依頼

三鹿ショート

依頼

 彼女が弱っていく様子を、私は見つめることしかできなかった。

 彼女が幽霊となって出現した際、その苦しみを憶えていては辛いだろうと告げたが、彼女には死の直前の記憶が存在していないらしかった。

 安堵した一方で、私は彼女を苦しみから逃れさせることができなかったことに、申し訳なさを覚えていた。

 その罪悪感からか、幽霊となって出現した彼女の頼みを、私は断ることができなかったのである。

 彼女の依頼とは、自室に隠していた品々を処分してほしいということだった。

 いわく、両親に見られることが恥ずかしいということだったが、この世に存在していないために、そのように感ずる必要は無いのではないだろうか。

 それを問うと、彼女は首を横に振った。

「他者が私の存在を認識することができないとしても、私はこのように生者で溢れる世界を目にすることができますから」

 どのような返答だったしても、私が彼女の依頼を断ることはない。

 彼女の自室に向かうと、恐ろしいほどに何も変わっていなかった。

 彼女の両親は、娘の死を受け入れつつも、ある日突然帰ってくるのではないかと考えているのかもしれない。

 彼女に教えられていた隠し場所を探すと、目的の品々を発見することができた。

 それらを目にした私は、確かに両親に見られては恥ずかしくなるものだと、苦笑を浮かべた。

 彼女の品々を葬ったことで依頼を果たしたことになるが、彼女がこの世界から去ることはなかった。

 他にも思い残していることがあるのではないかと考えたが、わざわざそれを問うようなことはしない。

 死後もこうして彼女と会話をすることができるということは、私にしてみれば喜ぶべきことだったからだ。

 彼女はしばらくの間、私と生活を共にしていたが、あるとき何かに気付いた様子で、

「今の私ならば、好きな場所へ行くことができるではありませんか」

 そのような言葉を吐くと、彼女は一人で外出することが多くなった。

 生前のように、夜になると帰宅するために、私が寂しさを覚えることはない。


***


 ある日、彼女は他の幽霊を私に紹介してきた。

 いわく、以前の彼女のように、思い残したことがあるために、それを生者である私に果たしてほしいということだった。

 だが、私は乗り気ではなかった。

 彼女の依頼ならばともかく、他の幽霊の頼みを聞くほど、私は親切な人間ではない。

 それが態度に出ていたのか、彼女が連れてきた幽霊は慌てた様子で、

「謝礼の心配をしているのならば、問題はありません。実は、生前に住んでいた家の中に、私は金銭を隠していたのです。私の依頼を果たしてくれたのならば、その場所を教えましょう」

 その言葉に、私の心は動いた。

 どれほどの金銭か不明だが、ただ働きよりは良い。

 私は、その幽霊の依頼を果たすことに決めた。

 しかし、その内容を先に聞いておくべきだった。

 いわく、自分を殺害した人間に報復してほしいということだったのである。

 その幽霊が望む報復の度合いとは、生命を奪うということでは無かった。

 だが、二度と歩くことが出来なくなるほどに痛めつける必要があった。

 露見すれば、私の立場が危うくなることを考えると、この依頼は断るべきだろう。

 しかし、彼女が無言で見つめてきたために、私はそのようにすることができなかった。

 目撃されないように、私は依頼を果たすことにした。

 例の幽霊が望んだような結果に終わり、金銭を隠しているという場所を教わった私が其処を探したところ、仕事をせずとも半年は困らないほどの金銭を得ることができた。

 礼を伝えようとしたが、その幽霊の姿は既に消えていた。

 理由は、思い残すことがなくなったためだろう。

 そうなると、彼女に対する疑問がますます深くなる。

 望みが叶った彼女は、何故この世界から消えることがないのだろうか。


***


 それからも、彼女は他の幽霊を私に紹介してきた。

 いずれの幽霊もしっかと報酬を用意してくれていたため、たとえそれらの依頼が過激な内容だったとしても、私は引き受けていた。

 やがて、彼女は新たな幽霊が待っているという場所を伝えてきた。

 どうやらその場所から離れることができないらしく、私は彼女に教わった場所へと向かった。

 だが、其処は無人だった。

 新たな幽霊とは何処かと周囲を見回していたところ、何かが閉まる音が聞こえた。

 振り返ると、私がこの場所に入るために使用した扉が、閉まっていた。

 それに加えて、車椅子に乗った人間や、顔面の半分が爛れた人間など、多くの怪我人が姿を現していた。

 彼らには、見覚えがある。

 彼らは、私が幽霊の依頼で痛めつけた人間ばかりだったからだ。

 どういうことかと問うべく彼女に視線を転ずると、彼女は恐ろしいほどに冷たい眼差しで、

「私は、このときを待っていたのです」

 いわく、彼女は記憶を失っていたわけではなかった。

 つまり、私が彼女の生命を奪ったということを、彼女は憶えていたのである。

 彼女を愛するあまりに、彼女が他の人間の所有物と化すことが、私には耐えることができなかった。

 ゆえに、私は彼女を苦しめてしまうことに申し訳なさを覚えながらも、その生命を奪ったのである。

 彼女は私に対する恨みを片時も忘れたことがなく、どのように報復をするべきかを考えていたらしい。

 そこで、彼女は他の幽霊を利用することに決めたようだ。

 幽霊の報酬によって冷静な判断力を失わせていくことで、見事に私をこの場所へと誘い込んだというわけである。

 近付いてくる人々に、私には為す術はない。

 私の肉体が傷つけられていく様を、彼女は笑みを浮かべながら眺めていた。

 おそらく、これで彼女はこの世界から姿を消すことになるのだろう。

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依頼 三鹿ショート @mijikashort

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