第3話 食事について考えてみた
スライムに生まれ変わって初めて出会ったゴブリン(仮)を相手に、俺は手も足も出せずに逃げ出すことしか出来なかった。
だってこの体をまだ人間の時のように自由に動かすことが出来なかったんだから。
その前に手も足も無いんだけど…それはアッチに置いといて。
戦う手段が何も無かったんだから、無我夢中で生き延びることだけ考えた結果があの分裂だ。
分裂した俺は二匹なのか二体なのか二人なのか、何と数えりゃ良いのか知らないけどさ。
剣でバッサリやられそうな瞬間に奇跡的に分裂することが出来たお陰で、今こうやって回想出来てる訳だ。
(せめてゴブリン程度には勝てるようにならないと、あっさりポックリ逝っちゃうよな)
そう考えながら、ほぼ無意識のうちに地面に落ちていた赤黒い木の実を体内に取り込み、ゆっくり溶かしていく。
腹が減ったと言う感覚は無いのだが、運動した後なので何か食べないと体の維持も出来ないだろう、と後付けでこの無意識の行動の理由を考えた。
対象物を丸ごと体内に取り込み、咀嚼することなく溶かす行為を食事と呼んでも良いのか、元人間として甚だ疑問であるのだが。
(転生して最初の食事はヤマモモ擬きか。熟した実なら酸っぱいけど食べられるらしい…)
地域によっては街路樹としても植えられていて、時期になると地面に大量の実が落ちてグチャグチャに潰され悲惨な景色になっていることがある。
(…如何せん、味覚が無いから全然食べた気にならん。種バッカリで果肉は少ないけど…種まで食うから関係無いか。
けど、この体だとサクランボを食べても種飛ばしも出来ないんだよな)
業務用掃除機の如く、落ちていた赤い木の実を次々に取り込んで溶かしていく。
仮に自分のサイズを直径三十センチとして、ヤマモモの実は直径一センチ程。
幾つかの例外を除けば、生物の胃袋の大きさは自分の体積の五分の一も無いだろう。
スライムのこの体では、ヤマモモを百個も食べれば胃袋のサイズを越えている筈。
だけど全然そんな気はしない。
満腹中枢が機能していないどころか、体より多くの物が食べられることにビックリだ。
しかしだな…汚い話、何かを食べれば普通の生物なら必ず出す物があるのに、俺の中には相変わらず魔石とスライム液しか無い。
ヤマモモの種ごと完全に溶かしてしまったのだろう。
それにしてもだ。全く体積が増えた感じがしないのは明らかにおかしいと思う。
ひょっとしたらスライムの中身って、食べた物を全部原子レベルに分解して核分裂を起こさせているのかも。
だからスライムが出すのは排気ガスだけだったりして。
でも、それだったらスライムが魔物に倒されるたびに放射能汚染されるから違うと思うし、スライムの軍事利用が促進されちゃう。
核拡散防止条約なんてこの世界には無いだろうし。
とりあえず、核分裂説は放棄して、ムムムと気分的に唸りながら次の仮説を考えてみた。
ポクポクポクポク…チーン。
おお、こんなのはどうだろう。
『スライムは溶かした食べ物を分子レベルに分解して、魔力と言う謎のエネルギーに変換している』のだ。
うん、意味は分からないけど、この魔力変換説の方がこの世界ぽくて良いと思う。
でも、そもそも何故そんなことを考えるのかって?
一つには、今の俺には他に出来ることが何も無いからだよ。
それに人間は考える葦である、と昔の偉い人が言ったそうでしょ。だからとにかく何でも良いから考えるの。
何も考えずに安易にネットで検索したり、お喋りなAIに頼るのはダメなのです。
一度は自分の頭でしっかりじっくり考えないとね。
でもなんで草なんかに例えたのか、そこは言った人のセンスについて行けないかな。
弱いものに例えるなら、葦なんかじゃなくてスライムでも良かったよね?
