第6話 魔熊が動く
俺は安全に生き延びる為に『魔熊』を勝手に自分の庇護者に決めて、アイツの側で暮らし始めた。
魔熊は二本足で立てば三メートルは超えると思われる巨体と、それに見合うだけの前脚の破壊力を持つ。
森に生える木もその太い前脚で簡単にへし折ってしまうのだ。
しかもクチからはマグマの涎を垂らし、火山弾を発射して獲物を仕留める上に、その赤い毛皮に触れればスライムなんて一瞬で消え去る程の熱を持っている。
そんなチートッぷりに正直引いてしまうのだが、コイツにも一つだけ明確な弱点がある。
お分かりだと思うが水が苦手なのだ。だから、雨の日は狩りには出ないので、俺が獲物を狩って運びこむことにした。
だけど俺が安全に狩れるような小動物で魔熊が満足するわけがない。
せめて大きめな狸か子鹿クラスの獲物が必要だろう。
四つ脚の動物なら、アルマジロ君のように窒息死を狙うことも出来ると分かったので、少し冒険してみてもよいかもね。
雨が降りしきる森をピョーンピョーンと跳ねながら移動し、良さげな獲物を探す。しかし中々獲物が見つからない。ひょっとして雨の日って他の魔物も定休日だったのか?
まさかと思うが、魔熊が雨の日に狩りには出ないのって、単に獲物が見つかりにくいから…だったのかも。
そうだとしたら、俺の馬鹿っ!
せっかく魔熊に良いとこ見せようと思って出て来たのに、手ぶらで帰る訳にも行かない。
水場に近い場所なら雨が降ろうが関係ないだろうから、何か獲物が居るかも知れないと池の方向を目指して進んでみた。
その考えは正解で、ワニやらミズオオトカゲみたいな強そうなのがウジャウジャしていた。
カピバラやヌートリアは巣穴に戻っているのか姿は見えない。
狙うならミズオオトカゲかな。ワニはやっぱり怖いよね。
一匹になった奴を探してと…良さそうなのが見つからないな。一番は自分の身の安全だからな。はぐれている奴じゃないと、戦闘中に背後からガブリとされる恐れがある。
慎重に慎重に…っと!
マジか! カエルが上から襲って来やがった!
フライングフロッグプレスだと!?
そんなの余裕で躱せるって! 小ジャンプでカエルを躱すと、ゲロっと一声鳴いてクチから何か吐き出してきた。
毒ガスか?
スライムに毒って効くのかな?
いや…この霧みたいなのは単なる目くらませだ。カエルは長いベロを伸ばして獲物を捕まえるんだよ。
だから、ベロの攻撃を隠す為に…
ゲロ~ッ!
そう鳴いたかと思うと、間髪を入れず霧を突き破って何かが高速で飛来してきた。
ベリッと強引に表皮を引き千切り、俺の体を貫通してスライム液を吹き飛ばしていったのは強力な水流か?
幸い魔石には直撃しなかったが、これが人の体なら脇腹にリンゴぐらいの大きさのUの字にカットされてるから。
俺の体全体からすれば損失は一割に達していないにしても、受けたダメージは大きく、ガクッと体が傾いた。
(今のはゲロビーム(仮)か…まさかカエルにこんな技があったなんてヤバすぎ。
けど…アルマジロ君の魔石を食ったらスキルの劣化版がゲット出来たんだから、コイツのビームもゲット出来るかも)
その後はカエルが舌を伸ばして鞭で打つような攻撃をしてくるが、魔石に直撃しなければこの体にダメージは入らない。
スライム液には魔石を保護する緩衝材的な役割もあるからね。
それでも念の為、部分的に表皮を硬化させて予想外の攻撃に備えておく。
執拗に舌の鞭打ちを続けてくるので、恐らくゲロビーム以外には特殊な技を持っていないのだろう。
そのように冷静に考えているのは、舌に巻き取られてカエルの胃袋にフエードインしてからのこと。これはまぁ想定内だし…。
と言うか、俺って丸呑みにされてばっかりだよな。
カエルは異物を飲み込むと胃を吐き出す特殊な生き物だから、蛇を倒した時のように攻撃してもゲコッと吐き出されて無かったことにされそうだ。
一応、オラオラオラッと胃袋の内側でドツキ攻撃をやってみると、案の定ゲロっと吐き出された。
カエルにもダメージが入ったようで、少し涙目になっているところを申し訳ないが反撃を開始する。
大穴の空いた表皮からはみ出たスライム液をロープ状に伸ばし、後ろ脚に巻き付けて酸で切断。
ほんとはゲロビームみたいに酸のボールで遠距離攻撃をやりたいんだけど、貴重なスライム液を無駄にはしたくないし、それ程の器用さが無い。
カエルが胃を元通りに戻す迄の間に、後ろ脚の付け根にグルリとスライムロープを一回転。
何してくれてんの?と胡乱げな視線を俺に投げるカエルは無視し、魔石からロープに魔力を流して触れた物を全て溶かす必殺ロープ(自己申告)でじわりじわりと肉を溶かしていく。
そうすれば当然カエルは痛みでロープを外そうと暴れ始めるが、こっちだってそう易々と離してなるものかとしっかり巻き付けてある。
ロデオの牛みたいに暴れ回るカエルのせいで、俺はバンバン地面と宙を往復することになる。
だがその程度ならポヨヨンと弾むスライムボディにダメージは入らない。少し気持ち悪いだけだ。
そして俺の粘り勝ちで遂に後ろ脚を根元から切り離すことに成功した。
こうなれば、もうカエルのジャンプ攻撃は封じたも同然。
後はゲロビームの射線に入らないように気を付けながら、もう一本の後ろ脚を落として、観念したカエルの首を最後に落としてゲームセット。
まさかの飛び道具を受けて重傷を負ったものの、辛うじて勝利を収めることが出来た。
ここは異世界。姿形は同じでも、地球の生物とは違うのだと再認識をさせられた。
そして回復を待ちつつ期待を込めてカエルの魔石を食べてみたが、残念ながら新しいスキルを得ることは出来なかった。
ゲロビームは俺には使えないスキルだったのかも。遠距離攻撃、欲しいんだけど。
結局物理的には大した収穫もなく、油断禁物だと勉強しただけで魔熊の住む洞穴へと戻ることにした。
スライムボディはどれだけ雨が降ろうが何も気にならないって面では便利だな、カッパも傘も必要無い。
恐らく魔熊のすぐそばや洞窟の中は暑いと思われるが、魔熊に直接触れなければ特に暑いと感じないのもスライムボディの良いところだ。
ただねぇ、普段から魔熊の側に居ると他の魔物を魔熊と比べてしまって強い敵なのに弱いと勘違いしてしまうのは考え物だ。
今日のカエルも本来ならもっと注意して挑むべきだったのに、実力を何段階か下に見てしまってゲロビームなんかを喰らったのだから。
この体に再生能力が無ければ、治癒魔法の使えない俺は今日も死んでいたに違いない。
命大事にとクチで言いながら、行動が伴わないのはスライムに生まれ変わったことで頭の方もスライム並の思考能力に落ちたせいか?
このままじゃ、先が思いやられるよな。食べた魔物の能力を丸ごと取り込めるようなチートが無ければ、やはりスライムは最弱だ。
アルマジロ君の魔石で防御力アップを図れたのが俺の体にそういう素質があったと考えるなら、次はジャンプの能力を上げられるかもな。
となると、狙うは兎の魔物になるか。
この森の齧歯類は結構手強いから、なるべく相手にしたくはないんだけど。能力アップの可能性があるならやるしかない。
明日から積極的に狙ってみることにしよう。
しかし…この世界のカエルはマジで恐かった。ゲロゲロと鳴いて飛び跳ねるぐらいしか脳が無い地球のカエルと大違いだな。
さすがに魔熊が水を嫌っていると言っても、ボディサイズが違いすぎてゲロビーム程度では大したダメージにならないかも知れないけど、襲い掛かってくるかも知れないからな。
魔熊のような属性持ちの魔物は、弱点属性で攻撃してくる魔物は格下であろうと相手にしないぐらいが生き残るコツなのかもな。
俺もそれぐらい慎重にならないと、また同じような目にあうだろう。
もう少しで塒にしている洞穴って所まで戻ってきて、見慣れない足跡を発見した。
明らかに二足歩行の魔物の足跡だ。
この辺りにはそんな奴らは居ない筈なのだが、何処かから移動してきたのだろうか?
魔物の行動原理はいまだによく分からない。食うことしか考えていないような魔物は強くなければ生き残れないだろう。
知恵を持つと言うのは、それだけで大きなアドバンテージとなる。
人間に比べれば見劣りするにしても、魔物の中では例えゴブリンと言っても頭脳派の魔物であり恐ろしい存在となりえるのだ。
そのゴブリンと思われる足跡が魔熊の済む洞窟に向かって続いているのだ。
数は恐らく三体だ。その足跡を追って進んでいくと、突然魔熊の声が聞こえ、それに少し遅れてゴブリンの悲鳴らしき声も聞こえてきた。
運悪く俺の方に向かって一目散に逃げるゴブリンに対し、魔熊は一度立ち止まると大きく息を吸い込む仕草を見せたのだ。
スライムアイを望遠モードに切り替えておいて正解だった。
魔熊に背を向けて逃走するゴブリン達は俺の方に向かって居る…つまり…魔熊の火山弾の射線上に俺は居るってこと!
何かが高速で発射された音がし、その直後に真ん中のゴブリンが背中に火山弾の直撃を喰らって四散した。
ゴブリンを呆気なく貫いた火山弾はさっき俺がいた地点を目掛けて着弾、轟音と共に派手な土煙を巻き上げた。
着弾を免れた二匹は左右に別れて逃走することにしたようだが、もう一発火山弾が発射されて一匹の胸に風穴が空いた。
残る一匹に急接近した魔熊は文字通りワンパンであの世へのチケットをプレゼントしたのだ。これを戦闘と呼んで良いものか?
一方的な蹂躙だが、魔熊のテリトリーに侵入してきたゴブリン達に非があるのでそれは良い。
ゴブリンなんて喰えるかと死骸を放置する魔熊に、魔石ごと吹き飛ばしてんじゃねえよと文句を言いたい。
俺にとってはゴブリンなんてまだ格上の存在であり、魔石も俺の強化に僅かながら役に立つのだ。
それが火山弾の直撃で胴体が木っ端微塵になれば、魔石だって無事では済まない。
ワンパンで倒したゴブリンも魔石は残念ながら砕けていたのだ。
実に勿体ない…。
仕方なく残った肉は溶かして処分したが、メインディッシュのない味の無い食事に心底ガッカリだ。
雨に濡れた筈の魔熊だが、発熱するボディは雨を即座に乾かすので全く水気を含んでいない。
ヒーター付きの傘って売れるかも知れないな、と洞窟で寝そべる魔熊の姿を見ながらどうでも良いことを考えるのだった。
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