第5話 執事は強い

 屋敷の庭。

 そこで庭木の手入れをしていたアーロンに、ルイは声をかけた。


「ドライアド……でございますか」

「そうだ。ドライアドが来れば、領地の農業問題も解決するかもしれないだろ?」

「ふむ……それだけで解決にはなりませんが、大きな助けにはなるでしょうな」


 ドライアド作戦を肯定したアーロン。

 しかし、目つきを鋭くさせてルカを睨む。


「しかし、幻獣を頼ることが、ベスティア王国でどのような意味を持つか分かっておられますか?」

「それぐらいは分かっている」


 ベスティア王国において、幻獣はどんな見た目でも獣として扱われる。

 幻獣に頼らなければ、領内の産業が安定しない。

 それは貴族に取って恥ずべきことだった。


「ドライアドを頼ると、ブランフォードの名に傷がつくと言いたいのだろう?」

「その通りでございます」


 だが、そもそもルカは幻獣を集めたいし、育てたい。

 どうせ辺境の田舎貴族だ。

 よその評判など知ったことではない。


「だが領民たちは、明日の食事にも不安を感じている。プライドで腹はふくれない。名が傷ついて民が幸せになるならば、それで良いだろう?」


 領民たちには、たくさん食べて、たくさん働いてもらいたい。

 いずれは多くの幻獣を育てるつもりだ。

 そうなったときに、食料が無くては幻獣たちを養えない。


「かしこまりました。ドライアドを招待できるように手を尽くします」


 アーロンが深く頭を下げる。

 ちらりと見える口元が、わずかに微笑んでいる気がした。


(うん? 何かアーロンが気に入るようなことを言ったのか?)


 だが、いまいちどの部分がアーロンの琴線に触れたのか分からない。

 ルカは考えるのを止めて、話題を移す。


「それと、剣術と魔術を習いたい。良い講師を呼んでくれないか?」

「かしこまりました。鍛錬を積むのは、とても良いことだと存じます。心身が健やかになりますから」

「そうだろう?」


 もっとも、ルカの目的は健康のためじゃない。

 純粋に強くなるため。


 領地に隣接した未開領域。

 ルカはそこを冒険するつもりだった。


 今だ人の手が入っていない場所なら、野生の幻獣たちが過ごしているだろう。

 彼らをゲットするためにも、ルカ自身の強さが必要だ。


(もしかしたら、ゲームには居なかった幻獣が仲間になるかもな!!)


 今からワクワクが止まらない。

 さっさと強くなって、さっさと冒険に向かいたい。

 まだ見ぬ幻獣がルカを待っている。


「じゃあ、よろしくな」

「かしこまりました。あぁ、コハクをお借りしても良いでしょうか?」

「コハクを? あぁ、かまわないぞ」


 ルカは後ろについていたコハクに目を向ける。

 コハクも頷いていた。


(コハクはデカいから、木の手入れでも手伝ってもらいたいのか?)


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「アーロン様、どのようなご用事でしょうか?」


 ルカが立ち去ったあと、その場にコハクは残された。

 アーロンは相変わらず鋭い目つき。

 しかし、少しだけ雰囲気が柔らかくなったような気もする。


「ルカ様は幻獣を頼ることは、ブランフォードの名を傷つけるとおっしゃっていました。しかし、もう一つ問題があるのです」

「問題……ですか?」

「ええ、この国の貴族たちは幻獣を恐れている」


 アーロンは遠くに広がる山脈を見つめた。

 まるで、その向こうに広がるベスティア王国を見透かすように。


「そうでしょうか? 私は恐れられた記憶がありません」


 コハクはルカに仕えるまでを思い出す。

 貴族たちが現住を見る目に、恐れは無かったように思う。

 どちらかと言えば、下等な生物への憐みと嗜虐心に染められていた。


「全ての貴族ではありません。力を持つ――歴史を知っている貴族たちほど恐れているのです」

「はぁ……」


 コハクは生返事をしてしまう。

 自分が知らない世界の話をされても、いまいち実感がわかない。


「しかし、ルカ様は幻獣を恐れていない。むしろ共存を考えているようです。その道は険しいことでしょう。ルカ様を害する者も出てくるはずです」

「ルカ様を害する……!」


 コハクの身が引き締まる。

 ルカの命が脅かされる。

 それだけは避けねばならない。


「その時にルカ様を守れるのはコハクでしょう。ですから、貴方にも特訓を受けてもらいます」

「特訓を受ける? それは、誰からですか?」


 ルカと同じように、外部から講師を呼ぶのだろうか。

 コハクは首をかしげた。


「……私からです」


 アーロンが拳を構えた。

 驚くほど様になっている。

 まるで歴戦の戦士の様に隙が無い。


 しかし、アーロンから特訓を受けると言われても困ってしまう。

 アーロンは戦うことによって稽古をつけようとしているのだろう。

 だが相手は老人。コハクはタイタン。

 その力量差は明らかだ。


 そうでなくても、ぎっくり腰でもやられたら困ってしまう。


「アーロン様、無理はなさらないほうが――」


 ズドン!!

 アーロンの立っていた場所が爆発する。

 同時にその姿がブレた。


 アーロンが地面を蹴って移動した。

 そう理解した時には、目の前に拳が迫っていた。


 ゴウ!!

 コハクの頬を拳がかすめた。

 振りぬかれた拳によって、豪風が吹き荒れる。

 屋敷の窓が、ガタガタと震えていた。


「コハク。ブランフォード領には、モンスターが溢れている未開領域が隣接しています」


 アーロンは少しだけ乱れた服を整えながら、独り言のように呟いた。


「しかし、領内でモンスターによる被害はほとんど起きていません。それは、モンスターたちの生態によるもの――だけではないのですよ」


 もう、コハクには目の前の存在が、ただの老人には見えなかった。


「本格的な特訓は明日からです」


 アーロンはそう言って、庭木の手入れに戻り始めた。


「アーロン様は……何者なのですか?」

「貴方が強くなれば、本当の姿を見せることもあるかもしれませんね」

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