第6話 騎士
朝の喧騒に包まれる街の中。
街の空気を切り裂くように、男装の麗人が歩いていた。
彼女の名は『ヴァローナ・ロードナイト』。
短く切られた銀色の髪。世界を見捨てたような冷ややかな目。
美しい男性にも見える中性的な顔つきだが、大きく膨らんだ胸が女性であることを主張していた。
慌ただしい人々も、彼女が通り過ぎると目を奪われる。
男性も女性も。
周囲の人々が目を奪われるような、異様な影をヴァローナはまとっていた。
しかし、例外もいる。
「なぁ嬢ちゃん! ちょっとだけ俺に付き合ってくれよ」
「あの、困ります!!」
赤ら顔の男が、女性に言い寄っていた。
男との片手には酒瓶。こちらまで漂ってくるほど、強い酒の臭い。
たちの悪い酔っ払いだ。
ヴァローナは男たちに近寄った。
「そこの貴様。これ以上、下手な口説きを続けるな。目障りだ」
「あぁん……うお!? 胸のデケェ姉ちゃんだな!?」
びくりと、周囲の人々がヴァローナから後ずさった。
素人でも感じられるほど、殺気が溢れていた。
しかし、酔っ払いだけは気づいていない。
酒で本能が殺されている。
「もう少し分かりやすく言ってやろう。目障りだから消えろ」
「そんなこと言わないで、胸の一つでも揉ませて――」
酔っ払いが手を伸ばした瞬間。
「ひぃえ!?」
その首元に剣が突きつけられていた。
剣の持ち主はヴァローナ。
見えないほどの速度で剣を引き抜いたのだ。
「刻まれたいのか?」
「しゅ、しゅいませんでしたぁぁぁ!!」
酔っ払いは、目の前に武器を突き付けられて、ようやく事態を理解したらしい。
這うように逃げて行った。
「あの、ありがとうございます。お礼を――」
絡まれていた女性が、謝礼をしようとした。
しかし、ヴァローナは手を上げて制する。
「礼は必要ない。先を急いでいる」
そう言って、ヴァローナはカツカツと歩み始めた。
謝礼が欲しくて助けたわけではない。
自身の道理に従って行動しただけだ。
(私は……騎士に未練があるのだろうか)
ヴァローナは、元はベスティア王国の騎士だった。
幼いころに見た騎士たちの、堂々たる姿に憧れた。
自分も憧れるような騎士になりたいと願った。
だから努力をした。
自己流だが剣術の訓練に励んだ。一日だってそれを欠かしたことは無かった。
街の衛兵として下積みを重ねた。
そしてついに、騎士団の入団試験を突破して、憧れの騎士へとなれたのだ。
しかも、試験を優秀な成績で合格した。
家族も、友人も、騎士団の仲間たちも、ヴァローナを祝福してくれた。
その時には、憧れた騎士になれた喜びと、未来への希望で溢れていた。
目を輝かせて、これからの幸せを疑わなかった。
しかし、それは呆気なく崩れ去った。
入団後に実施された身体検査。
そこで、ヴァローナも知らなかった事実が発覚した。
(私の体に、幻獣の血が流れていなければ、まだ騎士を続けていたのだろうか)
人と幻獣は子を成せる。
ヴァローナの先祖は幻獣だった。
どれだけ前の世代で交わったのかは分からない。
運が悪かったのだ。
運悪く。ヴァローナは幻獣の力を色濃く受け継いでいた。
運悪く。ベスティア王国では幻獣が軽んじられていた。
運悪く。騎士団長は幻獣が嫌いだった。
それからは転げ落ちていくだけだった。
団長はヴァローナを冷遇し、仲間たちはそれに倣うようにいじめを始めた。
憧れた夢を踏みにじられて、ヴァローナの心はすさんだ。
家族や友人に当たってしまった。一人、また一人とヴァローナから離れて行った。
気がつけば、孤独だった。
もう、限界だった。
騎士団を辞めた。王都から逃げた。
自分事を誰も知らない土地に行きたくて、旅に出た。
そして今では。
ヴァローナはガチャリとドアを開けた。
そこは『冒険者ギルド』だ。
冒険者とは、モンスターを倒したり、ちょっとした雑用のような仕事も務める便利屋だ。
ヴァローナは日銭を稼ぐために、冒険者として活動していた。
(なにか、楽な依頼があると良いのだが)
ギルドには依頼が張られた掲示板がある。
その前には人だかりができていたが、ヴァローナが近付くと道が開いた。
ヴァローナは『A級冒険者』。
上から二つ目の等級で、平たく言えば凄い冒険者。
なので、他の冒険者たちは気を使った。
(いつものようにモンスター退治でも――これは……)
ふと、気になる依頼が目に入った。
『家庭教師の募集。剣術あるいは魔術を教えられる方を募集しております。場所はランフォード侯爵家。技量によっては、ランフォード家で設立する予定の騎士団への登用も考えております』
ヴァローナは剣術も魔術も使える。
そして依頼の報酬も悪くない。
なによりも、ヴァローナの目を引いたのは。
(騎士団への登用……)
やはり、どうしようもなく、ヴァローナは騎士に憧れていた。
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