シーン15「あたし山大噴火」


「え……?」

「さっきから全然返事をしないわ。あたしのこと、無視してるでしょ?」

 いいえ、とユリアは首を振っていた。けど、こっちはわかっている。

「あたしと話すときだけ、すぐに目をそらすわ。まるであたしの話を聞きたくないみたい」

「そんなこと……もしそう見えたのなら、謝るけど」

「いいえ。あれは絶対、そうだったはずよ」


 パーシアはきゅっと拳を握った。否定はしているが、絶対そうだ。おばあちゃんもここにいたら同じように思うはずよ。「ユリアは無視してる。けどそれはね……」って、きっと理由もつけてくれるはず。

 あ……でも待って、おばあちゃん、もういないんだったわ。

 パーシアはそこでふと、アンヌの言葉を思い出した。

 そしてまっすぐユリアを見、偽りのない正直な気持ちで訊いた。


「あたしが、嫌いなの?」

「……どうして?」

「あたしには、そう見えるのよ。からかっているならいいけど、あたしにはユリアがあたしを無視しているように見えるの。誤魔化さないで、正直に言って。ユリアはあたしが嫌いなの?」


 ユリアは目を瞑って俯いた。

 『嫌い』、か……。

 パーシアにはきっと、そんな単純な問題に見えるのだろう。


「そうじゃないわ。ただ少し、疲れていただけよ。本当に色々なことがあったもの。ドラゴンも現れて、おばあ様も亡くなった。社長も変わったし、私も異動になった。だから、少し追いつけなくなっているだけよ。パーシアは、いつも元気だから」


 そう、とパーシアは悔しげに顔を落とした。つまり、あたしといると疲れるということか……。

 リズとタチアナにはなくても、あたしには一枚、越えられない壁があるのね。


「それじゃあほぼ、あたしが嫌いってことだわ」

「え?」

「だって、あたしを避けていたのは変わりないじゃない。『そんなことない』って誤魔化してるけど、あたしを避けてるなら、あたしに疲れてるなら、そういうことになるわ。答えはシンプルよ。ユリアはあたしが、嫌いだったのよ」


 ユリアは言葉を失った。

 パーシアが嫌い? 私が……?

 誰もそんなことは言っていない。何故? どうしてそう決めつけてしまうのだろう。思えば、この間もそうだった。誰もそんな話はしていないのに、勝手に遊びに来ると勘違いしていたし、行かなかったからしつこく問い詰めてきた。

 何故、そんな発想に至るのか。最近の彼女は特に、子供じみて変だ。

 いや違う。昔からこうだった。


「……なら、初めから言ってほしかったわ。あたしとても気を揉んだのよ。どうして無視するの? 何で何も言わないの? って。あたし達、何でも言い合える関係だったはずよ。小さい時から仲の良かった、幼馴染だったはずよ?」


 そうだ。私とパーシアは幼馴染。紛れもなくそうだった。出会ったのは十六年前。たった二歳のときだ。

 それから十二歳になるまでの十年間は、ずっと共に過ごしてきた。休日になると会えるのを楽しみにしていたくらい、仲のいい友達だった。

 あの頃は、彼女に辟易するなんて思ったこともなかった。けれど今は、この瞬間さえも苦痛に感じてしまっている。『幼馴染』という言葉が重い。まるで罪科のようだ。仲のいい幼馴染のはずなのに……どうして辛いのだろう、どうしてこんなに苦しいのだろう。おばあ様達にも、こんなことはあったのだろうか。

 ああ、そっか。と、ユリアは悟った。私、最初から勘違いしてたんだ。

 私達を繋いでいたのは、愛でも信頼でもない。簡単なことだ。なんて空虚な友情かしら。


「そう、幼馴染ね。仲の良かった幼馴染。私達が友達に……仲良しになれたのは、おばあ様がいたからだったわね。心が通じ合っているおばあ様がいたから、私達は望まなくても友達になれた。まだろくに人生も知らない子供同士。お互いを親友と信じて疑わなかった。あの頃は、確かに楽しかったわ。今でも素敵な思い出よ。素敵な、過去の思い出……」


 ユリアの声は暗かった。パーシアはぱちくり目を瞬かせた。え、どういうこと? ユリアの言っていることの意味が、ちょっとよくわからない。

 ユリアはあたしを嫌っている。それはすでに理解している。しかし今、奇妙な台詞が聞こえなかっただろうか。『おばあ様がいたから』? 『親友だと思っていた』?

 じゃあ、あたしがこれまで信じていたものは……?


「何、それ、どういうこと? あたし達、初めから友達じゃなかったってこと? そんなの……そんなの酷いわっ、あんまりじゃない! あたし、ずっとユリアをお友達だと思っていたのよ? 少なくともこれまではそうだったって。それなのに、違ったっていうの?」


 ユリアは俯いていた。最早、『酷い』という言葉も『あんまり』という言葉も聞き慣れてしまった気がする。

 彼女のその大げさで感情的な性格にも、もう何の疑問も抱かない。これがパーシアという人間だったのだ。私の事情なんてどうでもいい。ただただ自分を守りたいだけの、そんな身勝手な人間。

 ふと、ユリアは周囲に目を向けた。何人かがこちらに振り返って、ジロジロ様子を眺めている。

 ユリアはそっと膝を見やった。そういえばまだ、昼食の最中だった。


「パーシア。この話はいいから、まずは昼食にしましょう」

「えっ?」

「ごめんなさい。もう無視したりしないから、楽しく食べましょう」


 ユリアは包みに手を伸ばし、そのまま何事もなかったかのように昼食を続けた。

 パーシアはそれに呆気を取られていた。え、何? もう終わり? あたしの気持ちは? 無視? ユリアはいいの? 出来るっていうの? 全部うやむやにして、楽しくないのに楽しいふりをして、それで、お昼を過ごせるというの?

 そんなの……あたしには出来ないわ!


「何よ、もう知らないっ! ユリアとは絶交よ! ゼッコーだからっ!」


 パーシアは勢いよく立ち上がると、大きく空を仰いだ。


「おわあぁぁぁんっ! ユリアの馬鹿あぁぁぁんっ!」


 木に留まった鳥達が、パーシアの叫び声と共にバタバタ飛び立っていく。

 すかさずリズが、待って! と叫んだが、パーシアは泣き顔を覆って遠くへと駆け出してしまった。

 こんな状況にもかかわらず、タチアナは平然と食事を続けていた。ユリアも手を止めて、憔悴しきった顔を浮かべている。


 そこへ、さも当然のようにベルラがやってきた。その顔は、いつも以上ににやけていた。


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