第12話 戦端

一月二十日 十八時


 アルテナ神殿地下一階広間。


 十数人の巫女達が入れ替わり立ち替わり立ち働いている。


 その中にはナムリアの姿もあった。


「第二斥候モリテアより連絡。マラト軍はドメツの城塞都市に完全に撤退。兵力推定約二万。ヒュペルボレアス軍は約三万の兵力でこれを包囲。両軍に動きなし。」


「第七斥候アリナより連絡。ヒュペルボレアス軍、アケメニア北山麓に侵入しつつあり。兵力十万以上。」


「誰か参謀本部に連絡を!」

 ソルフィアが叫んだ。


「私が参ります。」

 ナムリアが答えた。


「ナムリア、あなたは休んでいなさい。あなたは今年になってから一日も休んでいませんよ。治癒魔法だけでは疲労は回復しきれないのはご存じでしょう?」

 ソルフィアが命じた。


「・・・わかりました。少し仮眠します。」

 多忙なナムリアは、治癒施術をしばしば受けていたが、それでも疲労は蓄積していた。


「マリセ、伝令を。」

「はい、いますぐ。」


同日 十八時半 陸軍参謀本部


 「本日十八時現在、定時連絡は以上の通りです。」

  マリセの報告が終わった。


「おお、ご苦労、マリセ君。」

 執政官が声をかけた。


「執政官様、マリセ殿をご存じなのですか?」

 参謀の一人が意外そうに言った。


「え、いや、ま、まあな。」

 執政官は曖昧に答えた。


「さて、いよいよ敵は間近に迫ってきたようですな。」

 参謀総長が口を開いた。


「わが軍の戦略は典型的な対マラト戦の時と同じものです。アケメネス峠、ヴェスタル峠に各数千の戦力を配置し、遅滞戦術をとって、敵の戦力を削り取ります。峠が突破された場合に備え、主力としてルテニア軍三万とアルテニア本国軍五万を平野部に布陣し、『中の海』南部諸国軍は中央後ろに配置します。」

 参謀次長が説明した。


「総兵力はどれだけになっている?」

 参謀総長が訊ねた。


「は、現在のところ、約九万九千と計上しています。」

 情報担当参謀が直ちに答えた。


「ふむ、ヒュペルボレアス軍の正面兵力は推定十万だが、もっと多いという推計もある。練度もマラトの本国軍を倍以上の兵力とは言え、一日で破った力は侮りがたいな。」

 執政官が感想を述べた。


 執政官ドミニスは、もともと軍人出身なのである。


「あと二万、いや一万でもいいから、戦力が欲しいな。」

 主席参謀がつぶやいた。


「援軍を呼びましょう。」

 参謀本部に入ってくるなり、そう言ったのはナムリアだった。


 結局彼女は祭司長に呼ばれたため、休息をとらずじまいだった。


「援軍と言ってもどこから?」

 主席参謀が訊ねた。


「まずひとつはラステニアから。情報によればラステニアの隣国シュロステはもちろん、マラト同盟国のリトブカも侵攻を受けていないようです。我が方面に兵力を集中するためでしょう。ラステニアからは、守備兵力を残しても、二万五千は抽出出来るでしょう。」


