第9話 転章
その夜、ハストカ市内で七人は共に食事をした。
それは終始和やかな雰囲気のものだった。
男達はナムリアが快癒したことを喜び合った。
クレイアは過去のこだわりを捨て、シグノーの弟子に戻った。
ナルーシャは大任を果たして一息ついた。
翌日、ナムリア達五人は、竜車を売り払い、騎竜五頭を買い入れた。
その日からは七人は皆騎竜で街道を南下し、六日後シュロステの首都ラケニスに着いた。さらに七日後、ラステニアの首都ラステノワに着いた。
ハストカから既に早騎竜で書簡を届けてあったこともあり、謁見に臨んで、ラステニア王ラムキールは七人を上機嫌で歓待してくれた。
晩餐を共にしながら、ラステニア王はナムリア達の冒険行をしきりに聞きたがった。
こういう席で一番能弁なのはルグレンだった。
マラトの大競技場でナムリアとシグノーが対決した場面など、迫真の熱弁で講釈師さながらだった。
晩餐の席上、ナムリアはラステニア王に賜った騎竜を売り払ったことを王に詫びた。
「そなたらの役に少しでも立ったのならそれでよい。」
と、言って王は笑った。
宴もたけなわの頃、ナルーシャとクレイアの姿が見あたらないのに気づいたナムリアは、直感で広間を出て露台に二人の姿を見つけた。
二人は夜空を見上げながら、何事か小声で話し合っていた。
「失礼します。お邪魔してもよろしいかしら。」
ナムリアは二人に声をかけた。
「あ、来た来た。」
ナルーシャが言った。
「先ほどから、ナルーシャ様はあなたが来るのを待っていたのですよ。」
クレイアが説明した。
「私もお二人にお話があってきたのです。」
ナムリアが答えた。
「明日は船出よねー、ナムリア達はアルテニアに帰るんだ?」
ナルーシャが突然言った。
「ええ、私は祭司長様に正式な報告をしなければなりませんし、テミスト殿も参謀本部に報告に行かれます。ルグレン殿もついてきてくださると言っておられます。シグノー殿はアルテニアにしばらく滞在した後、母国ルテニアにお帰りになる予定です。ザクト殿は、約五百人の部下をこのラステニアに残しておられますが、アルテニア執政官様と正式な契約を結びに来られます。ところで、お二人はどうなさるのですか?」
「私はルテニアに帰る予定でしたが、シグノー様と同様、アルテニアの土を踏んでみたく思ってます。旅の途上、伺った話が事実なら、ルテニアものんびり構えてはいられないでしょうが。」
クレイアが少し厳しい表情で言った。
「あたしも魔導師総代としては、西国の視察もしておいた方がいいかなー、とか思ってるしぃ、クレイアと一緒にルテニアに行こうかと思ってんだけど、その前にクレイアがアルテニアに立ち寄るって言うなら、あたしも途中下船して、大陸最強って言われてるアルテナ巫女団の見物、じゃなかった、見学をさせてもらおうかなって。」
ナルーシャにしては比較的まともな話しぶりのつもりだった。
「ええ、お二人とも、喜んで我が国にお迎えします。」
ナムリアは微笑んで答えた。
翌朝、ラステノワの港は五百人の傭兵達で埋まった。ザクトの部下が総出でザクトの見送りに集まったのだ。
「親爺さん、元気で帰ってください!」
などと言った声が飛び交う中、
「心配するな、用が済めば迎えに来る。」
ザクトが答えた。
港にはラステニア王の姿もあった。
「ナムリア殿、この度の大陸の危機を救うにはそなた達の力量に寄るところが大きい。これはささやかだが、そなたの新たな旅立ちへのはなむけだ。」
ラステニア王はそう言って宝石をちりばめた杖を差し出した。
「そんな、こんな高価なもの、とても貰うわけには行きません。」
そう言ってナムリアは固辞したが、
「遠慮するな、大陸一と言われる大魔導師が、わざわざそなたのために造った魔法の杖なのじゃよ。」
と、国王は答えた。
(大陸一の魔導師・・・そう言えば、この首飾りも・・・!)
それを造ったのが誰か気づいたナムリアは、
「ありがたく頂戴いたします。」
と、言って頭を下げ、杖を受け取った。
「ナムリアー、早く来いよー、船が出ちゃうよー。そんなじーさんの相手はもういいからさー!」
沖合の大型櫂船に乗り移る小舟に先に乗っていたナルーシャがナムリアを呼ばわった。ナムリアは思わず吹き出した。
「し、失礼、国王陛下。」
「よい。あの子はあれでよいのじゃ。あの子ほど人の命と心を救っている魔導師をわしは他に知らぬ。」
「そうですね。私の命を救ってくださったのも、クレイア様の心を救ったのもあの方でした。」
ナムリアは頷いた。
「では、王様もお元気で、またお会いすることもございましょう。では、失礼します。」
桟橋に待っていた小舟にナムリアが乗り込むと、一行七人が勢揃いした。小舟は沖合の大型櫂船に乗客を移すと、港に戻っていった。
大型櫂船は碇を上げ出航した。
ナムリアはひとり甲板上で潮風に当たりながらつぶやいた。
「『三人で旅立ち、七人で還る』か、祭司長様、どうやら託宣の通りになりそうです。」
櫂船は向かい風の中、五日でアルテノワの港に到着した。
総行程六十九日。二ヶ月あまりの旅はナムリアにとっては初めての経験だった。季節は秋から冬になっていた。
十二月十九日の夕方のアルテノワ港。
桟橋の上には紫衣の巫女がひとりと数人の白衣の巫女、そして軍服姿の士官とおぼしき軍人が数人待っていた。
白衣の巫女の中にはソルフィアもいた。早舟で既に到着予定の知らせが届いていたのである。ソルフィアと祭司長には遠感でも知らせてあったが。
「ただいま帰りました、祭司長様。」
桟橋に着いたナムリアは祭司長の前に立ち、そう言うなり涙をこぼし、紫衣の人物に抱きついた。
紫衣を纏える巫女は祭司長だけなのは、アルテナ巫女ならば誰でも知っている。
ナムリア達が旅立った日にも、神殿のある丘の上から紫衣を纏って見送ってくれていたのをナムリアは見ていた。
「ナムリア、良く帰ってきました。あなた達が結界に飲み込まれて行方不明になったときも、魔法の剣に刺されて、不治の病に冒されていたときも、きっと無事に帰って来てくれると信じていましたよ。」
祭司長は慈愛に溢れた表情でナムリアを見返した。
「髪がずいぶん伸びたわね。元気そうで安心したわ。」
ソルフィアが言った。
「ありがとうございます。今日、こうしてアルテノワに帰還できたのは、旅の途中で知り合った、仲間達のおかげです。」
そう言ってナムリアは後ろに並んでいる、仲間たちを振り返った。
「参謀総長閣下、参謀本部次席参謀、ファエリス・テミスト少佐、ただいま任務を終え、帰還しました。」
「うむ、良く帰った。道中、ナムリア殿の足手まといになることはなかったろうな?」
「はは、これは手厳しい・・・実を言えばほとんどナムリア殿と仲間に助けられっぱなしでした。」
「ねえ、ナムリア、あたし達も紹介してよぉ。」
ナルーシャがナムリアの袖を引っ張って言った。
ナムリアは参謀総長とテミストのやりとりに気を取られて話を中断させていたのだ。
「あ、はいはい。では、私が旅の途上で出会った仲間を、出会った順に紹介します。
まず、サマルド・ルグレン殿、出航前夜、このすぐ近くの船宿で出会い、案内人になってもらいました。
続いて、イラム・シグノー殿。剣豪として名高い方ですが、もとルテニアの剣術指南役とのこと。マラトの武術大会でお目にかかりました。この後しばらくしたら母国に帰られるそうです。
次ぎに、クレジ・ザクト殿。有名な傭兵団、『暁の星』の団長さんで、ディスタゴンでお会いし、仮契約を結びました。
参謀総長閣下、どうか契約の許可を願います。」
その時、桟橋に向かってくる一騎があった。
アルテニア現執政官、アエリト・ドミニスであった。
「あ、執政官様。」
最初に気づいたナムリアが言った。
「皆の者、そのまま、そのまま、ナムリアとテミストの一行が港に着くと知らされて、公務も投げ出して来たのだが、一番の遅参になってしまったようだな。」
「とんでもございません。ここにいる方々もそうですが、執政官様がこの場に来ていただいただけでこれ以上の光栄はございません。」
ナムリアが答えた。
「—で、どこまで話が進んでおるのだ?」
執政官が訊ねた。
ナムリアは、それまでの話をかいつまんで説明した。
「そなたが『暁の星』のザクト殿か。優秀な兵はいくらでも欲しい。契約を結ばせていただこう。」
全軍の総司令官を兼ねる執政官はそう言って、ザクトと固い握手を交わした。
「ねぇ、早くあたしを紹介してよぉ!」
じらされて、ナルーシャはしびれを切らし、再度ナムリアに催促した。
「あ、ごめんなさい。この方が魔導師連盟総代、ナルーシャ・ターナ様です。私が生きて帰ってこれたのは、この方のおかげです。」
「こ、この方があの大魔導師ナルーシャ殿か?」
「こんなに若い方とは思いもしなかった。」
軍の高官達が口々に少女の面影の残るナルーシャに驚きの声をあげた。
ナルーシャは両腕を腰に当てて腰を反らして自慢そうに顎を上げた。
