第5話 修行を始めよう
蛇に丸呑みにされたけど、逆に胃カメラモードに変身して内側から攻撃することで無事脱出。
胃酸で体が少し溶けたので湖にポチャンと浸かり、綺麗になってから戻って来ると異世界では肉食獣だったカピバラが俺の倒した蛇をムシャムシャ…。
人が苦労して倒した蛇を横取りされたことに腹を立て、俺はこのカピバラと戦うことに決めたのだが、その覚悟はほんの一瞬でクチに入れた綿飴のように溶けていった。
それもその筈。
(デカイ赤い熊…クチからマグマを落とすとか、普通の生き物じゃねえ。
逃げなきゃ…)
だが本能的レベルに刻まれている恐怖を前に、俺の体はプルルンと震えることは出来ても全身が竦んで動けない。
こんな奴に踏み潰されたら一名様即死コースに御案内って未来しか無いだろう。
そんな俺を嘲うように赤く巨大な熊は一歩一歩と俺達に近寄ってきた。
そして見上げる俺の真上を通過し…いや俺の真上で止まったのだ。
もし雨が降っていれば、この熊のお陰で濡れずに済むだろう。
一方の俺の蛇を横取りしたカピバラは、蛇をクチに咥えたまま硬直していた。
もしコイツが人間だったら額から大量の冷や汗を流し、理由も無く土下座して謝っていたに違いない。
ヒュゥゥゥゥ…と俺の頭の上の方から空気が吸い込まれるような音。
その音がピタリと止むと、熊の体温の上昇を俺の表皮が感じ取った。
それから僅か一秒後。
何かを発射するような効果音と共に赤い石?がカピバラの頭部に激突し、一発で大きなカピバラの頭部が消失。
赤い石は勢いそのままに地面に激突すると衝撃音を轟かせ、そこに隕石が落ちたかのようにクレーターを作りあげたのだ。
(まさかクチから火山弾を発射しただと? デタラメすぎる。
コレが魔物…もう映画の巨大怪獣と同じだぞ)
頭部の無い肉食カピバラを一口、二口、三口で美味しく頂いた赤い熊は、俺を無視してゆっくりと歩き出す。
その姿はまさに森の王者に相応しいと心底思う。
(コイツからすれば、スライムなんて一円玉も同然だろうな。
でもこれぐらいの強さが無けりゃ、この世界は生き抜けないってことか)
完全に路傍の石扱いをされても腹が立つどころか逆に命拾いをしたと胸を撫で下ろす気分になる。
だけど…それで良いのか?
生き抜く為には強くなる必要がある。恐らく今の俺だと肉食カピバラにさえ敵わない。
だから修行の必要があるのだが、安全が確保できていない場所での修行は命の一つや二つをベットしなければならないだろう。
シュピーン!
そうだ! 庇護者にあの赤い熊を利用しようっ!
奴は俺なんてアリンコみたいにしか思っていないのだ。それなら寄生しても追い払うようなことはしない、きっと大丈夫!
根拠は無いが、おっかなびっくりあの赤い熊の去って行った方向へと体を向ける。
(今! 俺の旅は始まったばかりなのだっ!…自分でそれ言っちゃぅ?
ダメなやつじゃん)
全力ポヨーンで恐怖の赤い熊…クチから赤いマグマを垂らすから『魔熊』と呼ぶことにするか…に追い付き、ノミのように魔熊に跳び乗る。
ジュゥッ!
(アチチチっ! 痛え! 痛えよっ!
体表面まで溶岩仕様かよ!)
接触しただけで体の半分近くが消失し、殆ど感じることの無い痛みに激しくのたうち回る。
(こんなのラストダンジョンのラスボス一つ前の奴だろが!
物理攻撃したらカウンターのダメージ喰らうやつ!)
痛みが消えた頃にはとっくに『魔熊』は歩き去っていた。
あんな攻撃手段を持っているなら、俺なんて無視して当然だよ。でもそれだけ強いってことは、奴の側に居れば魔物は近寄ってこない筈!
ビバ寄生!
汚い奴だと言われようが構うもんか!
死なないことの方が大事だろ!
