第7話 ヒロインは決意を固める<エリカ視点1>
「あり得ないでしょ、ちょっと責任者呼んでこーい!」
あたしは必死に走って『あの場所』から逃げ出した後、学校の片隅で拳を握りしめて叫んだ。辺りには誰もいないから、変人としてあたしを認識する存在はいないだろう。
「……うるさいニャりよ」
そう呆れたように呟いて、あたしの目の前に現われたエリザベス――翼を持った猫又もどきの生き物以外には、だけど。
エリザベスはこのゲームにおける、あたし――ヒロインのお助けキャラ的な存在。困ったことがあればこの子に相談すれば、ヒントをくれる生き物だ。
真っ白な毛皮と、額に赤い宝石を埋め込んだ――よく、魔法少女の傍らにいたりする謎の存在みたいなやつ。
「ちょっとベスベス、あれ何よ!? あれ、悪役令嬢のエヴェリーナ・リンドルースでしょ!?」
あたしはエリザベスを両手で掴んで抱きかかえ、ぶんぶんと振り回した。二本の尻尾がぐるんぐるん回され、まん丸の目がアニメっぽくバツの形に変化する。
「ニャニャっ! 目が、目が……!」
「そんな、どこかの大佐みたいなことを言っても許さないからね! ちょっと、説明しなさいよ!」
「解んないニャりよ」
そこで、あたしの手の中から無理やり抜け出したエリザベスが、ぱたぱたと翼を羽ばたかせながらぐるぐると辺りを飛び回る。不思議なことだけど、エリザベスが翼を動かすとキラキラと辺りが輝いて、あたしたちの周りに結界が張られるみたい。そうすると、あたしたちが会話をしていても誰もこちらを見ない。内緒話だって簡単。
たまに生徒たちがあたしたちの近くを通り過ぎていくけれど、完全にあたしたちは透明人間になってしまったみたいだった。
「おかしいでしょ? エヴェリーナがあたしに攻撃してくれないと、ポイントが稼げない。つまり、レベルアップできないってこと。どうすんの、これ。まだあたし、レベル3よ? どうすんのこれから」
「ニャー……」
白い謎の猫又は人間臭く前足を組んで首を傾げる。「でも、闇の欠片はたくさんあるニャり。それを浄化していけば、レベルアップはでき」
「時間かかりすぎぃ!」
あたしは途方に暮れてその場にしゃがみ込んだ。
だって、せっかく待ちに待ったゲームの本番がやってきたというのに、しょっぱなっから躓きすぎでしょ?
あたしにはこの世界に生まれた時から、前世の記憶がある。日本人として生まれて、普通の女子高生として生活していた辺りまでの記憶が。
ただ、色々なことが曖昧だ。前世での自分の名前、両親の顔、どうやって死んだかすらぼんやりとしている。前世で遊んだことのあるこのゲームのタイトルも思い出せない。
それでも、あたしはこの世界でのヒロイン、エリカであることは間違いない。ゲームでの初期設定、デフォルトネームがエリカ。よくあるピンク色の髪の毛の美少女という設定で、凄い魔力を持って生まれた。
あたしは平民であったけれど、聖魔力を持っていることが見いだされ、神殿に引き取られて聖女候補として育てられることになった。どうやらあたし、歴代の聖女様たちの魔力を大幅に超えているらしいのだ。さすがあたし、さすがヒロイン。
あたしが意識すればゲームのステータス画面が目の前に現われて、そこにゲームの説明と現在のレベルなどが浮かび上がってくる。
いわゆるステータスってのは最初は本当に弱かった。
名前:エリカ
性別:女
属性:聖属性
レベル:1
HP:20
MP:1000
攻撃力:20
防御力:20
素早さ:20
スタミナ:20
知能:20
幸運値:20
正気度:100
状態:正常
MP以外はゴミである。レベルアップしていけばどんどん強くなり、聖女として活躍できるんだろうと思う。でも、本当に最初は雑魚中の雑魚。
ゲームの始まりはバルターク魔術学校に入学した時からだ。
あたしは学校の中で闇の欠片とかいう、冒険の最初の頃に戦うスライムみたいな、弱い敵と戦ってポイントを稼ぐことになる。そして、その最中に学校の中で出会うキャラクターと友人になったり、王子様と恋に落ちる。
――でも、本当にすっごく格好よかった。
あたしはしゃがみ込んだ格好のままで、王子様――アルフレート・フリードルの人間離れした顔立ちを思い出して、眩暈すら覚えた。だって、本当に綺麗だった。ハリウッド映画に出ていてもおかしくないくらい、とんでもない美形だった。美形と言ったら彼のことを示すくらい、そのくらい綺麗だったのだ。
彼があたしの恋の相手となるなんて……どうしよう、心臓がどきどきする。ヤバい、心臓発作が起きそう。
この世界はゲームであるけれど、乙女ゲームではない。
