第9話 雅貴の家 side若菜


「どどどどどうしようっ」


 とりあえずお互いの家に帰った私たち。

 男の子の家に行くだなんて小学校以来(?)だから、なにをどうしたらいいか全っ然わからない。


「お、落ち着くのよ、若菜」


 とりあえずお返しするお弁当箱を洗って……。

 

 あとは?

 あとは??


「そうだ! お風呂に入らなきゃ!」


 だって、汗臭いまま行けないよね?

 雅貴、綺麗好きだし。

 何かあるなんて思ってないけど、

 ……『お仕置き』の続き、するって付箋に書いてあったし。


 っていうか『お仕置き』の続きってナニ?

 あれ以上のことはまさかないよね?


 でも、もう私たちも26歳。

 結婚しててもおかしくない年齢なワケで。

 まさかまさか、ナニカあっちゃうの?

 それがフツーなの?


 自問自答しながら、お気に入りのトリートメントでパックまでしちゃって。

 お風呂上がりに、冷蔵庫で冷やしておいたフェイスパックなんてしちゃって。

 念入りにドライブローして。

 綺麗めにお化粧して。


 ……って!


 私めちゃくちゃ意識してるじゃん!

 なんて考えながら、お気に入りの白いフリルのレースのセットアップワンピース着ちゃって。


 いつもは少量しかつけないバニラの香りの香水を、気持ち程度多めにつけてみちゃったり。



 ……今頃、雅貴も緊張してるのかな。

 なんだか、美味しそうなカレーの匂いがする。

 そっか。頑張って、お料理してくれてるんだ。

 私のために。


 正直、すごく嬉しい。

 こんなに一生懸命になってくれて。

 私もなにか、お返しがしたい。


「準備もできたし、早めに行こうかな。お手伝いすることがあるかもしれないし」


 ーーこの時は、まさかあんなことになるとは思っていなかった。

 ……玄関の時点から、あんなことがあるなんて。


 ◇


「まさ……た……か?」

「ん?」


 玄関から室内へお邪魔しようとした瞬間の出来事だった。

 急に通せんぼされたと思ったら、私は今、玄関の壁にトンッて押されて。両腕を頭の上でクロスされて、雅貴の強い力で羽交締めみたいな格好になっている。さらに私の両足の間に雅貴の右足を入れられて、なんにも身動きがとれない状態。


 雅貴は、トロンとした甘い顔をして、私の髪先を優しく触り、そのまま頬をするりと撫でた。


 ーーゾクゾクッとする。危なく、変な声が出そうになった。


「まさ……た……か?」


 雅貴は顔を近づけてから、耳元でそっと囁いた。


「なぁ、なんでお風呂に入ってきたんだ?」


 ーーな、なんだわかるんだろ。


「だ、だって、汗臭いままだと、恥ずかしいし」


 ーーそれに、お気に入りの服に一度着替える前に

汗を流したかったし。


「なぁ、男の家に来る時に風呂入ってくるって、意味わかってやってる?」


 ブンブンと顔を横に振ってみる。

 でも、私だって、もう26だ。

 いくら経験不足な私とはいえ、少しくらいは、わかってる。


「若菜、キスして、いいか?」

「ええっ、……ダメ」

「……ダメじゃない」


 ダメじゃないなら聞く意味ないんじゃ……と思いながらも、私が雅貴の強い力に対抗できるはずもなく、されるがままに……手首、頬、そして首筋に……順番にキスをされていく。


「やめて、雅……貴……」


 ーードキドキしすぎて、声がかすれて、なかなか出てこない。


 ドキドキが止まらなくて、自分でも目が潤んでいってるのがよくわかる。

 雅貴の、顔が滲んでよく見えない。

 それに、身体中がじぃんとあつい。


「知ってるか? それ、逆効果だから」


 俺はもう一度、首筋を吸うようにキスをして、そして脇にも、軽くキスをする。


 ーー首筋、やだっ。脇も、ヤダよ。

 ゾクゾクしちゃう……。


「うっ、そんなとこ、やめて……? もう、『お仕置き』、充分されたから、今日はおしまいにして? お願い、雅貴」


 雅貴は、なかなか私のお願いを聞き入れてくれない。また、私の耳元でそっと囁いた。


じゃなかったら、続けていいってことだよな?」

「ーー! そういう、ことじゃ……」


 私の目から涙が零れ落ちそうになる。

 緊張しすぎて、もたないよ……!