「うむ、ラステニアからの増援は私も考えておった。早速早舟で書簡を届けさせよう。」

 執政官が即座に答えた。


「それには及びません。ナルーシャ殿から魔導師連盟の魔導師に連絡してもらいましたから。」

「うむ、それはありがたい。」


「それともうひとつ。遅ればせながら、マラトとの同盟を結びましょう。」

「マラトと同盟?マラトはとっくに陥落して・・・あ、そうか!」

 テミストが叫んだ。


「そうです。ドメツに籠城しているマラト軍とドメツ軍をまるごと連れているのです。」

「しかし、今さらマラト王が同盟に応じるでしょうか。」

 主席参謀が異議を唱えた。


「いや、可能性はある。ドメツは包囲されており、海にしか逃れる場所はない。マラト王が再戦を臨むなら、わが軍と結ぶしかあるまい。」

 参謀次長が言った。


「ですが、交渉役が必要ですな。それと、ヒュペルボレアス軍に悟られないよう、隠密裏に事を運ぶ必要が。」

 主席参謀が言った。


「交渉役でしたら、私が引き受けます。」

 ナムリアが言った。


「ナムリア殿、それはちと危険では。」

 参謀次長が諫めた。


「ディストートまでの旅に比べれば、楽なものです。」


「あい、わかった、ナムリア殿にマラトとの同盟の名代、お願いする・・・ところで、祭司長様の許可は得てきたのであろうな?」

 執政官の問いにナムリアは、祭司長の署名が入った書状を差し出した。


「ええ、それはもうこの通り。執政官様の署名を頂きましたら、早速今夜早舟を出してください。それに乗っていきます。それから、五万人以上乗れる船団をすぐに用意してください。」


「五万人?」

 テミストが怪訝な顔で問い返した。


「軍人・民間人と合わせてです。」

 ナムリアは答えた。


「よろしい。船団の件は海軍とすぐに協議しておこう。どうかよろしく頼む。」

「承知いたしました。では、これで失礼します。」

 書状を受け取りナムリアは去った。


一月二十日 十八時半 陸軍参謀本部


 若い巫女が駆け込んできた。


「セレムです。伝令報告、第八斥候より、本日日没後、アケメネス峠にて敵と交戦状態に入れり。第九斥候より、本日日没後、ヴェスタル峠にて敵と交戦状態に入れり。なお、周辺で強力な魔法反応が見られます。以上。」


「ついに来ましたな。予想通り夜襲だ。」

  参謀次長が溜め息と共に言った。


「しかし、魔法反応とは何を意味するのでしょう。セレム殿はおわかりか。」

 主席参謀が問うた。


「さあ、私には何とも。神殿に戻りませんと。」


 ナムリアは一歩違いで開戦の報を聞くことなく、小舟で旅立った。彼女は洋上で魔法反応に気づくことなく数日ぶりの深い眠りに落ちていた。


同時刻 アケメネス峠


「敵襲!敵襲だ!」

 怒声が交錯する。


「馬鹿め、後ろから敵が来るわけがあるか。」

 ザクトが怒鳴った。しかし、実際に後ろから矢が降り注いでくる。


「どういうことだ。後ろにいるのはアケメネス軍のはずだろう。・・・混乱の魔法か?」


「前からも矢が飛んできます。」

「こっちは本当の敵か。やむを得まい。このままでは挟み撃ちにされるぞ、アケメニア軍を突破して平野部まで脱出する!」


 「暁の星」は、アケメニア軍の縦隊に血路を開き、翌早朝麓まで降り立った。


 アケメニア軍は混乱したままかなりの損害を出しつつ、ヒュペルボレアス軍の追撃を受けながら早朝ようやく麓に再布陣して逆撃に備えた。


一月二十日 二十一時 ヴェスタル峠


 ヴェスタル峠はもっと悲惨だった。


 ノマニア軍は本来味方であるヴェスタリア軍と本当の敵であるヒュペルボレアス軍に挟み撃ちにされ、ほとんど全滅した。


 ヴェスタリア軍はその後、真の敵であるヒュペルボレアス軍と交戦したが、敗走し、早朝、ようやく再編成を遂げた。


一月二十一日未明 陸軍参謀本部。


「第六斥候連絡。四時、アケメネス山麓。アケメニア軍と「暁の星」は混乱を収拾し、麓に再布陣しています。損害はアケメニア軍約千五百。第二斥候連絡、ヴェスタル山麓、ヴェスタリア軍は麓で再編成を終え、再布陣しています。損害は、ヴェスタリア軍二千。」

