第4話 絶対的な恐怖
どうして俺がスライムなんかに転生したのか、理由は全く分からない。
だけど物事には必ず理由がある筈。
ズボラ系転生神のミスなのか、それとも地球上から全人類が滅亡し、イカに支配されたのかも知らないけど。
プルルンと揺れるプリティなスライムボディに生まれ変わった以上、この体で出来る限りのことをやってやる!
そう思って昆虫ハントを続けた俺だが、ある夜に両前脚がツルハシのように進化した蜘蛛との戦闘に突入した。
俺の背後にはやたら丈夫な蜘蛛の糸が張ってあり、行き止まりとなっている。
ここで生き延びるにはこの凶悪なツルハシ蜘蛛を撃破するしかないだろう。
俺の体を目掛けて振り下ろされたツルハシだが、上手く表皮とスライム液を動かして穴を作り回避する。
そして逆にそのツルハシを俺の体内に取り込むことに成功したことで、俺はこのツルハシ蜘蛛との戦闘に無傷で勝利した。
だがツルハシ蜘蛛を食べる…体内に取り込むことに集中していた俺は、周囲の監視を完全に怠り、上空から何かが降ってくるのに全く気が付かなかった。
ネバッ!
(なんだ、これ?)
透明だけど、やたらネバネバした投げ輪?に包まれキュッと締められた。
これは何かのプレイでしょうか?
そう言う趣味は生憎持ち合わせていないのだけど。
更にもう一度投げ輪が飛んできた。
ツルハシ蜘蛛を食べる為に馬乗りになって変な格好になっていたせいで、回避が間に合わなかったのだ。
(誰が敵は一人だと言った!…的な展開か)
念入りに四方から投げ縄を掛けてぐるぐる巻きにしたナゲナワグモ擬き…恐らく本家ナゲナワグモより遙かに高性能…が満を持して登場する。
ボディサイズはツルハシ蜘蛛より小振りだが、投げ縄によって俺がもう動けないと確信してのことだろう。
キチキチと顎を鳴らしてヨダレを垂らしてやがるってことは、俺に対して食欲を持っているのは明らかだ。
俺みたいなスライムなんて喰っても旨くないだろうに…って、俺は馬鹿か。
俺だって昆虫を喰っても上手いと思わないけど、魔石だけは好んで喰っている。
つまりこの蜘蛛達も俺の魔石が目当てってことなんだろう。
ソロリソロリと近寄ると、身動きの取れない俺の体に大きな顎を開いてガブリと噛み付いた。
ブシュっと音を立てて表皮の一部が破れ、中のスライム液がジワジワと溢れていく。
このスライム液が無くなれば、この体は動かすことが出来なくなる。
単に食べた物を消化するだけでなく、実は液体筋肉としての役割をこのスライム液は持っているのだ。
ナゲナワグモ擬きは更に数ヵ所に噛み付いて、表皮を裂いてはスライム液が出て行くのを待つ作戦のようだ。
随分スライム狩りに慣れているってことは、この辺りにはスライムが結構棲息しているのかもな。
でもまぁ表皮が破れても大して痛みを感じないのは、スライムにはそれ程痛点が無いってことだろう。
神経はあるから多少は痛いけど、何ヵ所か噛まれた程度ならのたうち回るほどではない。
それに俺のスライム液は粘度を調整出来るので、噛まれた箇所は最高粘度に変更して表皮の穴から漏れ出ないように調整してある。
だからと言って、このままずっと噛まれ続けるのもしゃくに触るが。
さっきのツルハシアタックは割と狭い範囲をドーナツみたいに変形させれば良かったけど…。
次に噛み付きに来た瞬間を狙い、顎の来る位置にぽっかりと穴を開てやった。
予定と違って何も噛めなかったことでアレッ?て表情をするナゲナワグモ擬きの頭を封じようと、スライム液を流してみたけど残念ながら封じるより先に頭を戻して回避されてしまった。
そして、甘いぜ!と言いながら余裕の笑みを浮かべていた(かも知れない)蜘蛛だが、突然自分の脚が切断されたことにパニックに陥った。
俺だって何も黙って何ヵ所も噛まれ続けていた訳じゃない。
最初に噛まれた場所から漏れ出たスライム液をロープのように操って、お前の脚に巻き付けてやったんだよ。
本体はベトベトの投げ輪に絡められて動けないかも知れないけど、漏れ出たスライム液は別行動が可能なんだよ!
