第8話 雅貴の家


「やべぇ」


 自分で招いておきながら、緊張する。

 大好きな若菜が、今から俺の部屋に来る。


 俺は元々ミニマリストだから、部屋はそんなに汚くない。だから掃除といえばトイレと部屋に掃除機かけるくらい。あと、フローリングの拭き掃除。


 掃除はいいんだ。

 掃除は。


 問題は、今日の晩御飯だ。

 メニューはカレーライス。

 自慢じゃないが、俺は料理がほぼできない。


 今朝若菜に持たせたお弁当だって、◯ーグル先生に指示を仰ぎながら作ったしな。もちろん、カレー作りだってそうなるわけで。


 俺は不安気に料理しながら、実は心は上の空。

 ちなみにこれ、包丁握ってる時は絶対やっちゃダメなやつ(笑)。集中しないと指切るやつだ。


 俺の心はもう、に来る若菜に向いてる。


 (仮)とはいえ、一応、『カノジョ』なワケで。


 今日渡した付箋に、『お仕置きの続きするから覚悟しとけよ?』とか書いたとはいえ、いざお仕置きの続き始めたら途中で止められるのか、自信がない。


 あれやこれや考えながらも、なんとかカレーができあがった。むわんとした匂いが炊飯器から立ち昇っている。ご飯も無事に炊けたようだ。

 後は若菜を呼びにいくだけ……と思ったところで、インターホンが鳴った。


 ドキン、と鼓動が大きくなる。

 ーー落ち着け俺、平常心だ。


 ーーガチャッ!


「お、来たな若菜。入ってくれ」

「うん、お邪魔します」


 若菜は丁寧に靴を揃えた後、ふわりと立ち上がった。その瞬間、シャンプーみたいな甘い花の香りが俺の鼻と心をくすぐった。


 ーー若菜、風呂入ってきたのか⁉︎


 どこまで俺を翻弄させる気なんだ、コイツは。

 わかっててやってるんだとしたら、タチが悪い。


「雅貴? 通れないよ?」


 ーー通す気なんかねぇよ。

 そんな香りさせやがって。


 俺はデカい身体を活かして、若菜を通せんぼしたまま、若菜の髪先を優しく触り、そのまま頬をするりと撫でる。


「まさ……た……か?」


 若菜の目がきゅるんと潤む。


 ーーヤバイ。完全に俺、スイッチ入った。


 俺は若菜を玄関脇の壁に軽く押し付け、若菜の両手をクロスさせてから、腕を持ち上げ俺の右手で強く手首を壁に押し当てた。すると、トンッと、若菜の背中も壁に当たる。

 フリルが可愛い若菜の服の半袖の袖は捲れ上がり、無防備な脇が顕になる。脇の隙間から見える若菜の黒い下着に、否応なしに目がいってしまう。


 ーーあぁ、こんな格好してきて……いじめてやりたい。


 俺はわざと顔を近づけてから、耳元で囁く。


「なぁ、なんでお風呂に入ってきたんだ?」

「だ、だって、汗臭いままだと、恥ずかしいし」

「なぁ、男の家に来る時に風呂入ってくるって、意味わかってやってる?」


 ブンブンと顔を横に振る若菜。

 俺たちだって、もう26だ。

 鈍感な若菜とはいえ、少しくらいはわかってるだろ。俺はこのことを肯定的に捉える。少しくらいは、期待してもいいってことだろ?


