シーン13「あたしたちが知らされたこと」


 三人で墓石の列を歩いて行きながら、パーシアは隣のグラシコフに目をやった。

 ごつごつとした逞しい手に、それと不釣り合いな白い花が握られている。みんなが持ってきたようなカモミールの花ではない。だけど、見たことのある花だ。

 すると、視線に気づいたグラシコフが軽く花を持ち上げた。


「ああ、これはカーネーションです。アンヌ様の好みがわからなかったので、ひとまずこちらを献花に選ばせていただきました」

「あ、そうだわカーネーションだわ。おばあちゃ……いえ、おばあ様はその花もよく刺繍しなすっていたので、好きなんだと思いますわ」

「そうですか。安心しました。ところで、この地域の葬儀では、献花の本数は偶数と決まっているそうですね」


 パーシアはしばし考え込んだ。言われてみれば、みんなが持ってきたカモミールの花も、二本か四本かのどちらかだった気がする。


「そうかもしれませんわ。あたしもわからないではありますが」

「こちらに伺う際、花屋の方が仰っていたので驚きました。そもそも私の生まれた地域では花を手向ける風習はありませんでしたから」

「まあ! そうなのですね。不思議でございますわ」


 と、驚いた顔をしたとき、パーシアは隣からの視線に気が付いた。

 何か変だったかしら……ダタールが笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。

 こうして見ると、ダタールは背が高い。並んで歩いているからか、頭一つ分高いのがよくわかる。

 これがもし、向かい合っていたならどうなのだろう。このくらいの身長差なら、ちょうど眼前に彼の胸板が来るではないだろうか。そして仮に抱き寄せられたなら、その胸に自分の頭がぶつかって……。

 そこで、パーシアはポッと顔を赤くした。一体何を想像しているのだろう。


(んもー、おばあちゃんのせいだわ。おばあちゃんがあたしに結婚がどうたら言うから、身体中が湯たんぽになっちゃったじゃない)


 そう思いながら、パーシアはちらとダタールを見た。最初の頃は何とも思わなかったが、よく見てみると可愛らしい顔をしている。体型もほっそりしているし、緑の目もどことなく子犬のように素朴……。

 だったのも束の間、ダタールの自信たっぷりの早口で、一気に変な顔に見えてきた。


「それも当然ですよ。何と言ってもこの国にはアジット教だけでも七十四の宗派がありますからね。十七年前にこの世を去ったシェドキン氏の『金色録』によると正確には世界にあるアジット教はおおよそ百六十の宗派に別れているそうですが著者が言うにはアジット教圏は移民の多く集まりやすい地理的環境があったためアジット教が出来てから今日に至るまでの間に所々に点在していた民族達がアジット教原初のヴィネクト派を基に自分達の民族色を加えていったのがその理由と言われていて『金色録』の一四年前に出版された『南半島紀行文』でもシェドキン氏が編集者のウーボ氏と共にアジット教圏を旅し様々な宗派を隅々まで調べ上げたことが書かれていていやあれは本当に圧巻でウーボ氏の裁量にも驚かされた素晴らしい一作と言っても過言ではないほど彼の処女作である児童文学『あっち向いてラッコくん』で馴染み深かった彼の別の一面を見せられたという面で見てもとても有意義なひとときを過ごせた書物でした」


 ああ、そうだった……。そういえばこの人、こんな人だったわね。


「何でもその『南半島紀行文』によるとアジット教には本当に多種多様な宗派が存在するようでそれぞれの宗派の成り立ちは各民族が自分達のやり方に合わせて改変したのもそうですが地理的観点から見たときにも改変するのが自然な流れになっているんだそうで例えば今回のような葬儀なんかにしてもとある場所ではここのように白い花を手向けるのが一般的でまたある場所では水仙などの水花を手向けるのが常識だったりしてタンポポのような小さな花を献花に求められる場所もありそれ以外の花を献花に選ぶと礼儀知らずとみなされるところもあるそうでジェドキン氏はその地域に根付く礼儀を重んじることもまた他人を尊重する表現方法の一つではないかと仰っていました」

「ほぉ……相変わらず詳しいな」


 存分に語って満足げなダタールに対し、グラシコフの声は冷淡だ。


「しかし、お前も礼儀を重んじるのであれば、人様に対しての態度を改める必要があるな」

「え……?」

「探し人を見つけるなり『あれ』呼ばわりとは、まったく礼儀がなってない。しかも婦女子相手にだ。……まあもっともそれは、かつての妻に爪はじきにされた私の言うことではないがな」


 グラシコフは自嘲するように笑い、そっとパーシアを見上げた。


「そういえばお話していませんでしたね。実は、ダタールは私の実子ではなく養子なんです」

「あら、どおりで似てないと思いましたわ」


 ダタールは一瞬不満げな顔をしたが、グラシコフは構わず続けた。


「そうですね。ダタールが細身なのに対し、私はどちらかというと恰幅の良い方ですから。実は、彼の父親は私の同居人だったのです。ですが事故で亡くなってしまい、そのままダタールを引き取る形となりました。かれこれ十四年も前の話ですね」


 前方から神父がやってきて、パーシアは事情を説明した。神父は快くそれを受け入れ、三人をアンヌの墓へと案内した。

 歩けないグラシコフに代わり、神父が白いカーネーションを墓石に置く。グラシコフは車椅子の上で、長い祈りをアンヌに捧げた。アンヌとはたった一度会ったきりだが、まるで長年の友だったかのように、長い祈りだった。

 グラシコフとダタールとパーシア。三人がそっと手を解くと、神父が尋ねた。


「少し野暮なことをお聞きしますが、警部様はアンヌ様とどこでお知り合いになられたのですか?」

「三週間ほど前でしょうか……足を負傷した際に、介抱してくださったのです」

「というと、狼の群れが町に出没したあのときですね。あの事件のことはまだ調査中と聞きましたが」

「ええ。ですが、今後はそれも滞ってしまうでしょう」


 断言のような言い方だった。神父もパーシアも、警察官のダタールも、その言い方を奇妙に思った。


「優先せざるを得ない事態が起きたのですよ。とても信じられないことではありますが……」


 と、一度言葉を切ってから、グラシコフは深刻な声で言った。


「隣国ベルニアに、『ドラゴン』が現れたとの知らせを受けましたから」


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