だから、乙女ゲームみたいにたくさんのイケメンと恋に落ちるというわけじゃない。あたしの恋の相手はたった一人、アルフレート殿下だけだ。でも、それでいい。彼がいい。彼と仲良くなっていちゃいちゃできたら、それで本望だ。
でも、ヒロインには恋のライバルがいる。
それがエヴェリーナ・リンドルース。いかにも悪役令嬢といった風貌の彼女は、二人の取り巻きの令嬢を引き連れて、あたしに何度も戦いを挑んでくる。そのたびにあたしは戦って彼女をやっつけて、そのたびにポイントを荒稼ぎするのだ。闇の欠片なんてものとは桁違いのポイントが入るから、彼女の存在は重要だ。
『あなたが聖女候補? かといって殿下に厚かましくも近づくなんて何様のつもりかしら?』
そう言ってあたしを見下してくる一枚絵を、前世で見たことがある。
彼女の背後にいるジャ〇アンとス〇夫みたいな令嬢たちの顔も覚えている。性格の悪さを象徴したその顔立ちは、整っているのに醜かった。
そしてエヴェリーナは――妙に禍々しい背景を背負いながら、ヒロインに詰め寄ってくる悪役令嬢は、ぞっとするほど美しくて迫力の塊だった。
でも実際に見た彼女は、男装してた。何なの、あり得ない。凄い美少女だから男装も似合ってたけど、これは間違ってる。ゲームとの差異は目に見えて明らかだ。
「もしかして、エヴェリーナも転生者なの?」
あたしはそこでハッとして顔を上げ、頭上で腕を組んだままの謎猫を見つめた。「だって彼女、闇落ちする運命でしょ? 転生者だったら、その運命から逃げようとするんじゃない? そういう小説とかアニメ、前世で流行ってた」
あたしがそう言うと、エリザベスはちっちっと舌を鳴らしながら首を横に振った。
「間違いなく、彼女はこの世界の魂の色をしてたニャり。エリカとは全然違うニャりよ?」
「じゃあ、どう説明するの? 男装してるってことは、アル様と婚約してるわけじゃないのかもしれない。ってことは、あたしに戦いを挑んでこない……?」
「んーん……」
エリザベスはそこで唸りながら地面に降り立った。「解んないニャり。だから、女神さまに確認するつもりニャけど……でも、そう簡単に運命から逃げられないニャ」
「運命」
「魔物化する運命というやつニャり。エヴェリーナ・リンドルースも、ラウラ・ヴィロウも魔物化するのは間違いないはずニャ」
ラウラ・ヴィロウ。
それはこの学校の図書室の司書の先生。ゲームのラスボスであり、この世界を壊そうとしている黒幕だ。
あたしは何とかして、この二人をとめなくてはいけない。
とめる。
ううん、殺さなくてはならない。
特に、エヴェリーナは危険だ。エヴェリーナが闇の欠片を大量に身体に取り込んで魔物化した後、あたしに倒される予定なのだけれど。
そのエヴェリーナを取り込んで、さらに強大な魔物になってラスボス化するのがラウラ先生。
だから何とかして、あたしは……。
「とにかく、エヴェリーナ・リンドルースを早いうちに倒せるよう、強くならなければならないニャり。浄化をサボってたら女神アイ様がお怒りになるニャ。エリカ、頑張るニャりよ!」
エリザベスが鼓舞するように前足を振り上げながら叫び、あたしはそれに頷く。
うん、頑張るしかないのだ。
あたしはこの世界を守るために生まれたんだから。
あたしはこの世界に、新しい両親がいる。神殿に引き取られてから、ほとんど会うことができなくなったけれど、それでもやっぱり一番大切な身内。
大切な人たちを守るため、あたしがこの世界を救う救世主となる。
アル様と並んで、格好いいヒーローとヒロインとなる。その運命の元に生まれたんだ、それを忘れてはいけない。
でも。
ちょっと困ったな、とも思った。
もっとエヴェリーナ・リンドルースが悪役っぽい女の子だったらよかったのに。そうすれば、こうして躊躇うこともなかっただろう。ゲームの中の彼女は、本当に厭な女の子だった。アル様に固執して、アル様に見てもらうために必死になって媚びを売り、ヒロインであるエリカに憎悪の視線を投げてきた。
ゲームの中では、最悪なヤンデレ枠の女の子だった。
だから、聖魔術を使って戦って、彼女の肉体が灰になって飛び散った時、『やったあ!』と喜ぶことができた。
でも、何となく違うんだよなあ。
さっき見た彼女は、男装はしていたけれど『普通』に見えた。
それとも普通を演じていたのかもしれない?
そうだ。
だって彼女は悪役だ。
あたしが想像しているよりずっと悪賢いのかもしれない。攻撃を躊躇っていたら負ける。そして最終的には、この世界が魔物で溢れかえってしまう。
だから、絶対にあたしは彼女を倒してみせる。
アル様と一緒に。
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