「ナルーシャ殿、本当にナムリアが生きて還ることが出来たのは、あなたのおかげです。もし私がその場に居合わせたとしても、あなたのように鮮やかに治療をすることは適わなかったでしょう。」
祭司長はナルーシャの手を取って深々とお辞儀した。
「おばさんも相当な術者みたいだけど、あたしの方が少し勝ってるかなぁ。」
ナルーシャの言葉に周囲がどよめいた。
「祭司長様を『おばさん』とは、客人とは言え、失礼もほどがありますぞ!」
普段温厚で知られるソルフィアが怒気を孕んで言った。
「だって名前教えてもらってないもん。」
ナルーシャはけろりとして答えた。
「いいのですよ。ナルーシャ殿。私はおっしゃるとおり、おばさん、いえ、おばあさんですから。・・・名前はサマリアと申します。」
祭司長サマリアはナルーシャに微笑んで答えた。
「じゃあ、サマリアさん、これからあたし達はダチだ。いいだろ。」
「魔導士総代ナルーシャ殿に『ダチ』と呼ばれるのは光栄ですわ。」
修道院時代、ナムリアは毎日「サマリア様」と現祭司長を呼んで慕っていたのを思い出した。
「・・・最後にクレイア・ソル・ルテニア殿。ルテニア王国の第一王女です。シグノー殿の弟子で、剣の腕はシグノー殿にも迫るものだそうです。」
ナムリアがクレイアを紹介すると、参謀本部の参謀達が再びどよめいた。
「ルテニアの関係者が二人、しかもひとりは王女とは、長年の懸案だった、ルテニアとの同盟が実現できるかも知れませんな。」
参謀のひとりが言うと、クレイアは答えた。
「大陸を巡る最近の情勢は、ナムリア殿から詳しく聞きました。マラト同盟が崩壊すれば、我が国も単独で独立を維持するのは難しいでしょう。いずれにせよ、帰国しましたら、父上と詳しく相談するつもりでおります。」
「さて、皆さん、粗餐ですが、祝宴の用意が出来ております、こちらにおいでください。」
従卒のひとりが呼ばわった。ところが、その後ろから全力疾走で駆けてくる騎竜が一騎あった。
「伝令、伝令、執政官様、祭司長様!」
「何事か?それほどの緊急事態か?落ち着いて申してみよ。」
執政官ドミニスが興奮している伝騎を押さえるように言った。
「は、はい。申し上げます。アーゴン発の斥候より伝騎連絡です。ヒュペルボレアスの軍勢、推定十五万がディスタゴンを通過、マラト方面に向かう模様。二十二日前の情報です。」
「二十二日前というと、十一月二十七日か。これから冬だというのに、もう仕掛けてきたか。わが陣営が準備を整える前にマラト同盟を崩壊させるのがねらいか?」
執政官は思わず拳を握りしめて言った。
この時代、この世界では、冬季は休戦し、軍は野営して過ごすのが習慣であった。
「アーゴンの軍はどうした?一万くらいはいたはずだが。」
参謀総長が訊ねた。
「は、それが、どうやら抵抗していない模様。」
「やはりアーゴンはヒュペルボレアスと密約を交わしていたのか・・・」
テミストは口元に指を当て、つぶやくように言った。
「マラト領内の斥候は?」
参謀総長が訊いた。
「は、街道沿いに三隊。」
情報担当の将校が答えた。
「少ないな、あと五隊増やせ。すぐに出せ、もちろん既に開戦したことを知らせてな。」
「はい、直ちに参ります。」
将校は騎竜に乗って陸軍参謀本部に戻ろうとした。
「ちょっと待て、ルテニアはまだこの知らせを受け取っていないであろう?伝騎に書簡を持たせよう。この場で書く・・・祭司長様、よろしければ署名と捺印を。」
執政官はそう言って手持ちの紙にさらさらと書き付けた。署名・捺印もした。
祭司長も頷き、その場で署名・捺印した。
「では参ります。」
将校は駆け去った。
「さて、ご帰還早々のことで申し訳ないが、我々は忙しくなったので、これで失礼しますが、あなた方は祝宴を楽しんで行かれると良い。この埋め合わせは後日必ず。」
執政官が騎竜で去ると、他の陸軍高級将校達も、後に続いた。テミストは他の将校の騎竜の後ろに乗って去っていった。
「さて、せっかく用意していただいたものですから、頂いていきましょうか。」
祭司長が言うと残った一同はそれに従った。
ナムリアは祭司長と並んで歩きながら、
「祭司長様、旅立つ前、祭司長様のおっしゃったアルテナ女神の託宣の最後の部分は成就しましたよ。『三人で旅立ち、七人で還るだろう』と。」
と、言った。
「そうでしたね、本当に優秀な仲間を集めてくれました。このサマリア、心から感謝します。」
祭司長はそう言って、ナムリアの肩を叩いた。
「すべてはアルテナ女神の思し召しです。本当に生まれて初めての長旅、思いがけないことばかりでした。」
空を仰ぎ、ナムリアは答えた。
「思いがけないと言うなら、人生とは皆そういうものですよ。けれど、アルテナ女神様は、いつでも人を見ていて、正しい審判を下されるのです。」
祭司長サマリアは諭すように言った。
アルテナ女神の託宣通り、「北からの脅威が大陸を席巻」しようとしていた。幸いその雪嵐がアルテニアに迫るには、まだしばらく時間があった。
第九話了
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