体の修復が終わると、いの一番に放置してきた蛇を回収に向かった。
『魔熊』が出て来て火山弾を発射したせいか、あれからは誰もあの蛇には手を付けていなかった。
頭から首辺りはカピバラに食われていたけど、魔石はギリギリの位置で残っていたので先に頂いておこう。
初の脊椎動物の魔石が蛇ってもの不思議な気がするが、勝手に襲ってきたんだから仕方ない。
それにしても、蛇の魔石が赤いのは血の色と関係があるのかな?
さすがに俺を丸呑みした大蛇(俺基準)だけのことはあり、あの大蜘蛛より大きな魔石を持っていた。
胴体の直径が十センチ前後だから、デカいと言えるが人が大蛇と聞いて想像するほどでは無かったかも。
その後は格下とも思えるようになった昆虫採集で命を繋ぎ、かなりの日数を要したが『魔熊』の棲む洞窟を突き止めた。
俺を見た『魔熊』は、大きなあくびをしただけで他には反応を示さなかったが、そのあくびで俺の体が結構消失したことに奴は気が付いていないだろう…何もかもが段違いだ。
再び昆虫採集生活を続け、体が再生するのに要した期間は前の時より短かった気がする。
一度大ダメージを喰らったことで、回復スピードが向上したのかも。
しかし『魔熊』を直接相手にするのはまさに命懸けになるだろう。
クシャミ一つで岩の壁に罅を入れるような奴だからな。
だからコイツをスパークリングパートナーに指名することなく、地道に自分から岩にぶつかる『ぶつかり稽古』を繰り返しては防御力の向上を目指す。
単にぶつかるだけでなく、今に目印を付けておいてそこにジャンプしてぶつかる工夫もしたし。
そうやって防御力と足腰?の強化に明け暮れる日々が続いた。
ここは四季というものが明確ではない地域のようで、森の景色は全く変わらないのだが、少しずつ抉れていく岩肌が月日の過ぎていくことを辛うじて俺に教えてくれている。
修行の成果を確かめる為にそっと『魔熊』に近寄ったのだが…スライムは幾ら修行を重ねようとスライムであることを再認識させられるに留まった。
体の半分を持っていかれ、泣く泣く回復に努めながら昆虫採集に明け暮れ、体が治ってからはネズミ狩りを行うことにした。
ネズミと言っても柴犬サイズ。発達した門歯は岩さえ齧り取るのだ。
確かカピバラは世界最大級の齧歯類のはずだが、こんなに大きくなかったと思う。
たまたま俺が見た時は大きな個体が留守にしていただけなのか?
まぁとにかく予想以上に大きなネズミと鉢合わせしてしまったのだ。
俊敏性ではどうしてもネズミに軍配が上がる。走り寄って先制攻撃を放つネズミに対し、ぶつかり稽古で鍛えた表皮が何処まで有効か?
ガブッ!
想像以上の攻撃力なのか、それとも想像未満の防御力なのか…かなり鍛えたつもりの表皮が簡単に食い千切られたのだ。
食い千切った俺の表皮をペッと吐き捨てるネズミにイラッと来る。それも俺の大事な体の一部だって言うのにさ。
それからも電光石火かネズミ花火か知らないが、素早く動くネズミに翻弄される一方の俺だったが、何度目かの突撃を受けたときにネックピローに…いや、体積から考えると聴診器?…形を変えてネズミの首に巻き付くことに成功した。
四つ脚動物だから、こうやって体にへばり付けばコチラの勝ちだ。破れた表皮から漏れ出るスライム液を使って首輪を作り、ジワジワと溶かし落としていけば良い。
今回はそうやって勝ちを拾えたが、こんな遣り方がゴブリン達に通用するとは思えない。
あくまで第一目標は俺を分裂に追いやったゴブリン達に対するリベンジなのだから。
柴犬サイズのネズミは過去最大の魔石をドロップしてくれたので、有難くゴックン。
やはり昆虫採集で幾ら米粒状みたいな魔石を得ても、大粒の一つには決して敵わない。恐らく魔石にはサイズだけでなくランク的な物があるのだろ。
つまり、強くなるには大きな魔石を食べる必要があると言うことで、時間さえ掛ければ青天井でどんどん強くなれるイージーモードではないのだ。
実感が乏しいものの、昆虫採集で頭打ちになったら小動物狩りと言う次のステージに、それから中型動物へと進まなければならないのだろう。
