シーン28「あたしを阻むもの」


「教えないわ」


 リズは僅かに目を開いた。意外そうな反応だが、白々しい演技だ。

 今、やっとわかった。リズはユリアと共犯なのだ。これは、二人が図ったことに違いない。二人はあたしの情報をそれとなく聞き出そうとしている。本当は関わり合いたくもないあたし……けど、前みたいに、あたしの滑稽さは話のネタにしておきたいのだわ。


「可笑しいわ。どーしてあたしがあなた達にそんなこと教えなきゃならないのよ。答える義理なんてどこにもないわ。そんなの、ちょっと胸に手を当てればわかるじゃない」


 パーシアは大きな鞄を重そうに抱えて、その場を立ち去ろうとした。すると、リズが急いでベンチから立ち上がった。


「わ、私もさっき、駅に向かったの。でも、ドラゴンのせいで汽車は停まってた」

「それで?」

「その、もし他の町に出かけるんだったら、無駄足を踏むことになるけど……」


 パーシアはくるりと振り返り、リズと、その向こうのユリアを睨んだ。『無駄足を踏む』とは言うが、リズは心配しているのだろうか、あたしが恥をかくことを……。

 いいや、そうは思えない。むしろ見てみたいはずだ。みんなあたしをピエロみたいに思ってるんだから。


「ふーん、あっそう。忠告どーもありがとう。でも、あたしが無駄足踏んだところで、あなた達には関係ないでしょ。徒労に終わろうが馬鹿にされようが、あなた達にはどうでもいいことよ」

「そんなこと……」

「大体、変だわよ。この間みたいなことがあったのに、どーしてあたしに関わろうとするの? 決着はついたじゃない。『あたしは一緒に居ると疲れる人間』だ、って」

「……」

「なのにどうしてわざわざ疲弊しに来るのよ。あたしが嫌いなんじゃないの?」


 すると、それまで弱気だったリズの目が、真剣なものに変わった。


「違う。私はパーシアが好き」


 パーシアは思わず息を呑んだ。いい子ちゃんのリズのことだ、きっと否定する。そう思っていたが、こうもはっきりと力強く言われるとは思ってもみなかった。

 『パーシアが好き』……この間亡くなったおばあちゃんも、昔亡くなったおじいちゃんも、そしてダーリンも言ってくれた言葉だ。何度聞いても驚く。心臓が軽く飛び跳ねて、ポッと胸が熱くなる言葉……。

 でも可笑しい。二人はあたしが嫌いなはずよ。もし本当にあたしが好きなら、どうしてあのときあたしをあしらったの? あたしを一人ぼっちにさせたの?

 こんなのヘン。リクツが合わない。


「目的は何?」

「『目的』……?」

「意味が分からないわ。あたし達、とっくに友達を辞めたはずよ。それなのに、知り合いのふりして話しかけるのは何故? あたしに親切にするのは何故? 町にドラゴンが出たから? あたしもあなた達もみんな死ぬかもしれなくて、不安になったから昔の友達が恋しくなったとでも言うの?」

「ううん、私は……」

「こういうときだけ友達のふりなんてズルいわよ。あたしとの関係を絶とうと望んだくせに、何よ今更、図々しいわっ! あたしの気持ちは無視? あのときの気持ちはパァだっていうの? そんなの都合がいいわよ! あなた達に、あたしの真剣な気持ちをもてあそばれるのはもうたっくさん!」


 パーシアは鞄を握り締め、慌ただしく街道を駆け出した。思い切り地を蹴って、あっと言う間に森の方へと姿を消していく……その切なげな後ろ姿を、リズは引き留めることも出来ぬまま、悲しく見守っていた。


「リズ」


 そのとき、背後から声が聞こえてきた。振り返ると、ユリアがいた。

 リズはいつも以上に物静かな彼女を見て、つい先ほどまでいたパーシアのしかめっ面と、『あなた達』という妙な呼び方を思い出していた。


「ごめんなさい。邪魔したみたいね」

「……」

「気づいたら二人の後ろにいたの。懐かしい名前が聞こえてきて、私もやっとリズの姿に気づいたのよ」


 普段通りの穏やかな口調だったが、その目は落ちていた。ユリアは深いため息をついた。


「とうとう現れてしまったのね、この町にも。今度は森を燃やしている。警部の息子も一人、亡くなってしまった……。夢みたいだわ。本当に起きたことなのかしら? まだ信じられなくて、少し笑っちゃう。一瞬でこんな、大変な事態になってしまったもの。家の使用人も、忽然と姿を消したの。金庫も破られて、中身もなくなっていたわ」


 ユリアはそっとベンチに腰掛けた。先ほどパーシアが鞄を開けていた場所だ。


「うちの工場も、今後はどうなるかわからない……。とても正気じゃいられないわ。私達はだって、おばあ様の築き上げたあの工場に、依存していたんだもの」


 と、ユリアはゆっくり顔を上げて、目を細めた。


「あの子と一緒ね……今なら少し、気持ちもわかる気がするわ」


 リズは包んだリンゴをトランクに戻した。


「そっか、良かったね」


 蓋を閉じ、その場を立ち去ろうとするリズに、ユリアは尋ねた。


「また会える?」


 リズは首を振った。


「ううん。多分もう会わない」


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