 マリセが報告した。


 執政官が望遠鏡を手にして訊ねた。

「ノマニア軍はどうなったのかね?」


 マリセは少し言い淀んでから言った。

「正式な報告はありませんが、おそらく同士討ちの末、全滅したのではないかと。」


「そうか・・・魔法とは恐ろしいものだな。」

「・・・失礼します。」

 マリセは答えず、きびすを返して去った。


一月二十一日 六時 アルテナ神殿


「『白い霧』が!・・・」

 遠感交信の指揮を執っていた、ソルフィアが突然叫んだ。


「ソルフィア様、どういうことですか、遠感が全く効きません!」

 若い巫女が叫んだ。


「遠感だけではありません。簡単な魔法さえ効かないでしょう・・・ナルーシャ様をお呼びしてください!」

 ソルフィアは叫んだ。


「はい、マリセ、参ります。」

 騎術に長け、足が速く運動神経の優れたマリセは自ら進んで伝令の役目を担うことが多かった。


一月二十一日 午前八時 アルテナ神殿


「あー眠いよー腹へったよー」


 小柄なナルーシャは大柄なマリセにズルズル引きずられて、神殿に入ってきた。


「良くお越しくださいました。」

 そう言って迎えたのは祭司長だった。


「あ、おばさん、じゃなかった、サマリア、何の用?」

「ナルーシャ様ももうお気づきになっているでしょう。」


「『白い霧』のこと?」

「ええ、遠感を含め、あらゆる魔法も一方的に無効にする、魔法障壁。以前はヒュペルボレアス国境に張られていた結界。今はアルテニアを包み込んでいます。」


「それで、あたしにどうしろって?」

「あなたにこの結界を消滅させる方法を考えて欲しいのです。」


「うーん、難しいなぁ、ちょっちねぇ。」

「大魔導師ナルーシャ様でも?」


「出来ないとは言ってないよ。出来ないとは。難しいって言っただけだい。」

「では引き受けていただけますか?」


「おう、矢でも鉄砲でも持って来いって。」

「なんですか、鉄砲って?」

 註 この世界に火薬を用いた兵器はない。


「こ、言葉のあやよ。それより、助手がいるな。ナムリアを貸してくんない?」

「残念ですが、ナムリアはドメツに使者として出向いていておりません。」


「えー、いないのー、ナムリア級の巫女でないとあたしの助手は務まらないんだけど。」


「ナムリアには及ばないかも知れませんが、それに次ぐくらいの巫女ならおりますよ。」

「へえ、誰それ?」


「この私です。祭司長に祭り上げられてからは、巫女としての力を発揮する機会があまりありませんが、腕は鈍っていないつもりです。」

「そっかー、あんた祭司長さんだもんねぇ。じゃあ、あたしの助手にしてあげるよ。」


「では、まず何を所望されますか?」


「メシ。あたしまだ朝飯食ってないんだ。」

「わかりました。すぐ用意させます。」


「それから、部屋。書きもんの出来る密閉された静かなところが良いな。」

「それもわかりました。私の執務室に参りましょう。」

 祭司長はナルーシャを先導して階下へ下る階段を歩み出した。


 ナルーシャは振り向いて言った。

「おい、メシだぞ、忘れんなよ、すぐだぞ!」


 広間にいた巫女達は堪えきれず忍び笑いを漏らした。


一月十一日 十時 陸軍参謀本部


 戦闘状態も二日目に入り、前線の兵士達も後方の高級将校にも疲労が見え始めていた。


 参謀本部では仮眠室が用意されており、交代で休息をとっていた。


「白い霧」のために遠感偵察は不可能になっていた。しかし、既に戦闘は目視距離になっていたので、通常の伝令で不自由はしなくなった。


「アケメニア・『暁の星』連合軍より伝令。敵の猛攻に対し鶴翼の陣形をもって防戦するも、連戦の疲労は激しく、危機的状況にあり。」