まぁ、これは今さっき初めて知ったから偉そうには言えないけどさ。
蜘蛛の一番後ろにある脚…第四歩脚と呼ぶそうだが、やたら腹がデカイ蜘蛛がそこを失うと…そう、腹をボテッと地面に付いてまともに歩けなくなる。
更に俺特製のスライムロープはナゲナワグモ擬きの体を巻き続け、腹と胸の境目辺りをグルリと一周する。
(お前にやられた縛りプレイをやり返してやるよ)
強酸性のスライム液で作られたロープで胴体を締め上げていけば…ギチギチと痛みで歯軋りするが知ったことではない。
大きな腹が音を立てて胴体部から外れて落ちる。
暫く痛みに藻掻き苦しんでいた蜘蛛だが、胸部も二分されたことで完全に命の灯が消えた。
(この世界は弱肉強食が唯一のルール。先にやらなきゃ死ぬだけだ)
藻掻いていた最中に無茶苦茶噛み付いてきやがったので想像以上のダメージを負ってしまったが、結果的には運良く二つも大きめの魔石を頂くことが出来てラッキー。
味は分からなくても倒した獲物は綺麗に平らげる。今となっては作業でしかない食事を終え、今までで食べた魔石の三倍近いサイズの魔石を二つ同時に贅沢食いだ。
アムっ!
大きいだけに、少しだけ消化に時間が掛かったようだ。
そして感じる今までと違った力強いこの感覚…ゆっくりと沸き起こる謎の感覚は一体なんだ?
ひょっとしてコレがレベルアップか?
表皮の傷が完全に癒えたところで体を動かしてみる。
垂直飛び…違いは無さそうだ。
ポヨンポヨンと跳ねながらの移動…これも変わった様子は無い。
ゲームだと数種類の能力…筋力、素早さ、器用さ、賢さ、運などのパラメータがあって、その中の賢さや運がアップしたのだとすれば上昇しても実感なんて無いだろう。
でも昆虫や蜘蛛を倒したところで、賢さや運が上がるなんてことは無いと思うけどね。
しかしやっぱり俺って弱いな。
まずは少しでも丈夫な体にならないと物理攻撃だってまともに出来ない。
それに防御力は生き残る上でとても重要だろう。
でも、いつまでもコガネムシやらカナブンばかり相手にしていても、成長は頭打ちするに決まってる。
次のステップは小動物かな。
兎やリス、トカゲぐらいが良さそうだけど、この森に居るのかな?
翌日から獲物を求めて森を進み、可愛らしいカピバラの姿を見付けた。
(カピバラ? アレが居るってことは、この近くに川があるのか?)
カピバラと言えば温泉に浸かるイメージもあるが、南米の川沿いに棲む世界最大級の齧歯類だ。
おや? アッチにはヌートリアか?
コイツも確か南米原産…てことは、この辺りは熱帯地方か。
いや…なんでビーバーまで居るんだよ?
ちょっと生息地域が違うはず。
この様子だと、地球の生態系をそのまま当て嵌めて考える訳にはいかないのかもな。
川があるなら、少しそっちも覗いてみようか。
ずっと森の中の代わり映えのない景色しか見ていなかったし。
ノソリノソリと歩くカピバラを尾行すること僅か数分。
川と言うより広大な湖のような場所に辿り着いた。
(ここは水棲動物の楽園か?)
カピバラの群れが湖畔に群れをなして寝そべっているかと思えば、その間をヌートリアが忙しく行き交ったりビーバーが巣の材料を湖上に運んだり。
ここは平和すぎる…。
今までの殺伐とした森の中が嘘みたいだ…えっ?! ワニっ!
ビーバーがワニに襲われたぞっ!
なのになんでアイツら平気なんだよ? 早く逃げなきゃ襲われるぞ。
そして二匹目を狙っているのか、ビーバーをガブリとやったワニのクチがゆっくりと開いていく。
エッ…マジか?
しかし咬まれた筈のビーバーは無事なようで、クチの中に立っていたのだ。何かがおかしい。コイツがクチをこじ開けたのか?
そのビーバーだが、後ろ脚だけで立ち上がるとおもむろに短い前脚を縮め、その場でジャンプしたのだ。
しかも前脚を天に翳し、クルクルと回転しながら…。
(喰われたビーバーがクチの中で昇龍の拳だと?