 するといきなり、羽交締めにされていた拘束がパッと解かれた。


「わかったよ。とりあえずは、ここまでな?」


 ーーっていうのが気になるけれど、とりあえず良かった。私はホッと安堵のため息をつく。


「ドーゾ、上がってください、お姫様? でも晩御飯の味には期待しないでくれよな。俺、料理出来ねぇから」

「お姫様って呼ばないでよ。

 お邪魔します。すごくいい匂いがする。……お弁当も、カレーも。ありがとうね」


 雅貴はとっても手際が良かった。

 私がお手伝いする暇なんてなくて、あっという間にカレーを用意し、麦茶まで淹れてくれた。


「雅貴って、本当にすごいね。料理上手。お弁当、美味しかったよ」

「ハハッ。見た目は、良かっただろ? ま、カレー食べようぜ」


「「いただきます」」


 ーーあれ? いただきますって言ったよね?

 

 私は美味しくいただいてるけど、雅貴は食べずに、私のことをじいっと見てる。

 

 それはそうと、このカレー、


「おいしーい♡」


 思わず頬を押さえちゃうよ。


「なんかお前、ハムスターみたいだぞ? 頬袋にいっぱい詰め込んでるみたいな」

「……むぐっ! 変なこと言わないでよ〜。もー!」


 なんだか、私ばっかり食べているけど、雅貴は全然口にしない。どうしたんだろう。


「雅貴、食べないの?」

「ああ、食べるよ。ありがとうな」


 雅貴が急に不敵に笑う。


「若菜が、食べさせてくれるなら、食べられるかも」

「エエッ! 具合でも悪いの? でも確かに、日中から具合悪そうだったもんね。いつもより顔色悪かったし。寝不足とか?

 恥ずかしいけど……、じゃあ、あーんして?」


 ーーあーんして?

 

 雅貴は、なかなか口を開けてくれない。


「ほら、あーん?」


 私は雅貴の口にカレーの乗ったスプーンを近づけて、早く食べて、と催促する。


「あ、あーん……」

「はい、どーぞ」


 ーーパクリ、と食べてくれた。

 なんだか、雅貴、とっても可愛い。

 胸がちょっぴり、キュンとする。


「美味しい?」

「うん、美味しい。我ながら」

「ね。美味しいね。……。」

「ん? どした?」


 雅貴って、なんでもできるんだなぁ。

 仕事も、掃除も、お料理も。

 ……今まで付き合ってた女の子たちにも、してあげてたのかなぁ。


「ねぇ、雅貴」

「ん?」

「ねぇ、今までの『カノジョ』さんにも、ご飯とかお弁当、作ってあげてたの?」


「……バカ」

「ばかぁ?」


 ーー人が勇気を出して聞いたっていうのに、まさかバカって言われると思わなかったよ。


 雅貴は食べるのを中断して、私の手を急に引っ張り、雅貴の身体にグイッと引き寄せてきた。


「キャッ!」


 ーーそれだけじゃなかった。


 私はベッドの側面に押し当てられて、私に覆い被さるように両手をついた。

 そのうえ、私の両手首を顔の両横のベットにギュッと押し当てて。真上から見下ろされてる。


「雅貴……?」

「お前、ホント、バカ……どういう意味か、わかってんの?」

「えっ?」


 雅貴は私の耳元で……


「そういうの、『嫉妬』っていうんだぞ?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「じゃあ、どんなつもりだよ。悪いけど、俺もう、我慢できないから」


 雅貴は囁いてから、私の首元に顔を埋めた。


「あ……。んんっ!」


 ーーどうしよう。変な声が出ちゃった。

 身体の奥から、あつい何かが込み上げてくる。


 ドキドキして、キュンとして、くるしい……。


「なぁ、若菜。俺、我慢できないんだけど」

「な、なにを……?」

「わかるだろ? さすがに……」


 ーーうん。なんとなく、わかる……。

 でも……。


「心の準備が……」

「お前が吉野先輩のこと好きだってわかってる。でもこんなに誘惑されたんじゃ、さすがに俺も我慢できない」

「雅貴……」


 雅貴の吐息があつい……。


「せめて、キスだけでもさせて?」


 私が答える前に、


「んんっ!」


 私たちは『大人の』キスをしたーー。






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