第12話 ワンコ系新入社員


 あれから、俺たちはいい子に(笑)お互いの家に帰った。


 俺は思った。

 ーー若菜は、ヤバイ。

 良くも悪くも。


 基本的に天然っていうのはあるんだけど、無防備さが激しいっていうかなんていうか。自分の魅力に気づかないまま平気で人をたぶらかす小悪魔だ(口悪すぎ)。


 もし、アイスを公園で食べないで俺の家若しくは若菜の家で食べていたら、間違いなく俺は若菜をイタダキマスしてた。


 キスを「気持ちいい」って言ってくれる子、俺の経験上初めてだったから度肝を抜かれて。それに、それだけじゃなく若菜に骨抜きにされた、そんな気分。ここまでは昨日の話。


 そんな俺は、今朝5時に起きて、せっせと今日も愛妻弁当ならぬ愛彼弁当を作る。これも全ては若菜を手に入れるため。卑怯な俺は、どんな手でも使ってやるんだ。

 今日のメニューはオムライス。

 卵の鮮やかな黄色を見るだけで、若菜の晴れたような笑顔を思い出してしまう俺は、そうとう末期症状がでてる。


「さて、今日も頑張りますか」


 出勤の準備をして、俺はドアをガチャリと開けると、タイミングピッタリにドアを開けた若菜がそこにいた。


「あ、雅貴。お、おはよ……」


 今日は髪の毛を耳にかけている若菜。

 水色のストライプのワンピースも最高に似合ってる。ただ一点気になるのは、いつもは巻かないスカーフを首に巻いてるところ。


「なぁ、そのスカーフの下、俺のキスマークだろ?」

「うー。そうだよ。雅貴のエッチばか」


 ーーこんな可愛い若菜を見れるなら、俺はバカでもなんでもいい。

 照れ度MAXな若菜は、先程からなかなか顔を見せたがらない。多分昨日のことを思い出して恥ずかしがってるんだろう。


 そういうところが、アレなんだ。

 俺のドSを遺憾なく刺激する。


「おはよ、若菜。今日も可愛いよ。それに……昨日の若菜は、美味しかったデスヨ? その首もな?」


 俺はワザと語尾だけ耳元で囁いた。


「〜〜!」


 若菜は耳を真っ赤にする。

 俺はもう、知ってるんだ。

 若菜が耳が弱いことも、首筋が弱いことも。

 キスが気持ちいいって思ってくれてることも。


「さぁ、行こうか」

「うん」


 俺は若菜の手を取り、指を絡めて歩き出す。

 最寄り駅までの、至福の時間だ。


 電車に乗る前に、今日の弁当を渡し、ここまでは完璧だったのに……。


 まさか今日は厄日か? と思うような大事件が、会社に着いて早々にあるなんて、俺は思いもしなかった。


 ◆


「えー。今日の朝礼はここまでにしておいて、みんなに新入社員の紹介をしようと思う。進藤くん、入りたまえ」

「ハイ!」


 威勢のいい返事とともに入ってきたのは、新卒らしき見た目の男子だった。男子ってことは多分営業だろうなぁ、なんて軽く考えていたら。


「進藤祐樹と申します。今日から事務職として入社しました。よろしくお願いします!」


 ーーふぅん。男子で事務職か。珍しいな。それにしても女みたいに可愛らしい見た目してんな。ワンコ系草食男子ってトコか。


 そう。ここまでは良かったんだ。


「そうだな、星海くんの下についてもらおう。よく指導してやってくれ」

「は、はいっ」

「よろしくお願いします。星海先輩!」


「……んなっ」


 ーーなにいいぃぃぃ〜⁉︎

 よりにもよって、若菜の下かよ⁉︎

 水澤さんでいいじゃん、水澤さんで!(失礼)


「頼りない先輩だけど、よろしくね。進藤くん」

「よ、よろしくお願いします! 星海先輩」


「では以上、解散とする。各自持ち場に戻ってくれ」


 部長の掛け声虚しく、騒つく社内。

 ワンコ系男子に、主に女子が釘付けだ。


「進藤くん、いくつ?」

「中途なんで、26です」

「じゃあ、私たちと一緒だね、若菜。あ、私は水澤葵。この子は君の先輩になる星海若菜」

「葵先輩に、若菜先輩ですね!」


 ーー早速呼び捨てにしやがったコノヤロー。


「先輩だって。いい響き〜! 実は私たち以降新入社員が入ってこなくてさ。進藤くんが初めての後輩なんだよ。ね、若菜」

「そんな、祐樹って呼び捨てにしてください。同い年ですし。僕は敬語使いますけれど」


 ーーしかも僕っ子かいッ!


「祐樹くんね、了解! 私はそうするわ」

「ありがとうございます。葵先輩」

「私は、進藤くんって呼ばせてもらおうかな。そういうの、慣れてなくて。ごめんね」


 ーーよし! 若菜よく言った! エライ!


「若菜先輩、照れ屋さんなんですね。頑張るのでたくさん教えてくださいね」

「はい。私も頑張るね」


 ーーなんか仲良くなってるし……。


 気がつけば、営業職の独り身たちが若菜たちのことをジト目で見てた。そりゃそうだ。若菜は(建前上)フリーでしかも人気があるからな。


 ーーライバル多すぎんだろ。


「さぁ、そろそろ戻りましょう?」

「ハイッ」


 談笑しながら、若菜たちは事務室に帰って行った。気が気じゃない俺。


 自然とパソコンを打ちつける力が強くなる……と思ったら、他のヤツらもそうだった。


 ーーカタカタカタカタ、室内に打ち込む音が響き渡る。


「なんだ? 今日はみんなやる気があるな。新入社員を入れるとやる気が上がるのか。いいことだ。ワッハハハハ」


 ーー空気の読めない課長だぜ、全く。


「あ、いけね。今日の予定確認しねぇと」


 俺はウィークリーボードへ向かった。

 そこには、1人、爽やかなイケメンが。


「おはよう、鈴木。予定確認か?」

「ハイ! なるべく効率よく回りたいんで」


 ーー俺は今日、なんとしてでも定時に上がる!

 アイツ、一緒に帰りましょうとか、若菜に言いかねない予感がするから。


 俺の表情を見てなのか、吉野先輩がクスリと笑った。


「気になるのか? 進藤……っていうか星海ちゃんのことが」

「……それは……なくはないっすね」


 俺はしれっと言ってみる。

 特に吉野先輩には、俺の気持ちを知っててもらわなきゃならないから。


「やっぱりそうだよな。頑張らないと」


 ーーは?


「えっ? それってどういう……」

「ま、今日もお互い頑張ろうな鈴木!

 課長! 外回り行ってきます!」

「気をつけてな」

「ハイッ! それじゃ鈴木、俺は先に行くな。頑張ろうな」


 ーーは?


「ええっ⁉︎」


 ーー若菜が玉砕したって話じゃなかったか?

 それとも俺の……っていうか若菜の勘違いなのか?


 ヤバイ。

 これは相当ヤバイ。



 ーー嗚呼、今日はなんて日だ。

 本当に俺の、厄日かもしれない。

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