『人間は考えるスライムである』
ダメだ…もっとセンスが悪いし、更に意味が分からない気がして悲しくなってきた。
まぁ、そんな馬鹿な考えは丸ごとポイッと投げ捨てて現実に戻ろうか。
俺が『魔力変換説』なんてのを考えたのは、ちゃんとした理由がある。
赤黒いヤマモモの実を大量に摂取したにも拘わらず、俺の体は無色透明なままで赤色に変わらなかったからなんだ。
ヤマモモの色素は結構強力だから、三倍早く動ける指揮官専用機のように赤く変色するのを密かに期待してたのに。
でも、そうなると何を食べても色は変わらないってことになるから、逆に開き直って色を気にせず何でも食べられる。
色んな物を食べた結果、汚水のように何色とも言えない汚いスライムになることが無いんだから寧ろ有難いと思った方が良いよね。
あ、だけど青が三つの偉大な格闘家は逆に考えることを否定し、感じろと教えていたな。
俺もコレからはドントシンク路線を進もうかな。
所詮はスライム。考えたって出来ることは限られているんだし。
でも食べることで強くなれないと言うなら、俺はいつまでたってもゴブリンから逃げ回らなきゃならないんだ。
そんな人生はまっぴらだ。
手っ取り早くとは言わないが、もっと強くなってせめてゴブリンには勝てるぐらいにならないと、この森の中では安心して暮らせない。
だから自分より弱い生物を倒してレベルアップしよう。
レベル的な要素がこの世界にあるのか分からないけど。
(よし、蟻…発見)
ただの働き蟻なら俺でも倒せるだろう。後ろから、ソロリソロリと近寄って…必殺! フライング・スライム・クラッシュ!
説明しよう!
この技はスライムの弾力性のある外皮をしならせて空高く舞い上がり、急降下によって獲物の真上に着地。
大ダメージを与えるウルトラスーパースペシャルな技なのであるっ!
(行っけーっ!)
ゴンッ!
(あたたたっ! 飛びすぎて木の枝に頭頂部をぶつけちまった…痛くないけど痛いミス)
ジャンプするだけなら一メートル近く飛べるようになったから、頭の上も気を付けなきゃいけないのか。
ちっ! 蟻は逃げたか。
仕方ない、次の獲物を探さなきゃ。
ポトン…。
おっとラッキー! 頭をぶつけた枝から虫が落ちてきた。虫には詳しくないけど、小さなコガネムシだと思う。
蟻より少し強そうだけど、やってやろうじゃないか。
今度は高く飛びすぎないように力を調整して…トゥッ!
体感で五十、六十センチ!
ここで折り返して急降下っ!のつもりの自由落下っ!
(行っけーっ!)
グシャッ!
あぁ…キショいわ…。
自分の腹で押し潰された昆虫なんて気持ち悪い…。
目を瞑って…瞼が無いから目は閉じられない。しかも腹の方にも目はあるから、クリアビジョンでクッキリ丸見え…もぅやだ!
でも今は見た目は問題じゃなくて、経験値が入ってレベルアップをして欲しいの!
ファンファーレが鳴ってレベルアップのお知らせを…でも幾ら待っても鳴らない…。
どうやらこの昆虫一匹を倒した程度ではレベルアップは出来ないようだ。
勿論本気でファンファーレが鳴るとは思っていない。ここは残念だけど、ゲームの世界じゃないんだから。
で…この名前も分からない昆虫だけど、喰えるのか?
昆虫は高蛋白だとは聞くが…でも鳥だって昆虫を平気な顔して喰ってんだから、スライムの俺に喰えない訳がない…食欲は全くそそらないけど。
臭覚も味覚も無いし、舌も喉も無いのだから舌触りとか喉ごしも感じることは無い。
単に元人間として生の昆虫に対する忌避感を克服出来るかどうか、それだけの問題なのだ。
衛生的な問題は、単細胞みたいなこの体なら考える必要は無いと思う。
もしヤバかったら急いで吐き出そう…三、二、一、パクッ。
…すーっとスライム液に包まれた謎の昆虫はゆっくりと消化されて行く。
やはり一切の味は感じない。
体内に何かを取り込んだことによる、僅かな膨張を感じるだけだ。
気持ちの良い絵ずらではないので、極力体内を見ないように意識を外に向けて急いで消化していくと、一番最後に米粒ぐらいの緑色の石が残った。
(昆虫にも魔石があるのか?)
だからと言って、特に意識をした訳でもなくその魔石を消化する。
ここで初めて味覚?のようなものを感じた。魔石は一瞬で溶けたのだが、その瞬間にほんのりとした何かを感じたのだ。その何かの正体は分からないが、味覚的なものではないことに間違いない。
(まさかスライムの栄養になるのは魔石だけか?