「ヴェスタリア軍より伝令。敵の攻勢激しく戦線崩壊の危機にあり。救援を乞う。」


「どう思う。増援を送るべきだろうか?」

 執政官が誰にともなく尋ねた。


「送るなら、至急送るべきでしょう。」

 主席参謀が発言した。


「しかし、それでは戦力の逐次投入になりかねない。我々の予備兵力は限られているのだ。」

 と、参謀次長が反論した。


「ですが、山麓の部隊の戦力は半数以下に落ちています。このままでは戦線崩壊は時間の問題です。」


「こんな重大な決定は参謀本部の全員が揃っているときに行うべきでしょう。」

 参謀の一人が言った。


「それでは時間が足りぬかも知れない。」

 執政官が言った。


「失礼する。」

「失礼いたします。」

 そう言って入ってきたのは、シグノーとクレイアであった。


「山麓の部隊が危機に瀕していると聞きます。わが軍に増援を申しつけ願いたい。」

「よろしい。増援に行ってもらおう。」

 執政官が言った。


「ありがたき幸せ。」

 それだけ言うと、シグノー達は去った。


「よろしいのですか?戦力の逐次投入になっても良いのですか。」

「逐次投入は敵もやっておる。」

 参謀次長の言葉に執政官は答えた。


一月二十一日 午後四時 アルテニア


 シグノーとクレイアの指揮するルテニア軍は、兵力を二分し、かろうじて戦線を維持していた、アケメニア軍、ヴェスタリア軍と守備を交代した。


「暁の星」は、かなりの損害を受けていたが、その場にとどまった。


 後方では、ラステニア軍が、国王の判断で連絡を待つまでもなく、出陣してきたのだった。


 その兵力は二万五千。ルテニアに次ぐ有力部隊である。ラステニア軍はそのままルテニア軍が抜けた左翼を埋める形で主戦線に参加した。


一月二十一日 十八時 ドメツ


 ナムリアは一日でドメツに着いた。「中の海」の制海権を完全に手中にしていることが、アルテニアの利点である。


 ドメツは海路は早舟で一日、櫂船でも一日半で着く距離であるが、陸路は山岳に塞がれ、通行は不可能に近い。


 ナムリアは直ちにマラト王の前に通された。


「そちは、ナムリアか、久しいな。シグノーとの闘いが思い出される。して、何の用で参った?」


「これをお読みください。」

 ナムリアは執政官と祭司長の書状を差し出した。


 マラト王は書状を食い入るように読み、顔を上げると大音声でのたまった。


「ナムリアよ、この書状の通り、マラト軍はアルテニアと同盟し、直ちにアルテニア本国に増援に赴くこととする。異論はあるか?」


 場内の全員から歓声が起こった。


「つきましては、軍、民間人、それぞれ未明までに脱出の準備をいたしていただきたいのですが。」

 ナムリアが言うと、マラト王は、


「是非もない。」

 と、言った。


 ナムリアはそのまま城を辞して再び早舟に乗り、アルテニアへの帰途を急いだ。


一月二十二日 三時 ドメツ


 密かにドメツ巷に入港したアルテニア海軍の櫂船は、場内の全員を収容し午前五時にはドメツを離れた。


 将兵はアルテニアに、民間人はコンタクシア、ニコノスに向かう予定である。


一月二十二日 六時 アルテニア


 峠の入り口を巡っての攻防は昼夜を問わずに続いていた。


 シグノーが太股に傷を受けた。


「シグノー様、大丈夫ですか?」

 従卒が寄ってきて傷の様子を見た。


「なに、かすり傷だ。たいしたことはない。」

 シグノーは答えた。


(私が指揮を代わってからでも一晩、ヒュペルボレアス軍は疲れを知らぬように攻め続けている。もしやこれも魔法の力か?しかし、味方が魔法を使えぬのに敵は使えるのか?)

 シグノーはふと思った。


「シグノー殿ご無事か。先ほど矢を受けたと聞いたので、ちょっと心配になってな。」

 ザクトがシグノーの傍に駆け寄って言った。


「なに、ほんのかすり傷だ・・・」

 そう言いかけてシグノーは落竜した。


「シグノー殿!」

 シグノーは一瞬にして昏睡状態に陥った。


「ちっ、毒矢か。これも魔法の矢かね・・・シグノー殿を担架で後送しろ。それとヴェスタル方面のクレイアにシグノーは無事だと伝えろ。この方面の副将は誰だ?」

 ザクトは大声で呼ばわった。


「私です。サレノ・アルケンと申します。」

 傍にいた精悍な男が応えた。


「よし、指揮はまかせたぞ、うまくやれよ。」

「は、わかりました。」


 ザクトはそれだけ確認すると、「暁の星」に戻っていった。


二十二日 十二時 アルテニア陸軍参謀本部


 シグノーが毒矢で倒れたことは、参謀本部にも衝撃をもたらしていた。


「医者の見立てではどうなのだ?」

 執政官が訊ねた。


「未知の毒だと。魔法かも知れないと。」

 情報参謀が応えた。


「魔法ならば、アルテナ巫女に見せれば良かろう。」

 参謀長が口を挟んだ。


「参謀長、今、アルテニア全域は巫女の言う『白い霧』に被われていて、魔法が使えない状態にあるのです。」


「うぬ、巧妙な、何とかならんのか?」

「ただいま、アルテナ神殿で、魔導師ナルーシャ様を中心に解呪の作業が進んでいます。」


「ところで雲行きが怪しいな。これは一雨来るかな。」

 執政官はつぶやいた。


二十二日 十七時 ヴェスタル山麓


 昼頃からアルテニアを覆っていた雨雲はついに雷雨となって地表に降り注いだ。


 両軍は泥まみれになって激戦を続けていたが、突然、司令官のクレイアが雷に打たれて落竜した。


 雷雨の中、背の高い騎竜上、導電性の高い鉄剣をかざしていれば、雷の落ちる可能性は高い。


 しかし、いきなり司令官のクレイアを狙って落ちたように見えたのは、偶然とは思い難かった。


 クレイアが担架で後送された後、ルテニアの中級指揮官達が次々と雷に見舞われた。


 これはもう、到底偶然とは言い難かった。


 これもどうやら敵の魔法攻撃らしかった。


 クレイアの指揮していたルテニア軍は、壊乱し、敗走に移った。


 それを遠望していたザクトは、叫んだ。


「いかん、挟撃されるぞ、本陣に撤退しろ!」

 「暁の星」は、それに従い、一目散に撤退した。


 アルケンの率いるルテニア軍もそれに倣った。アケメネス峠方面の軍は無事城塞内に撤退を完了した。


「今晩の魔法攻撃はヴェスタル方面に集中していた。昨日の魔法攻撃も時間差をつけて行われたらしい。敵の魔法団も案外それほどの規模はないのかもしれんな・・・あるいはクセノフォセス一人の力かも・・・」

 ザクトは後ろを振り返り、呟いた。


二十二日 十七時半 アルテニア平野


「親爺さん、無茶だ。敵が迫っている。」

 ルグレンが農業技師、ガリア・ファルマを制止しようとした。


「どうしてもいかねばならん。あそこにはわしの魂が詰まっとる。」

「魂って言ったって、どんなに大事なものだって、全部持ち出せるわけがないぜ。」


「全部でなくていい。一袋だけでもいい。」

「わかった、一袋ぐらいなら・・・行くぞ!」

 ルグレンは今度は逆に老技師を先導するように駆けだした。


 老技師は必死に後に続いた。


 二人は敗走するルテニア軍をかろうじてかわして、穀物倉庫に駆け込んだ。


「親爺さん、どれだ?」

「春に播く小麦だ。わしが去年一年で一握りを一袋にまで増やした。これだけは・・・」


「あった、『コンタクシア奥地』これだな」

「おお、そうじゃ、これじゃ。」


「俺が背負う、紐を掛けてくれ。」

「すまんのう、ルグレン、さあ、先に行って・・・ぐふ」


 老技師ファルマはうめき声を上げて倒れた。ルグレンが振り向くと、ファルマは心臓のあたりを矢で貫通されて夥しい血を流し倒れていた。


(助からないな)

 と、直感しつつも、ルグレンは声を掛けた。


「おい、親爺さん、しっかりしろ!」


「先に・・・行って・・・くれ・・・種を・・・よろしく・・・頼む・・・」

 ファルマはそう言って、こと切れた。


 ルグレンはもう振り返らず、城門に向けて一目散に走り出した。


「サマルド・ルグレンだ。開門してくれ!」

 ルグレンはひとりで城内に入った。


二十二日 十八時 アルテノワ軍港

 雨の中、ナムリアは早舟から一人で降り立った。


                            第十二話了

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