちはようやく、カレーをゆっくり食べ始めた。


 ◇


 夜に向かうコンビニ。

 私たちは手を繋ぎながら、夜道を歩く。

 指はやっぱり、絡ませて。


「若菜、今日はありがとうな。俺、最高だった。若菜は、どうだった?」


 ーー正直に言っていいのかな? 変態だって、思われないかな。


「正直に言っていい?」

「う、うん。やべぇ、自分から言っときながら緊張するわ」


 ーー引くかもしれないけど、言ってみよう。


「あのね、私、今日嬉しかったの。お弁当、作ってくれて。一生懸命、カレーも作ってくれて」

「良かった! ◯ーグル先生のおかげだな」


「それに、ね……」

「ん?」


 ーー私は今日一番の勇気を出す。


「……キス、初めてだったけど」

「うん」


 私は恥ずかしくて、繋いだ手を離して顔を隠す。


「ドキドキしたし、息も苦しかったけど」

「うん」



「胸がキュンとして、……気持ちかった……」

「ーー!」


 暗い夜道で良かったと初めて思うくらい、雅貴はギュッと私のことを抱きしめて。

 そして軽く、キスをした。


「んっ……。だっ、ダメ。人に見られ……たら」

「ごめん、止まんない。若菜、逃げんなよ」


 ーーんんんん。また……! 雅貴が私に入ってくる。もう、ドキドキが止まらなくなっちゃうよ。


 幸いにも人通りがなかったこの道で、あついあついキスをして、雅貴はようやく離してくれた。


 ーーどうしよう、また私、気持ちいって、思ってる。


「あのさ、若菜」

「え?」

「アイス、公園に寄って食べて帰ろうか」

「どうして?」


 雅貴は、珍しく恥ずかしそうに、肩肘で顔を押さえてる。そして隙間から、チラリと横目で私を見た。


「また俺の家に帰ったら、多分若菜のこと食べちゃうから」

「ええええ! ……ヤダ」


 雅貴はちょっと肩を落としながらも、イタズラっ子な表情を浮かべた。


「ま、若菜が俺のこと好きになったら、もう止められないからな。覚悟しとけよ?」

「ーーは、はい……」


「ーー俺、好きになってもらえるように、頑張るから」


 ーーどうしてここまで、想ってくれるんだろう。



 この瞬間は、吉野先輩のことが頭の片隅にもなく、雅貴で頭も胸もいっぱいだった。




 


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