だとしたら効率悪いな)
さっき消化した、名称不明のコガネムシ(仮)の魔石は胴体の大きさに対して一%あるかどうかだ。
それ以外の部分は分解して排ガスになったと思われる。
やはり検証が必要か。
どうせやれることはコレしかない。
この体は幸いにして疲れや空腹を感じることはないらしい。
それって生き物としてどうなのかと多少の疑問は感じるが、不利にはならないのだから甘んじて受け入れよう。
それからは落ちているヤマモモや他の果実には目もくれず、自分より弱い生き物探しに精を出す。
こう言うと弱いもの虐めをしているように思われるかも知れないが、生き残るには少しでもリスクのある行動は控えないと。
死んでも復活出来る可能性は無さそうだし。
まさに弱肉強食を地で行くサバイバル生活なのだ。
さすがにミミズを体内に取り込むのは抵抗があったし、バッタは素早く逃げられる確率が高い。
だから歩くのが遅いテントウ虫や戦闘能力の無いカナブン・コガネムシ系を狙ってハントしていく。
昼夜を問わず昆虫達を狩る日々が続く。
夜になっても俺の体にある無数の目?は、星の光があれば十分に見えるのだ。
そして彷徨い続けたある夜のこと。
俺の体が突如動かなくなったのだ。
いや、モゾモゾと動くことは可能だが、前に進めないと言った方が正しいだろう。
目の前に何かある?
良く目を凝らしてみれば、細ーい透明な糸に引っ掛かっていたのだ。
(なんだ、蜘蛛の巣か)
糸に引っ付いて身動きが取れなくなるなんてことがなかったのは、このプルルンボディが実はとてもオイリーだったから?
イヤイヤ、手触り最高のこの水饅頭ボディが油でギトギトな訳がない!
でもここは通せんぼしているようなので、方向転換して…
デカっ! 茶色のボディは保護色かよ!
俺の目の前に両前脚を広げて威嚇してくる、何対かのつぶらな単眼を持つ生き物は間違いなく茶色の蜘蛛だ。
しかも腹部だけでも俺と同じぐらいにデカイ。
(ドゥドゥ、話せば分かる!
ルルルルル~っ!)
声に出ない説得は虚しく不調に終わり、まるでツルハシのように尖った凶悪な前脚が振り下ろされた。
ドスッ!
スライム液を瞬時に動かして初撃のツルハシアタックは無事回避に成功した。
ニヤリ。
何となくその蜘蛛が口角を上げて笑ったような気がすると、そこから左右のツルハシを交互にダンダンダダダンッとリズム良く振り下ろすのだ。
(スライムなんか喰っても上手くねえ! 多分だけど無味無臭っ!)
辛うじて後退することでその連打を避けたのだが、お尻が何かに当たってそれ以上後退出来なくなった。
(おぅ…この糸はこう言う使い方だったんだ…)
と感心した瞬間、高々と振り上げた右手のツルハシは恐らくフィニッシュブローのつもりなのだろう。
風を切る音を残しながら振り下ろされたツルハシのような前脚は、逃げ場を失った俺の体を貫いた…ガッと音を立てて地面を抉る前脚に、勝利を確信したように蜘蛛は笑う。
(だが、まだ試合は終わっていないぜっ!)
ここに来るまでに表皮とスライム液の扱いには慣れているのだ、攻撃地点にドーナツのような穴を開けられるぐらいにはねっ!
ついでに俺をビビらせた詫びはしてもらうからな。
地面に突き刺さった右脚をスライムボディで包み込めば、俺の体から抜け出すことは出来ないだろう。なんたってお前のボディと同じぐらいの体積はあるんだからな。
慌てて左の前脚で攻撃してきたが、残念だが右脚と同様に俺の体を捕らえることは出来ず、地面に深々と突き刺さった。
左脚も体内に取り込んでしまえば、もうこの蜘蛛に攻撃手段は残されていない。
鉄のように硬い前脚を溶かし、徐々に体全体を覆ってやれば俺の完全勝利だ。
今までに戦ってきたどの虫よりも大きいだけに、魔石のサイズにも期待が持てる。
だがこの時の俺は、蜘蛛の気持ち悪さを忘れて魔石をご馳走になることだけ考えていた。
だからこの蜘蛛が糸を使わなかったことを全く気に留めていなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます