シーン41「あたしの待ち人」
当惑するパーシアに、トラックに揺られながら警察官が平然と答えた。
「今から行く駅には配給所があるんだ。盗難被害者の為に、生活必需品と給付金も用意してある」
「そうじゃないわ、避難なんていいの! あたし行くところがあるのよ! ダーリンの傍にいなきゃ。降ろして!」
走行する中で立ち上がってみたが、すぐに肩を掴まれ押さえられてしまった。けれどもパーシアは負けじと席を立ち、そのたびに叱られ押さえ込まれては、また立ち上がって腕を掴まれ、背中から抱き留められてしまった。
しばらくして、トラックが静かに止まり出した。荷台の縁に片足をかけていたパーシアも、そこでぴたりと動きを止めた。眼前には、大きくて立派な入口が見える。その上には、大げさに書かれた『グローニャ駅』の文字。
「……ああ、降りていいぞ」
パーシアは言われるがままトラックを降りた。久々に訪れた駅は、前と様子を一変させて、不穏な雰囲気を漂わせていた。前回ここに訪れたのは今年の春。近くの町へ舞台を見に、アンヌと二人、帽子を被っておめかしをした。
「じゃあ君は、そのダーリンとやらを探しているのか?」
先ほどの警察官が、乱れた髪とくたびれた顔でやってきた。
「この状況下で探し回るのは危険だ。私が代わりに見つけて来よう。君のダーリンの名前は? どんな風貌をしている?」
パーシアは目も合わせず口を噤んでいた。ダーリンの名前は『ダタール』。チャームポイントはそばかすと紅い鱗と、大きな尻尾……。
「ダーリンは来ないわ。町には来ない」
「なら一人で発つのか。行き先はどこだ? 北方面? それとも西か?」
「どっちでもないわ」
「じゃあ二駅先で一時避難か。それなら補給にも十分間に合う。いいか? 相談所は左の突き当り。量は少ないが食糧の配給もしてくれる。まずはそこで腹ごしらえだな」
それじゃあ、と言って、警察官はトラックに乗り込んだ。後ろでトラックが去る音を聞きながら、パーシアは駅で一人、慌ただしい人々の往来を眺めていた。
人間社会は今、混乱のさなかにある。紅いドラゴンと、蒼白色のドラゴンが出現したせいで……。
恐れるのも馬鹿馬鹿しいドラゴンだ。一人はあたしが町に出るだけで、きつく抱擁し、口づけをして、心細そうに見送っていた。
ゴーンゴーンゴーン……。
駅の鐘が鳴り、パーシアは我に返った。用を済ませて帰らなければ。こんな状況だが、店はやっているだろうか。
そういえばさっきの警察官は、ここで配給を行っていると言っていた。パーシアはくるりと振り返ってその場所を探した。とそこで、こちらを見て安堵したように笑う、あのいつもの少女と目が合った。
「パーシアっ! 来てくれたんだ。私、発車時間を間違えてたんだ。だから行き違ったらどうしようかと思ってた」
パーシアの丸く縮んだ目に、少女の後ろの大時計が映る。時刻は朝の十時。一昨日の午前、走り去る自分に叫ぶ一人の少女の声が、おぼろげながらに蘇る。
「荷物はどうしたの? どっかに置いた?」
「……」
「まあ、なくても大丈夫かな。席はとってあるよ。あと五分で発車するって。さ、行こ」
袖を掴んできたリズの手を、パーシアは勢いよく払いのけた。
「あなた、なぁに? いきなりっ」
「『なぁに』って……約束をしたから来てくれたんじゃないの?」
「そんなの知らないわっ、交わした覚えもないわよっ! もうあたしに付きまとわないでちょうだい!」
パーシアは駅を去ろうと入口を向いた。しかしそこで、足が竦んでしまった。大勢の人波の向こうに恐ろしいものが見える。亜麻色に輝く豊かな髪……後ろ姿ではあったがゾッとした。そうよ、どうして気づかなかったのかしら。リズもいるということは、彼女もいるということよ。あの子もリズに誘われて一緒に町を発つんだわ。いい子ぶりっ子のリズ……いかにもこの子の考えそうなことじゃない!
「あっ、パーシア!」
パーシアは逃げるように駅の構内を駆け出した。出口には行けない。あの子が邪魔してる。リズめ、一体何を考えてるの? まさか、皆と一緒に行こうだなんて考えてたの? 以前のように? 芝生の上でお昼をとってた頃のように? リズとあたしとユリアとタチアナで、離れたおてて繋いで仲良しこよし……。そんなこと、あるわけないじゃない。おこがましいわよ。元に戻るなんて無理。戻りたくないの。誰もあたしを必要としない世界なんかに。
パーシアは汽車の乗車口まで来ていた。そこで今度は黒くて長い髪を発見した。ユリアの次はタチアナか。構内に響く女の声も、だんだんと赤い髪をしたベルラとかいう人の声に聞こえてくる。辺りを見渡していると、群れの奥から亜麻色の髪が近づいてくるのが見えた。パーシアはすぐさま汽車に乗り込んで、そこに身を隠すことにした。こちらに気づかれないようにして逃げるには、汽車の最後尾まで進んでいく必要がある。荷物と人で塞がれた狭い通路を、パーシアは隙間を縫って走った。
「あっ、待って!」
もう少しで出口、というところだった。通り過ぎようと思っていた乗車口が突然、駅員によって閉ざされてしまった。急いで扉に飛びつくも、駅員の姿はすでにない。パーシアは空腹と息切れの弱々しい声で、窓ガラスを曇らせるしかできなかった。
「待って……降りるわ、待って……!」
しかし、もう遅い。汽車は汽笛を鳴らし、床を振動させながらゆっくり駅を発っていった。
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