ありえねぇ…異世界恐い…てか、拳より先に頭がぶつかってるから、ただのジャンプ頭突きだよな?)
その後、異世界のカピバラ、ヌートリア、そしてビーバーが肉食であることを知った俺は、着ぐるみを着たまま焼き鳥を食うオッサンを連想して暫く笑うのだった。
笑いが落ち着いたところで岸辺を観察してみれば、カエルや蛇やらが色々ウジャウジャしているのが目に入った。
それとそのカエルを狙って近づくスライム達も。
(同僚発見か?…でも…汚い色してるな)
何を食べたらそうなるのか知らないが、スライム液がまるでドブのような色をしているのだ。
(あんなことには、なりたく無いな)
改めて自分が無色であることにほっとしながらドブ色スライム達を木の上から見守る。
スライム達が狙っていたのはカエルではなく水の中の生き物だったらしく、スイスイと湖の中へと入って行く。
俺のスライムアイを望遠レンズモードに変更して見てみると、大量に泳いでいるオタマジャクシがお目当てだったらしい。
カエルが見ている前でよくもまぁ…この後スライム達はスタッフに美味しく頂かれましたとさ…ゲロゲーロッ。
そう言えば、さっきから俺の前を何か赤くて細長い物がチラチラ見えてたな…先が二股に別れていて、まるで蛇の舌みたいな感じでさ…
あれ? 突然視界が真っ暗になった。しかもめっちゃくちゃ狭い…。
これってひょっとして食べられたってやつ?
胃の方に無理矢理送られる圧迫感は間違いない。蛇の喉を通って、そこはもう胃袋だ…。
ふむふむ、今まで虫とか虫とか虫とかを丸呑みにしてきたけど、今度は自分が丸呑みにされたって訳か。
けどよりによって俺を丸呑みか…こう言うシチュエーション、生きてる間に一回は体験してみたかったんだよね…一応今も生きてるけど。
さて、どうやって脱出しようかな。
さすがにいつまでも胃液風呂に浸かってると俺だって溶けちゃうだろう。
それならクチの方向を目指して細長く変形して…まるで胃カメラだ。
まぁ胃カメラでも何でも良い。とにかくウネウネと脱出しつつ、ついでに内側から破壊していきゃ大丈夫…。
かと思ったら、さすがは蛇。
想像以上のしぶとさを発揮してくれる。お陰でめっちゃ揺れるアトラクションに乗り込んだみたいで酔いそうだった。
俺がクチから出た時も、まだ尻尾がピクピク動いてて気持ち悪かった。
すぐに湖に向かって飛び込んで、体に付いた胃液を洗い流す。
やっぱり少し表皮が溶けてるな。でもさっさとさっきの蛇の魔石を回収しなきゃ勿体ない。
カエル達に襲われるが、ポヨーンポヨーンと回避しながら蛇の遺体を目指して走る…ちっ、カピバラの野郎が蛇の頭を食べてやがる。
横取りなんて許せない!
俺と目が合うとグゥォッグゥォッ!と声を出し、歯を剥いて威嚇までしてきやがった。腹立つなぁ。
でもそう言うのは『呂布の利』って言ってな…一番強い奴が掻っ攫っていくって国語の授業で教わるもんなんだぜ。
そう…俺の背後にちょうど今感じてる圧倒的な猛者みたい…な…。
恐る恐る振り返ってみる…いやね、お目々は出来てるけど、まだ全方位が見えるから振り向かなくても見えるんだよ。
でもこう言うのってシチュエーションが大事でしょ?
いきなり背中からバッサリとか盛り上がらないし。
で、俺のお目々に映ったのは…熊っ…とにかくデカイっ! 赤いっ! 何より恐いっ!
この熊に比べたら、俺なんか目クソ鼻クソ障子にメアリーさんだよ!
こんなの絶対勝てねえって!
ゲームオーバーにはまだ早過ぎるってのに…。
膝がガクガク震える…あ、俺スライムだから膝なんて無かったよ。
赤い毛皮の熊…火熊か?
えっ?! クチからポタリと出してる赤い物は…ヨダレじゃなくてマグマじゃんっ!
嘘でしょ? 異世界の熊って生物の限界超えてるよねっ!
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