第4話 ジリ貧領地

「あんなド田舎から抜け出せて、せいせいするわ」

「自分の子供に押し付けておいて、ずいぶんな言い草じゃないか」


 ガラガラと走る馬車の中。

 ルカの両親が晴れやかな顔で笑っていた。


「あら、あなただって嬉しいのでしょう」

「もちろん。牢獄から抜け出した囚人の気分だ」


 二人は自分たちの住んでいた土地に、ぐちぐちと文句を垂れている。


「あんな飼い殺しのような土地で過ごすルカは気の毒だが、俺だって通った道だ。せいぜい頑張って欲しいものだな」


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「なんだ。このクソみたいな領地は……」


 ルカは屋敷の書斎にやって来ていた。

 そこには領地の経営状況や、歴史を記した本が並んでいる。


 それらをパラパラと確認して、ルカは確信した。

 この領地はクソだ。


「まず立地が悪い。周囲を山脈と未開領域に囲まれてて、これじゃあ陸の孤島だ……」


 まずはアクセスが悪かった。

 ルカが継いだ『ブランフォード領』は、ベスティア王国の外周に位置している。

 そして周辺の領地とは、山脈によって断絶されている。


 山脈が無い方角には未開領域。

 危険なモンスターたちが闊歩しているため、人が通ってこれるような場所じゃない。


 いちおう海にも繋がっているのだが、そちらにも危険なモンスターが生息しているらしい。

 海運も期待できない。


「人が来ないから領民も増えない。発展しない。商売だってできないし、税収もかすかすだ……」


 問題はそれだけではない。


「土地が痩せてるのか、作物の収穫も減少傾向だ。このまま減っていったら領民が飢え死にするぞ……」


 食糧問題も深刻だ。

 なんとかして農業改革を実施しなければ、ただでさえ少ない領民が死んでいく。


「この領地の唯一の長所は、無駄に面積が広いことだけだな。完全にジリ貧だ……」


 放っておけば、このまま緩やかに衰退していくだろう。

 まるで地方の田舎みたいな状況だ。


 だが、ルカの頭に疑問が浮かんできた。


「どうして、この状況で俺たちは贅沢な暮らしができてるんだ? 親父たちが遊んで暮らしてた金はドコから出てきたんだ?」


 ルカが帳簿を調べると、謎にお金が増えていた。

 明らかに外側から注入された金銭だ。

 ルカはさらに書物を読み進んで行く。

 最終的には、土地の歴史書までたどり着いた。


「嘘だろ⁉ ブランフォード家って王族の血筋なのかよ⁉」


 ルカの先祖は、当時の王弟だったらしい。

 しかも、かなり優秀な人だったようだ。


 しかし、優秀過ぎるがゆえの問題があった。

 周囲の人間に担ぎ上げられて、泥沼の王権争いに発展しそうになったようだ。

 それを嫌った先祖は、この辺境の地へと逃げてきた。


 それにうしろめたさを感じた当時の王が、不自由なく生活を送れるように金品を送り始めた。

 それが現代までの伝統となって、王家からブランフォード家へと仕送りがされているようだ。


「表向きには未開領域を監視する対価として、金を払っているのか。モンスターが飛び出してきて、王国に被害を出さないように防衛する義務があるらしいけど……絶対にそんなことしてないだろ」


 そもそもモンスターがブランフォード領に被害をもたらした記録は少ない。


 それもそのはず。未開領域とその外では、魔力の濃さが違うのだ。

 わざわざ魔力の薄い外には出てこない。


 例えば、海水魚を真水にぶち込むと死ぬ。

 これは海水魚が塩の濃度が高い海水で生きるのに適した体をしているため、塩の濃度が低い真水に入れられると体に異常が出るためだ。


 別に未開領域のモンスターを濃度の低い所に連れて行っても死にはしない。

 だが、快適でもないため嫌がって出てこないのだ。


「金の心配が無いのはありがたいが……どこから手を付けたらいいんだよ……」


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「きゅーん♪」

「よしよし、お前は可愛いなぁ」


 ルカは寝転がりながら、胸に乗ったカーバンクルを撫でていた。

 ふわふわの毛が心地いい。


 お先真っ暗な領地の状況。

 それを知って、すさんだ心が癒されていく。


「ところで、その子の名前はどうされるのですか?」


 頭の上から声が聞こえた。

 コハクに膝枕をしてもらっいる。頭を撫でてくれるオプション付きだ。

 ちなみにコハクの顔は見えない。巨大な霊峰が邪魔をしている。


「名前かぁ……よし、キミの名前はルビーにしよう!」

「きゅん!」


 カーバンクルのルビーは元気よく返事をする。

 ゲームをプレイした時と同じ名前だ。

 額の真っ赤な宝石から付けた。


 現実逃避に走っていたルカだが、頭の中では領地の状況についてグルグルと考えていた。


「とりあえず、農業をどうにかしたいなぁ」

「農業ですか?」

「ああ、この辺の土地が弱ってるみたいで、年々収穫量が減ってるんだよ……」


 ルカが考えても、良い解決案が浮かばない。

 ゲームでも農業要素はあったが、あくまでもゲーム。

 ごり押しで何とかなっていた。

 現実で役に立ちそうなアイディアは浮かばない。


「……ドライアドを頼るのはいかがでしょうか?」


 ドライアドは人型の幻獣だ。

 植物を操る能力を持っている。


「以前、飼われていた場所で会ったことがあります。植物を成長させる能力があると言っていました」

「なるほど……それは良いアイディアかもしれないな!!」


 ゲームでは戦闘用に植物を操った攻撃をするくらいだった。

 しかし、ゲーム内の図鑑説明では『植物を成長させる』とも書いてあったはずだ。


「なんとかドライアドに来てもらえるよう、動いてみるか」

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