ゴブリンに勝てるようになるには小動物狩りを卒業して、最低でも中型動物へ入学していなければならないのだと勝手に想像する。
ネズミ相手に苦戦しているような俺が中型動物か。まだまだ修行の先は長いな。
ある日の修行ではハリネズを見つけ、可愛いなぁとホッコリしているとローリングニードルアタックで蜂の巣にされた事もある。
またある日の修行ではモルモットの集団に揉みくちゃにされたり、また別の日にはモモンガに空中へと連れ去られたり…。
とにかくこの森の小動物は危険であり、スライムの俺には油断ならない相手ばかりだった。
それでも蛇やトカゲなどの爬虫類系は比較的に倒しやすい傾向にあったし、木に隠れて少し大きめの鸚鵡のような鳥を網のように広げて捕らえる等、ちょっとした工夫を凝らして少しでも大きな獲物を仕留めるように頑張ってみた。
でもなぁ…防御力は上がったとしても攻撃力は全然なんだよ。
動きを封じてから、スライム液の酸で溶かして切断って言うのが必勝パターン。
で…今俺が抱っこしているのはアルマジロ擬き。コイツの甲羅、中々酸でも切れないんだよ。ひょっとしたらコイツの甲羅は溶かす傍から再生してるのかもね。
なる程、防御にはそう言うやり方もあったのかと少し感心したところで、まん丸のボールになってるアルマジロ君には悪いけど窒息という残酷な選択を取ることにした。
だって俺の物理攻撃じゃ、この子に一切ダメージが入らないんだし。
グルリと全周を俺の体で包み込み、後は何分か待つだけだ。ちょっと可哀想だとは思うけど、これも自然界の摂理。
無意味に倒した訳じゃない、お前の魂(魔石)は俺の体に吸収されてコレからも生きていくからな。
味はないけど、時間をたっぷり掛けて甲羅を溶かす。
どうやらこの甲羅は魔力を通すことで自動修復される機能があるようでちょっと羨ましい。俺にもそう言う機能があればもう少しラクに戦えるのに。
それにアルマジロみたいな装甲があれば、メタル化したスライムっぽくなれそうだ。
命を大事にするなら、やはり防御力に全振りするのも悪くない。
ただ残念なことに、その振り分けるポイントなんて何処にも無いんだけど。
この世界ってレベルも無ければポイント的なものも無いから、きっとゲームを遊んだことの無い神様が仕様を決めたのかもね。
もっとも地球もそうだったから、レベルとか無くて当たり前と思う方が正解なんだろうけど。
考えてみたら、スライム何匹か倒しただけで生命力やら何やら能力が増える世界の方がおかしいんだよ。
異世界だからと言って、ほいほいコンピューターゲームの仕様を持ち込むな、ってことだね。
なんて事をアルマジロ君を丸ごと消化しながら考えていた。
そして最後に残しておいた、お待ちかねの魔石ターイムっ!
(いただきまーす!
…えっ、これはっ?)
魔石の消化が終わると、なんと勝手に表皮が硬くなり始めたのだ。
まさかメデューサの石化攻撃みたいなトラップかと思ったが、完全にカチカチに固まるのではなく、プルルンボディがウレタンゴムの鎧を着たような硬さに変化したのだ。
動けなくはないが、ポヨンと跳ねるだけの弾力性は無い。
あの魔石を食べたことで防御系スキルを手に入れたのだと思われるが、スキルを確認する術が無いので困ったもんだ。
で、このボディは元のプルルンなボディに戻せるのかな?
ここまでの魔石のサイズ
・コガネムシ等の昆虫……緑色で二~三ミリ×四~五ミリ程度。米粒サイズ。
・大きな蜘蛛とワナゲグモ擬き……灰色の六ミリ×十二ミリ程度。
・蛇……赤色で八ミリ×十六ミリ程度。ネイルチップのロングで一番小さなサイズぐらい。
・柴犬サイズのネズミ……赤色で十ミリ×二十ミリ程度。
・アルマジロ……赤色で十六ミリ×三十ミリ程度。ネイルチップのロングで一番大きなサイズぐらい。
ネイルチップで言われてもピンと来ないよね…。
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