第7話 復讐の剣

 竜車を路肩に止めたまま、四人はナムリアの回りに集まった。


 医術に多少の心得がある、ルグレンが応急処置の指揮を執った。


「毛布を下に敷いて、いや、横置きの方がいいだろう。その上に仰向けに寝かせて、頭は低くして。上にも毛布を掛けて・・・シグノー、この革袋に外の雪を詰めて来てくれ。」


「わかった。」

 短く頷くと、シグノーは外に出ていった。


 ルグレンの診察は続いていた。


 ルグレンはナムリアの額に手を当てた。


「熱だが、体温計がないから正確には計れないが、大雑把に言っても四十度は超えているな。」


 ルグレンはナムリアの手首を握った。


「脈拍は・・・浅く速い。」


「喉はどうだ?」

 やはり医術に多少造詣のあるザクトが口を挟んだ。


「ちょっと失礼・・・だいぶ赤く腫れているな。」

 ルグレンはナムリアの口を開かせ、喉を覗き込んで言った。


 そこへシグノーが革袋に雪を詰めて戻ってきた。


「ご苦労さん。これを額の上に載せて・・・少しでも熱を冷まさないとな。」

 ルグレンが即席の氷嚢をナムリアの額の上に載せて言った。


「しかし、こんな場所で氷だけはいくらでもあるというのは皮肉だな。」

 ザクトが言った。


「待てよ、ナムリアの意識がはっきりしないぞ。これでは薬も飲ませられない。」

 ルグレンが慌てて言った。


「ちょっと待て、お宅の見立てでは病名は何だ?」

 ザクトがルグレンに尋ねた。


「おそらく流感—流行性感冒だと思う。」

 ルグレンが答えた。


「肺炎の可能性もあるぞ。」

 ザクトが言った。


「併発することもある。」

 ルグレンが言うと、ザクトも頷いた。


「風邪なのか?風邪なら二、三日安静にすれば・・・」

 テミストが口を挟んだ。


「風邪とはちょっと違う。まあ、対症療法しかないことは同じなんだが、高熱が出るし、死亡率も高い。しかも伝染しやすい。」

 ルグレンは沈痛な面もちで告げた。


「それじゃあ、俺達にも感染するって言うのか?」

 テミストが驚いて問い返した。


「可能性の問題だ。必ず感染する訳じゃない。体の丈夫な人間は抵抗力が高い。ここにいる四人は丈夫な方だろう。どのみち、ここでナムリアを放り出していくわけには行くまい。俺達はみなナムリアによって結ばれた仲の人間だと言うことを忘れるなよ。」

 ルグレンが言った。


「それはみんなわかっているだろう。それより、今はナムリアの手当だ、風邪薬ぐらいならあるぜ。」

 ザクトが答えた。


「風邪薬か・・・いずれにせよ、気休めに過ぎないんだが、俺は高価な東方の特別な処方の煎じ薬を持っている。滋養強壮効果もあると言うことだ。もったいなくて使ったことがないんだが・・・テミスト、湯を柄杓で一杯汲んで焜炉で沸かしてこの包みの中身を入れてしばらく煮出してくれないか。」


「わかった。しかし、本当に効くのか?」

 テミストは野営用品の中から焜炉を持ち出して炭に火を点け、鍋を置いて樽から汲んできた水を入れた。


 程なく沸騰すると、薬包紙に包まれた黒い粉末を湯の中に入れてかき混ぜると湯は茶色に濁った。テミストはしばらくそのまま待つと、火を消し、鍋を竜車の荷台に持ち帰った。ルグレンは煎じ出した茶色の液を布で濾して瓶に移した。


「さあて、問題はナムリアの意識がないと言うことだ。これでどうやって薬を飲ませる?」

 ルグレンが皆に問うた。


「口移しするしかあるまい。」

 ザクトがこともなげに行った。


「まあ、そうなんだが、問題は誰がやるかだ。」

 ルグレンが苦い顔で言った。


「どういうことだ?」

 シグノーが怪訝そうに尋ねた。


「アルテナ巫女は異性との性交渉はもちろん、陰部、乳房、唇などにも触れられることを固く禁じられているのだ。」

 テミストが説明した。


「そこでだが、治療を担当している俺がやってもいいんだが、出来れば、テミスト殿にしてもらいたいと思う。」

 ルグレンが言った。


「私に?なぜ?」

 テミストは問い返した。


「テミスト殿は我々の中で唯一ナムリアと同じアルテニア人だ。危急の際だ。アルテナ女神の罰が下るとしても軽くて済むか、大目に見てくれると思ってね。」

 ルグレンはそう言って苦笑した。


 シグノーとザクトもテミストの方を見ていた。


「わかった。私がやろう。」

 テミストが意を決して瓶を手に取った。


「苦いからこぼさないように気をつけろよ。」

 ルグレンが注意した。


「お前、飲んだことなかったんじゃないのか?なぜ苦いと知っている?」

 ザクトが突っ込みを入れる。


「飲んだことはないが、舐めたことはあるのさ。」


 テミストを除く男三人は大笑いした。


  ザクトとルグレンに気をそがれたものの、テミストは決意を新たにして瓶の中の煎じ薬を口に含んだ。


 そしてナムリアの上体を抱き起こし、口を開かせて唇を合わせて薬湯を喉に流し込んだ。


 その直後、ナムリアの上体がびくんと動いた。


 「あ、あれ、私、どうしたのでしたっけ?確かクセノフォンを出て・・・そのあとの記憶がないのですけれど・・・あ、テミスト殿?」


 ナムリアは意識を回復したが、テミストに上体を抱かれているのに気づき、反射的に離れようとしたが、離れた途端ふらふらと倒れ込んでしまった。


「目を覚まされた。もう薬の効き目が出たのか?」

 シグノーが驚いて言った。


「まさか。そんなに早く効くものか。薬を飲んだ刺激でだろう。」

 ルグレンが苦笑いして言った。


「ナムリア、頭は痛くないか、喉は痛くないか、寒気はしないか?」

 ザクトが矢継ぎ早に質問した。


「ええ、どれも少し・・・」

 ナムリアは弱々しく答えた。


(これはとても少しどころではあるまいな・・・)

 ザクトとルグレンは同時に思った。


 ルグレンが説明した。

「ナムリア殿、あなたはクセノフォンから帰る寸前、急に高熱を発して倒れてしまったのです。今テミスト殿によく利く薬を飲ませてもらって、偶然気が付かれましたが、まだ熱も下がってはいません。しばらくゆっくりお休みください。シグノー殿、氷嚢を。」

 シグノーは頷いて、再び横になったナムリアの額に氷嚢をそっと乗せた。


「ああ、つめたくて気持ちいい・・・ありがとう、みなさん。」

 ナムリアは微笑んで言い、程なく再び眠りに落ちた。


「さて、今夜の宿のことだが、この竜車では幌を畳み込んでも隙間は残る。外は雪が降り止まぬし、ナムリアだけでもちゃんとした寝台か蒲団で寝かせてやりたいが・・・」

 テミストが切り出した。


「昨晩泊めてもらった農家を頼ってはどうだろう。」

 シグノーが提案した。


「そうだな、それがよかろう。」

 ザクトも同意した。


「俺としては野営してでも出来るだけ距離を稼いでナムリアを少しでも早くちゃんとした医者に見せたいんだが・・・」

 ルグレンが言った。


「国境を越えたホロゴンの町まで空荷とはいえ、あと四日はかかる。今は少しでも休養と栄養を摂らせるのが先決だろう。」

 ザクトが言った。


「そうだな、携行食よりは粥の方が食べやすいし、頼んでナムリアだけは居間に泊めてもらおう。」

 結局ルグレンも同意した。


 献上品の小麦二十袋を降ろした竜車は軽く、行きよりも速かった。日が暮れてしばらくして、竜車は昨夜の農家に着いた。


「主、いるか。」

 ザクトが呼ばわると、まもなく年老いた農家の主が顔を出した。


「これは、旦那がた、皇帝陛下にはお会いになられたので?」

「まあな、それより頼みがある。」


「へい、どういったご用件で?」

「一行に病人が出た。ナムリアという若い女だ。」


「ああ、あの美しいお嬢さんで。」

「そのナムリアを今晩居間に寝かせてやって欲しい。夜と朝は粥を出してやって欲しい。」


「ええ、結構でございます。旦那がたには大変お世話になりましたし。」

 主は二つ返事で引き受けた。


「俺達は今度も納屋と厩を使わせてもらう。いいな。それと、これは少しだが礼金だ。」

 ザクトは主に金貨三枚を握らせた。


「こ、こんなには、いえ、昨日も金貨二枚と銀貨一枚を頂いておりますのに、これ以上は結構でございます。」

 農家の主は固辞しようとした。


「そう言うな。こちらは人ひとりの命がかかっているんだ。しかもただの人間ではない。大陸の運命を左右する要人なのだ。」

「あのお嬢さんがそんなに大切な方で?」


「そうだ。だからこの金は受け取ってくれ。」

「わかりました、ありがたく頂いておきます。」

 結局、農家の主は金貨三枚を受け取った。


「あ、それからこれは薬湯だ。晩と朝、食事の前に杯一杯くらいずつのませてくれ。」

 ルグレンが付け加えた。


 翌朝、四人が出立の準備を整えているところにナムリアが農家の主と奥方に伴われて現れた。


「皆さん、おはようございます。」


「ナムリア殿、お体はもう大丈夫なのですか?」

 テミストが驚いて尋ねた。


「ええ、ご主人、奥方様とも親切に看病してくださいまして、もう大丈夫、と言いたいところですが、まだ少し、ふらつきます。」

 答えたナムリアの顔色は良くなかった。


「食欲は?」

 ザクトが尋ねた。ナムリアはうつむき、老夫婦は小さく首を振った。


「そうか・・・ナムリア、ちょっと。」

 ルグレンがナムリアに近づき、額に手を当て体温を測り、手首を持って脈を計った。


「まだいかん。お宅は荷台で寝ていろ。」

 ルグレンはナムリアの手首を持ったまま、荷台に敷いた蒲団の前に引っ張っていき、敷き蒲団の上に寝かせて上から掛け布団をかけた。


 ナムリアの寝かされた寝台と蒲団は農家から譲ってもらったものである。


「薬はちゃんと飲んだか?」

 ルグレンが問うた。


「はい、二回とも。」

 ナムリアが答えた。


「残りはどうした?」

「ここにあります。」


「よし、これからも毎食前に飲んでくれ。」

「はい、ありがとうございます・・・でも、ルグレン殿、まるでお医者様のようですね。」

 ナムリアは見るからにやつれた顔に微笑を浮かべて言った。


「ふ、贋医者だが他に名医がいないから、医者のまねごとをしているまでさ。」

 ルグレンは照れ隠しに頭を掻いた。


 ザクトは農家の主から、雑穀を譲ってもらっていた。


 携行食糧の干し肉、乾麺麭などより粥の方が消化吸収がいいと判断したためである。騎竜の飼い葉も譲ってもらった。


 農家の主と奥方は、何度も頭を下げて礼をしながら、ナムリアの乗った竜車を見送った。テミストとルグレンは幌の隙間から顔を出してそれに応えた。


 それから四日間、荷竜車は街道を一路ホロゴンを目指して進んだ。


 ナムリアの熱は下がらなかった。痰が絡み咳も出始めた。


「やはり肺炎かも知れん。素人療法もこれまでだな。」

 ルグレンがつぶやいた。


「今日の日没までには関所を抜けられるはずだが、ホロゴンに着いたら、医者を探そう。」

 ザクトが答えた。


「ホロゴンの医者は信用できるのか?」

 荷台からテミストが幌越しに尋ねた。


 風が吹き込むのを防ぐため、幌はきっちりと閉じられているのだ。

「わからん。罹ったことはないからな。まあ、アルテニア、マラト、それにルテニアの御用医師ならまず信頼できるんだが。いっそのこと、このままディストートまで行ってみるか?」

 ザクトが言った。


「だめです・・・南に、南に行ったください。」


 驚いてザクトとルグレンは振り向いた。

「ナムリア殿だ。うなされているらしい。」


(南・・・ここから南と言えばラステニア・・・まさか?)

 ザクトはナムリアの言葉が気になり、思惟を巡らせた。


「おい、ルグレン、ひょっとすると俺達はナムリアの病気でとんだ見立て違いをしていたのかもしれんぞ。」

 ザクトは隣の御者席のルグレンに呼びかけた。


「見立て違い?流感と肺炎、他に何がある?」

 ルグレンは問い返した。


「そうじゃない。ヒュペルボレアスの女帝クセノフォセスは『魔導師の長』、つまりアルテニアで言えばアルテナ祭司長に当たる役職を兼ねているんだぞ。だとしたら、クセノフォセスは魔力も並の魔導師の及ぶところではあるまい・・・」

 ザクトは重々しい口調で告げた。


「まさか、あんたは、クセノフォセスが復讐のためにナムリア殿に病気の呪いをかけたと言うんじゃあるまいな?だが、アルテナ巫女は治癒術を知っているはず。並の巫女や魔導師ならともかく、ナムリア殿ほどの巫女ならば、そんな呪いは自分でうち消してしまうのではないか?」

 ルグレンが震える言葉で問い返した。


「それがそうではないのだ、ルグレン殿。アルテナ巫女は確かに瀕死の重病人でも治してしまう治癒術を修得しているが、それは自分自身には使えないのだ。自分に使えるものならどんな病気でもナムリア殿はとっくに治しておられるさ。それがアルテナ巫女の戦いにおける弱点でもあるが、アルテナ巫女は元来集団行動を基本としているのでね・・・」

 テミストが幌越しに告げた。


「ナムリア殿は起きておいでか?」

 ザクトが尋ねた。


「はい・・・何で・・・しょうか?」

 弱々しいナムリアの声が答えた。


「もし、自分が誰かの呪詛を受けていたとしたら、自分でそれがわかるもんかね?」


「たいていはわかるものですが・・・今回の病気は・・・はっきりわかりません。高位の術者になると・・・呪詛を隠蔽することが・・・出来るのです。」

 ナムリアは、息を継ぎながら答えた。


 ナムリアは自分の魔法が使えなくなっていることをこの時忘れていた。


「よし、決めた。ナムリアの病気が呪詛によるものだろうと、なかろうとどちらでもいい。どのみち特効薬はないのだからな。ナムリアの病を完治させられるのは、クセノフォセスと同等の力を持った魔導師だけだ。ナムリアの他に俺には二人心当たりがある。ひとりはアルテナ祭司長だが、アルテニアまでナムリアの命が持つ保証がない。もうひとりはラステニアにいる。しかもこっちから向こうを呼び寄せれば時間はさらに短縮できる。みんな、それでいいか?」

 ザクトが三人に確認した。


「わかった。最初に逢った時話していた魔導師のことだな。確かにそれが最善の道だろう。だが、どうやって呼び寄せる?書簡を書いていたのでは時間の無駄だろう?」

 ルグレンは無言で頷き、テミストは問うた。


「この首飾りをナムリアの首にかけてくれ。魔導師ナルーシャ・ターナからもらったものだ。」

 ザクトは白金の鎖の付いた蛋白石の首飾りをテミストに渡した。


「首にかけてどうする?」

 テミストが聞き返した。


「飾りを胸に当てて思念を集中する。俺には出来んが、遠感能力者同士なら互いの場所がわかるはずだ。」

 ザクトが説明した。


 テミストは首飾りを受け取ると幌の中に戻っていった。


 テミストは言われたとおりをナムリアに説明した。


 ナムリアは言われたとおりにし、蛋白石の飾りは胸元に差し込んだ。


「肌に密着させた方が感度が高まるのです。」

 ナムリアははにかんだ笑みを浮かべて言った。


 それからしばらくナムリアは目を閉じて意識を凝らしているようだった。


「だめですね。白い雑音だけしか感じません。ひょっとすると結界に取り込まれているのかも・・・実はヒュペルボレアスの領内に入ってからアルテニアからの信号も途絶えていたのです。でも距離が詰まればきっと・・・」


 クセノフォスを立ってから四日目の夕刻、ナムリア達の乗った荷竜車はアーゴン国境のホロゴンの関所を無事に通過した。


 通行証と荷竜車を借りた男は、律儀に市場の隅に待っていた。ナムリア達がいつ還るとも報せなかったからだ。もっとも報せようもなかったが。



「待たせたな。だが予定は変更だ。通行証は返すが、竜車は騎竜ごと買い取る。その代わり、預けて置いた騎竜五頭はあんたに譲る。差し引き金貨十枚の追加で預かり賃と合わせて金貨二十枚で手を打たんか?」

 ザクトは商人に言った。


 騎竜を交換しなかったのは乗用の騎竜と異なるためである。


 だが、商人は金貨五十枚に味を占めて少し小ずるくなっていた。


「だんな、その荷竜車は私がこれからも使わなけりゃならないんですぜ。竜車を新調するなら、騎竜付きで金貨十五枚はかかりますぜ。それを金貨十枚とは殺生ですぜ。」


「そうか、こちらも勝手を言って済まなかったな。では預かり賃に竜車の新調代として金貨三十枚出そう。その代わりと言っては何だが、教えて欲しいことがある。」


「へい、それなら結構ですが、何でしょう。」


 北国の冬—暦の上ではまだ秋のはずだったが—の日は短い。辺りは既に暗くなりかけていた。


「実は病人を抱えている。手持ちの薬が残り少ないんだ。薬の小売り屋を知らないか?たしかあんた、以前は薬の商いをやってたって言ってたよな。」

 ザクトがそう言うと、男はにんまり笑った。


「薬の商いならこの私が今でもやってまさあ。この市場のはずれに女房と薬の小売商を商っていますんで。どういった薬が所望で?何なら今から取って来ますんで。」


「いや、直接見せてもらうよ。おい、ルグレン!」

 そう言ってザクトはルグレンを呼び、薬屋を物色させてナムリアのための薬を選んだ。


「風邪薬ですか?それにしても処方をよくご存じで。」

「これだけを明日の朝までに粉に挽いておいてくれ。」

 ルグレンは薬の男にそれだけ言うと、ザクトと荷竜車に戻った。


「ザクト、お前気前が良すぎるぞ。特に商人相手にはもっと辛くないと。それにお前の出してるのは、ナムリアの金だろう?」

 ルグレンが言った。


「金で安全が買えるとは限らないが、金で買える安全もある。金には換えられない安全なら、いくら金を出しても高くはなかろう。」

 ザクトは禅問答のようなせりふを吐いた。


「・・・なんだそりゃ?」

 ルグレンは問い返した。


 二人が御者席に戻ろうとすると、幌を持ち上げてテミストとシグノーが現れ、テミストがうわずった声で言った。


「おい、吉報だ、ナムリア殿と、ナルーシャ・ターナ様の連絡が取れた!」

「なに?本当か」


「それでなんと言ってきた?」

 ルグレンとザクトの声もうわずっている。


「ともかく、ここは、竜車の中でナムリア殿本人から話を聞こう。」

 ひとり冷静なシグノーがそう言った。


 四人が荷竜車の荷台に入ると、ナムリアは蒲団から上体を起こしていた。


「だ、大丈夫なのか、体を起こしていて。」

 ルグレンが心配そうに言った。


「ええ、大丈夫です。今のうちだけは。」

 ナムリアは今までより見違えるように顔色が良くなっていた。


「今のうち?」

 ザクトが聞き返した。


「あの方から力を分けていただきましたから。」

 ナムリアが微笑んで言った。


「あの方というと・・・ナルーシャか。」

 またザクトは聞き返した。


「そう、ザクトさんもご存じの女魔導師、ナルーシャ・ターナ様ですよ。」

 ナムリアはクスリと笑った。


「そうか、ナルーシャと遠感で話が出来ただけでなく、力を与えられたのか。」

 ザクトはほっとして言った。


「けれど、まだ私の病気が治ったわけではありません。ナルーシャ様の見立てによると、やはり私の病気は風邪や肺炎ではなく、目に見えない魔法の剣を胸に突き立てられているからだそうです。その剣を取り除くには、直接会って魔法で施術をしなければ、と。」

 ナムリアはそう説明した。


「じゃあ、ここからラステニアまで行かなければ、根本的治療は出来ないってのか?竜車じゃここからまだざっと四週間はかかるぜ。」

 ルグレンが落胆の表情を浮かべて言った。


「いいえ、ナルーシャ様も騎竜でこちらに向かってくれるそうです。おそらくリトブカの首都、ハストカあたりで落ち合えるだろうと。」

 ナムリアは補足した。


「そうか、じゃあ、ナムリアは、あと二週間我慢すれば、助かるって訳だ。あとはアルテニアに帰るだけって訳だ。」

 ルグレンが一転して楽観的な調子で言った。


「そうだといいのですけれど・・・」

 ナムリアが目を伏せてぽつりと言った。


「なに、ナムリア殿はまだ心配事がおありか?」

 シグノーが尋ねた。


「いえ、ちょっと気になることがあったもので。いずれにせよ、アルテニアに上陸するまでこの旅は気が抜けない、そう言うことです。」

 ナムリアはそう説明した。


「肝に銘じておきます。」

 シグノーはそう答えた。


「それにしても、ヒュペルボレアスから帰還した後はマラト外周の同盟国とルテニアを回る予定はだめになりましたな。」

 テミストが小さくため息をついた。


「マラトとの同盟が流れた時点でもうマラト同盟国を巡る意味はなくなりましたわ。」

 ナムリアは答えた。


「・・・そうでしたね。ナムリア殿。」

 テミストは同意した。


「少し疲れました。横になります。おやすみなさい。」

 言葉が終わるか終わらないうちにナムリアは寝息を立てていた。


「さて、俺達も竜車の入れる宿屋を探さないとな。ナムリアにも久しぶりに寝台で寝かしてやりたいし。」

 ザクトはそう言うと荷竜車の中から這い出して御者席に戻り、ルグレンも後に続いた。

                           第七話了

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