「若菜、キスして、いいか?」

「ええっ、……ダメ」

「……ダメじゃない」


 ダメじゃないなら聞く意味はないけど、この状態で止められる男がいたら聖人君子かなんかだろ。

 悪いけど、俺はそんなにできた男じゃない。


 俺は若菜の、手首、頬、そして首筋に……順番にキスをしていく。

 若菜はなんとか身体をよじって、この場から逃げようとする。でもその度に俺は若菜の手首を持ち上げて、拘束する力を緩めない。


「若菜、逃げんなよ」


 そしてまた、1つ、1つとキスを落としていく。


「やめて、雅……貴……」


 見ると、若菜の目はますます潤んでいく。

 そして、潤んだ目で俺を見てくる。

 頬を赤く染めながら。


 ーーあぁ、ほんとにコイツは。


「知ってるか? それ、逆効果だから」


 俺はもう一度、首筋を吸うようにキスをして、そして脇にも、軽くキスをする。


「うっ、そんなとこ、やめて……? もう、『お仕置き』、充分されたから、今日はおしまいにして? お願い、雅貴」


 、ね……。


 俺は意地悪だから、若菜の言葉の端々の粗探しをしたくなる。


 俺はまた、若菜の耳元で囁いた。


じゃなかったら、続けていいってことだよな?」

「ーー! そういう、ことじゃ……」


 若菜の目から涙が零れ落ちそうになる。


 ーー限界、か。

 ……ったく、可愛いすぎんだろ。仕方ねえな。


 俺はパッと拘束を解いた。


「わかったよ。とりあえずは、ここまでな?」


 あからさまにホッとした顔をする若菜。

 それを見た俺はまたイジワルしたくなったが、それはなんとか我慢した。

 自分で自分を褒めてやりたい。


「ドーゾ、上がってください、お姫様? でも晩御飯の味には期待しないでくれよな。俺、料理出来ねぇから」

「お姫様って呼ばないでよ。

 お邪魔します。すごくいい匂いがする。……お弁当も、カレーも。ありがとうね」


 俺は若菜をリビングへ案内した。

 カレーを食卓に用意し、麦茶を注ぐ。


「雅貴って、本当にすごいね。料理上手。お弁当、美味しかったよ」

「ハハッ。見た目は、良かっただろ? ま、カレー食べようぜ」


「「いただきます」」


 いただきますとは言ったものの。

 俺は食べずに、まずは若菜の様子を見ている。

 若菜の身体に似合ない大きめのスプーンしかない俺の家。若菜はあーんと大きな口を開けて食べるしかない。それがまた、可愛いんだ。


「おいしーい♡」


 幸せそうに、目を細めてくれる若菜。

 ーーふぅ。とりあえず、カレーは成功かな?

 ……っていうか、それよりも。


「なんかお前、ハムスターみたいだぞ? 頬袋にいっぱい詰め込んでるみたいな」

「……むぐっ! 変なこと言わないでよ〜。もー!」


 ーー怒った顔まで可愛い……。俺にとってはご褒美だわ。


 今までカノジョはいたけれど、こんなに幸せなことってあったっけな。少なくとも、思い出せる限りではない。


 若菜のことが、好きすぎて、好きすぎて。

 堪らない。


 俺は若菜を観察するのに夢中で、自分でも笑えるけどご飯が喉を通らなかった。乙女かよ、俺(笑)。

 正直、若菜とこうしていられるだけで、腹、いっぱいだ。


「雅貴、食べないの?」

「ああ、食べるよ。ありがとうな」


 ……とここで、ピーンと悪さを思いついた俺。


「若菜が、食べさせてくれるなら、食べられるかも」

「エエッ! 具合でも悪いの? でも確かに、日中から具合悪そうだったもんね。いつもより顔色悪かったし。寝不足とか?

 恥ずかしいけど……、じゃあ、あーんして?」


 ーーあーんして?

 可愛すぎかよ。


 俺は自分で言っておきながら、とてつもなく恥ずかしくなってきた。「あーん」って。バカップルか!(笑)


 多分俺の顔は今、最高潮に赤い。


「ほら、あーん?」


 若菜は俺の口にカレーの乗ったスプーンを近づけてきた。


 ーーい、い、言うぞ。

 漢は度胸だ。


「あ、あーん……(爆照)」

「はい、どーぞ」


 ーーパクリ。(幸せだ……)


「美味しい?」

「うん、美味しい。我ながら」

「ね。美味しいね。……。」

「ん? どした?」


 若菜はニコニコ顔から一変、ちょっと顔をかげらせ、口を少しだけ尖らせた。


「ねぇ、雅貴」

「ん?」


 何やら気まずそうな若菜。

 やっぱりカレーまずかったのか?


「ねぇ、今までの『カノジョ』さんにも、ご飯とかお弁当、作ってあげてたの?」


 ーーホント、若菜は。


「……バカ」

「ばかぁ?」


 若菜は急に毒づかれてめっちゃ怒ってる。

 だってバカだろ?

 一般的にはその質問って……。


 俺は食べるのを中断して、若菜の手を引っ張って自分にグイッと引き寄せる。


「キャッ!」


 若菜を、ベッドの側面に押し当てて、若菜に覆い被さるように両手をついた。もちろん、若菜の両手首をベットにギュッと押し当てて。俺が真上から見下ろす格好だ。


「雅貴……?」

「お前、ホント、バカ……どういう意味か、わかってんの?」

「えっ?」


 顔が真っ赤に染め上がった若菜をジッと見てから、俺は若菜の耳元で……


「そういうの、『嫉妬』っていうんだぞ?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「じゃあ、どんなつもりだよ。悪いけど、俺もう、我慢できないから」


 俺は囁いてから、若菜の首元に顔を埋める。


「あ……。んんっ!」

 と声を出す若菜の首元に、俺は熱いキスマークをつけた。




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