第9話 早いもの勝ち

 倒れたブランは動かない。

 勝負あり。


「ヴァローナの勝ちだな」


 ルカが宣言すると、ヴァローナは剣を仕舞った。

 そして、ルカの前へとやって来ると、片膝をついた。


「不肖ながらルカ様にお仕えさせて頂きたい」

「ああ、これからよろしく頼むな」


 ヴァローナは剣技も魔法も見事だった。

 ルカとしては、頼りになる家庭教師が付いてくれて満足だ。


「お、お待ちください……!」


 ブランはがくがくと震えながらも立ち上がった。

 ヴァローナのことを睨んでいる。

 結果が不服なようだ。


「半獣を仕えさせるのですか? ブランフォード家の名に傷が付きますよ⁉」

「傷ついて困るほどのものじゃない」


 どうせ幻獣を集めていたら、変人奇人と呼ばれることだろう。

 半獣ていどは誤差みたいなものだ。


「そんな物よりも、俺はヴァローナが欲しい」

「る、ルカ様⁉」


 ヴァローナは顔を赤くすると、顔をそむけた。

 ルカは反省する。

 勘違いさせるような発言だった。


「いや、家臣としてな!! 俺に仕えて欲しいという意味だ」

「は、はい。それでも嬉しいです」


 ヴァローナはそれはそれで嬉しいらしい。

 にまにまと笑顔が抑えきれないようだ。

 心なしか、最初よりも目が輝いている気がする。


「クソ! 異常者が!!」


 ブランはそう吐き捨てると、ふらふらと立ち去ってしまった。

 ルカも治療くらいはしてやろうと思っていたのだが、あのまま帰るつもりなのだろうか。

 

(まぁ、良い大人なんだから、自分でなんとかするだろう)


 ルカはブランを無視して、ヴァローナを見た。

 彼女もルカを真っすぐ見つめている。


「それじゃあ、今日は歓迎会をしよう。明日から剣術と魔術の教育を頼む」

「承知しました」


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ルカの言葉通り、ヴァローナがやって来た翌日から教育が始まった。

 ルカは剣の握り方も知らなかったため、始めはたどたどしく素振りをしていた。

 しかし、それから数日後。


「どうだ。ヴァローナ! 俺も様になって来ただろう!」

「お見事です」


 コン! コン!

 断続的に木を打ち付けあう音が響く。

 ヴァローナとルカが木剣で打ち合っていた。


 ルカはすでに剣の振りにも慣れ、見事な剣技を身に着けている。


(ほんの数日でここまで伸びるなんて……ルカ様は凄い!!)


 さらに、ルカは魔法も使いこなしている。

 ブランがやっていたように、風魔法を使っての高速移動を始めとして近接戦闘にも応用し始めた。


 そうは言っても、まだまだヴァローナの方が強い。

 ヴァローナは木剣を振るって、ルカの木剣を弾き飛ばした。


「だぁー!! またやられた!!」


 どさりと倒れたルカ。

 ニコニコと楽しそうに笑っている。


「私はルカ様の教師ですから、そう簡単に負けるわけにはいきません」


 だが、ほんの数日でルカは強くなっている。

 ヴァローナが抜かれる日も遠くはないだろう。


(追い抜かれないように、私も精進しなくては!)


 ブランフォード家にやって来て数日だが、ヴァローナは充実した日々を送っていた。

 しかし、当然ながら問題もある。


「ルカ様、タオルをお持ち――」


 汗を流したルカに、タオルを持っていこうとした。

 しかし、反対側から巨大な影。

 コハクだ。コハクも同じようにタオルを手に持っている。


(またしても邪魔をするか!!)


 ルカに仕えるようになってから、ヴァローナはルカの周りの世話にも積極的だった。

 少しでも敬愛する主人の役に、立ちたかったからだ。

 しかし、それにはコハクという大きなライバルがいた。


 向こうはメイドなのだから、ルカの周りの世話をするのは当たり前なのだろう。

 だが、それにしたってベタベタしすぎている。


(コハクはルカ様を抱っこして移動するだけでもズルいのに!!)


 例の抱っこ移動は変わらず続けられていた。

 ヴァローナはそのことも気に入らない。

 自分だってやりたい。


 ちなみに、ルカは恥ずかしいので止めて欲しいのだが、コハクが嬉しそうなので止めろとも言えないでいた。


(今回ばかりは負けられない。私が先にタオルを持っていき、ルカ様の体を拭く!!)


 ダッ!!

 ヴァローナは全力で地面を蹴った。

 コハクも察知したのだろう。同じように駆け出した。

 そして、先についたのは――。


「きゅーん!!」

「おお、ルビー。タオルを持ってきてくれたのか。ありがとうな!!」


 ルビーは口にくわえたタオルをルカに差し出した。

 ルカはタオルを受け取ると、よしよしとその頭を撫でる。


 勝者はルビー。

 ヴァローナとコハクは顔を見合わせると、ため息を吐いた。


(最大の敵は、コハクじゃなくてルビーなのか……!?)

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